アサイチ盟探偵 なにかを焼く男

かわばたあらし

なにかを焼く男


 俺はたまたまトイレで朝早く目がさめてしまって、いつも新聞配達でがんばっている相方をねぎらってやろうと早く支度して家をでた。

 それにしても家が遠いぶんチャリで通学できるのはありがたい。

 ふだんチャリに乗っているのに、なんで歩いて歩いているんだろうと馬鹿らしくなる。

 とくに朝早いとクルマや人がすくないしスイスイだ。

 ゴミ置き場のごみが散乱していても簡単によけれる。

 それと猫好きの俺は、朝早くだと猫ちゃんがうろうろしていることがあって、それを見かけるのがうれしい。

 たいていさっと逃げてしまうけれど。

 学校について自転車置き場に停めて教室に向かう途中、焼却炉があって、そこの煙突から煙があがっているのが見えた。気のせいか、風にのって肉を焼くような匂いがした。これは昨夜に食べた焼き肉の匂いが鼻腔に残っていたのかもしれない。

 見ると作業服の男がまえにいる。

 おうおう、朝早くからご苦労なこったと思って教室にかけあがった。

 もちろん朝早くとも鍵ととりに教員室にいくことはない。

 鍵はなくとも戸は開くはずだった。

 そして手をかけてばっとひくとやはり開いた。

 そして相方がまた机に顔をふせている。

 あいかわらず反応をしめさない。

 俺はわざと大きな音をたてて横の席に座る。

 それでも相方は顔をあげない。

 寝てやがるのかとのぞきこむと、

「顔近づけてくんなよ」

 と声がもれてきた。

「うわっ。顔ぐらいあげて言えよ」

「ねむてぇんだよ」

 相方はいつも新聞配達をしたあと直接ここに入るのだ。

「それはないだろ。おまえをねぎらってやろうと早めに来てやったのに。ほれ」

 と途中の自動販売機で買った缶ジュースをほっぺにつけてやった。

「ちめて!」

 とやっと顔をあげやがった。

 あいつの好きなエナジー系なので、

「おう。サンキュ」

 とうけとるとさっそくあけてぐびぐび飲む。

「どんだけ飢えてるんだよ。ったく。おまえ、一日何本飲んでんだよ」

「そんなに飲んでねぇよ。これ高いだろ。そんなに飲めるかよ。俺はこれが飲みたくて配達やってるんじゃないからな」

「それにそんなぐびぐび飲むものかよ。すこしは味わって飲めよ」

「とにかく一秒でも早く飲むと効くような気がするんだよ」

「本当におまえっていかれてるよな」

「ほっとけよ」とまた顔をふせそうになる。「それはそうと用務員のおっさんなにか焼いてやがったな」と急いで言う。

「あのおっさんか。あのおっさん、なんか怪しいんだよな」と食いついてきた。

「なにが」

「なんとなく」

「なんとなくかよっ。なんか肉が焼ける匂いがしたな。あそこで肉焼いて食ってんのかな」

「あんなところで焼いて喰うかよ。それこそどんだけ飢えてるんだよ。でも、もし焼くとしたら猫でも焼いてんじゃないか」

「おい、やめろよ! 俺が猫好きと知っての狼藉か」

「おまえ見なかったか。ごみが散乱しているところ。猫があさっていたぞ。タルタルバーガーやポテトなんかの袋やケースに頭つっこんでたぞ」

「たしかにバーガー系のごみが散乱はしてたけど猫ちゃんはいなかったな」

「そら、あんまり荒らすんでしまつしてんじゃないか」

「馬鹿言うな。おまえが犬派でもゆるさんぞ」

 こいつは犬派でなにかと猫ちゃんにあたりがきびしい。猫ちゃんのことをわかってない。

 くそ~。そう言われるとそうではないかと気になってくる。

「そもそもあんなところで動物焼いたら犯罪だろうが。あんなところで焼くか!」

「肉焼く匂いがしたんだろ?」

「俺、きのう焼き肉食ったしな。まだその感じが残っているのかもしれない。それで気のせいもありうる」

「それか猫じゃないかもしれない」

「犬か?」

