終着点を見失った戦争

 この戦争がなぜ始まったのか……──事の始まりを尋ねても、答えはないだろう。昔のことをはっきり思い出せる人はいない。加えて、始まりを知る者の多くはすでに死んでいる。



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 有史に記されし始まり──かつて〈神の依り代たる十字架〉を信仰する者たちは、南の異教徒との〈古の聖戦〉に打ち勝ち、自らを〈教会〉と称して国家を樹立。その〈教会〉の説く偉大なる信仰は、大陸に秩序と安寧をもたらし、王侯貴族から平民まで、人々は緩やかな平穏を謳歌していた。


 だが二百年ほど前、〈東の覇王プレスター・ジョン〉率いる東方騎馬民族が突如として大陸に襲来。のちに〈東からの災厄タタール〉と呼ばれる戦災により、大陸は滅亡の淵に立たされた。


 そのとき、人々は〈神の依り代たる十字架〉の信仰の許、集い、団結し、立ち上がった。その先頭で戦乙女として人々の導き手となった〈教会七聖女〉は、今では秘匿とされる失われた大魔法、〈神の奇跡ソウル・ライク〉をもって万余の蛮族を討ち払った。


 しかし、輝かしい伝承はその一篇で終わる。


 その後も語られる災禍に終わりはなかった。〈東からの災厄タタール〉によって大陸東部は壊滅的な打撃を受け、それに伴い発生した難民流入による食糧危機、異民族がもたらした疫病の大流行、自然災害による凶作と地殻変動、東部への再入植の失敗と、ありとあらゆる災禍の連鎖により、大陸の人口は激減した。

 〈教会〉の支配力、影響力も弱まった結果、各地の王侯貴族たちは群雄と化し、生き残るべく割拠した。そして残った土地を巡る領土紛争の末、数多の国が滅亡していった。

 死の危機に瀕した人々は、やがて二つの勢力に糾合されていった。皇帝の専制政治により独力で〈東からの災厄タタール〉に対処した大陸北部の〈帝国〉と、有力諸侯が信仰のもとにまとまることで影響力を復権させた大陸中央部の〈教会〉である。

 そして〈東からの災厄タタール〉によって国が滅び、人々が死に絶え、誰もがこの世の滅びを予感する中でも、残った両勢力は当然のように大陸の覇権を巡り争っていた。


 かねてより対立していた両国は、〈帝国〉による冒涜的殺戮、〈黒い安息日ブラック・サバス〉をきっかけに、本格的な戦争状態に突入した。


 そして〈帝国〉と〈教会〉の戦争は、開戦から十二年の歳月が経過してもなお続いていた。両国とも戦場で趨勢を決するには至らず、外交においても妥協点を見出せずにいた。その間に英雄たちは去りゆき、大地は見境なく焼かれ、多くの人命が失われていった。

 両国が当初掲げていた覇権戦争という目的はとうに頓挫していた。かつて〈帝国〉が〈大祖国戦争〉と呼び、〈教会〉が〈北部再教化戦争〉と呼んだだこの戦争は、もはや惰性で続いているようなものだった。息切れののちの断続的な休戦と、思い出したように開かれる戦端の繰り返しが、この戦争の全てだった。



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 これは終末さえ忘れた、滅びゆく人々の日常。長きに渡る国家間の覇権争いの一幕。終着点を見失った戦争の成れの果て。


 祈る神さえおぼろげな日々の中で、人々は戦争と平和を営む──食べて、寝て、交わり……、戦い、殺し、奪い、犯す……──去りし英雄に思いを馳せ、進む道に何かを求め、そして血を流しながら日々を生きる。

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