踏み出す一歩は

ごま太郎

第1話

履けばどこへでも付いてきてくれる。例え何度つま先を地面に叩きつけても、雨で濡らしてしまっても、道端で犬のアレを踏んでしまっても。

狭いシューズクローゼットに綺麗に並ぶ様を見ているだけで、様々な場所、様々な人、様々な思い出との出会いに期待が膨らんでくる。今日はどれを履いて走ろうか。

そんな彼らと過ごす毎日が、俺は好きだった。


タッ、タッ、タッ、タッ、

夏に似合わない重い空の下、俺は会社へと走っていた。いや、走らされていた。

「予定時刻マデアト7分デス。ペースアップシマス。」

陸上部だったとは思えないカクついたフォームで、行きたくもない場所へひたすら風を切っている。周りの視線も気にならないほど息は上がり、見慣れたはずの景色がぼやけてくる。滲み出た汗が形を成して頬を撫でた。

「目的地ニ到着シマシタ。予定時刻マデアト3分デス。アシストヲ終了シマス。」

“目的地”か、俺はどこを目指しているんだろう…

流されるように社員ゲートを抜けてエレベーターに乗り込む。ハンカチを忘れたことに気付き、首まで垂れてきた不快な感触を、俺は荒々しく指先で拭った。

デスクに着くとまたいつもの作業が始まる。最新型の画面に羅列された数字と、シミのついた手書きの伝票を赤べこのように見比べ続ける。この会社に入社して4ヶ月半、最初の研修期間以外は毎日同じ作業をこなしている。

窓から見える空がいつにも増してモノクロに見える。陽の光がさす隙間も見当たらないその分厚い雲を、自分の心と重ねようとも思わなかった。

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