「あほか。だれが犬焼くか。あのおっさん怪しいっていってるだろ。いつも沈んだ憂鬱そうな顔をして人でも殺しそうな感じがする」

「おいおい」

「あそこで焼いて証拠隠滅してるのかも」

「火葬場じゃあるまいし――」

 そこで戸ががらりと開いてとびあがった。

 用務員が入ってきたのかと思ったからだ。

 教室の外をとおりかかり、声が聞こえたのでばれたかと俺たちを抹殺しに来たのかと。

 見ると、いつも名前は朝村衣知子でアサイチだけど、俺らについでアササンにやってくる朝村が立っていた。

「びっくりしたーっ」

「なにが。おはよー」

「用務員のおっさんなにか焼いてなかった?」

「ああ、いたね。煙もくもくでてた」

「肉焼く匂いしなかった?」

「さあ。でも肉なんか焼かないでしょ」

「そうかもしれないけど、その匂いがしたっていうとこいつがろくでもないこと言うんだ」

「どういうこと」

 俺が相方を見たので口を開いて、毒々しい

 猫や人焼いているんじゃないか説をまくしたてた。

 衣知子はうなったあと、

「人はもちろんだけど、猫ちゃんを焼くなんて想像でもゆるせないなぁ」

「だよね。こいつ犬派だからすぐ猫をわるもんにすんだよ」

「私猫飼っているけど、ワンちゃんも好きだからどっちにしてもゆるせないんだけどね」

「だよねーっ」と俺は調子よくあわせる。

「猫がバーガーの残りものに首をつっこんでいたといってたよね。そもそも猫はそんなの食べないんじゃないかな」

「でもつっこんでいたんだから」と相方はいいはる。

「匂いをかいでいただけでしょ。食べれるかどうか。ちょっとはぺろりとなめたかもしれないけど」

「でも荒らしたのは事実なんじゃないの」

「さあ、それはどうかな。考えられるとしたら……」

「考えられるとしたら?」

「考えられるとしたらカラスかもしれない」

「カラス? そうかカラスか」

「ハシブトガラスとか、マヨネーズとかポテトとか脂分が好物なんだって。それ以前に雑食だからなんでも食べるんだけど」

「えっ、マヨネーズ好きなの? マヨラーの俺といっしょじゃん」

「こいつなんでもマヨネーズかけるからね」

「あほか。ほかに調味料がないときだけだよ。それぐらいの節度はある」

 俺たちのあほな会話をスルーして衣知子はつづける。

「だからカラスが食べるだけ食べて、荒らすだけ荒らしたあとに猫ちゃんがなにかないかとさがしてただけじゃないの」

「そうだ。そうにきまっている。猫に節度だってある。カラスといっしょにしてもらっては困る」

 相方を見ると、それでも納得はしてなさそうだが。

「じゃ、カラス焼いているのかよ。あのおっさん」

「さあそれはどうか」

「見にいってみようか。あのおっさんがいないときにでも。カラスの羽根でも残っているかもしれないし」

「べつにいいだろ。どっちでも」

「おじげづいたのかよ。だらしねぇなぁ」

衣知子は言う。「なんか、どっかで焼却炉って廃止の方向だって読んだ気がする。それとなんだって焼いていいわけではないんだって。焼くとしたらシュレッダーにかけるような紙とか落葉とかだけでしょ。肉焼くなんてもってのほか。私が匿名にでもしてメールしとくよ。それでいいでしょ」

 俺たちはうなずきあって、それで文句はなかった。


 すると数日後から用務員を見なくなった。

 聞くところによると、カラスにいろいろ荒らされたりするので、学校の薬品をつかって殺し、焼却炉で焼いたことを認めたらしい。

 それでそんなものを焼いたことはいけないことで、それは本人もわかってやったと白状したので解雇となったらしいとのことだった。

 きっかけは匿名のメールがあって、それから問いただすことになり、このようなことが白日のもとにさらされることになったのだった。





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