「鳥」「蜃気楼」「完璧な世界」

熾火灯

「鳥」「蜃気楼」「完璧な世界」

 ここは理想郷だ。

 罪も咎も、一切の苦しみもない。完璧な統治下にあるこの街は、どこまでいっても──。

 

 この街には犯罪がない。あってはならない。けれど、その朝私が目にしたそれは、弁解の余地が少しもない、犯罪の痕跡そのものだった。

 霧の中、鳥……烏が何羽も群がっていたそれは、幼く、肉付きのいい腕だった。

 泥に汚れて、線路沿いに打ち捨てられていた白い塊は、少し爛れて吐き気を催す。一本だけで、他には何もない。触れてみると、冷ややかな蝋のように硬かった。

 ああ、どうしよう。見つけてしまった。

 生来の正義感と、統治者への忠誠心で板挟みになっている。

 これが犯罪の証拠なら、私はこの理想郷を否定することになる。だって、あの方の統治は完璧だ。そこに泥を塗ることがあってはならない。

 私が黙っていさえすればいいのだ。この悪逆非道の行いに手を貸して、そこらに埋めてしまえばいい。それだけでこの完璧な平和は維持される。

 ああ、でも……。

 ごろんと転がった肉塊が、その右腕が、確かに私を指して責め立てる。

 亡者の怨嗟が耳元で聞こえるような気がした。

 この平和な世界は、砂漠の蜃気楼よりも曖昧だ。そして同じく、どれだけ渇望しても──。


 その日の夜。私は隣人と談笑する。

 本日もお変わりなく。ええ、勿論ですとも。

 なんたってこの街は、完璧な……。

 この街は、どうしようもなく綺麗な世界だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「鳥」「蜃気楼」「完璧な世界」 熾火灯 @tomoshi_okibi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る