コイツらいつか付き合うんだろうな、と思い続けて数年がたった
琉夢レダ
第一話
「え……お前らまだその段階……?」
信じらんねぇ、と目を見開いたオレを、二対の瞳が見返す。不思議そうな表情を浮かべる二人に、心の底から溜息が溢れた。その顔をしたいのはオレだ。いい加減にしろ。
「いや、段階もなにも……」
「昔からずっとこうじゃん」
ねぇ、と頷きあう彼らに、ほんの少しだけ殺意が湧いた。どうしてくれようこの二人。
オレは! お前らが付き合うのを!! ずっと前から待ってるんだよッ!!
大声でそんなことを喚く訳にもいかず、ダァンと盛大にコップを叩きつける。
一年の留学期間を終えたオレを、空港まで迎えに来てくれたのは嬉しい。腹減ってるだろってファミレスに連れてきてくれたのも、久々だろって和食屋を選んでくれたのも感謝してる。だけどこれはないだろう。そもそも留学なんてものをしてみたのは、「オレがいるからコイツらこのまんまなのかな」と思ったからでもあるのに。一年間オレ抜きで過ごして、一切進展なしとかどうなってるんだ。
「秀くん、周りに迷惑」
「なんでそんなに荒れてんだ」
「うるっせぇバァーーーカ!!」
お前らのせいだ! と言う言葉は、お冷と一緒に流し込んだ。本当に、もう……コイツらなんにもわかってない。
さて、ここで少々人物紹介というものをしておこう。呆れた顔でこっちを見てるのが
対して、その隣に座っているのが
「秀哉、今日おかしくない? 時差ボケか?」
「いや、秀くん割といつもおかしいよ」
「……確かに」
「納得すんな」
そして、今理不尽に罵られたのがオレ、後藤
「傷ついた。慰謝料よこせ」
「いくらだよ」
冗談めかして手を差し出せば、意外にも恭哉が乗ってきた。なのでこちらも遠慮なく返す。
「マジ? じゃあ三千万」
「バカ言うな」
テーブル越しに乗り出した恭哉に頭を叩かれた所で、注文していた料理が来たので一時休戦。サバの味噌煮を白飯と掻き込む。あ、めっちゃウマい。この一年、和食なんて食えなかったから特にウマい。
「佳織、はい」
「ありがと恭くん、こっちあげるね」
そしてオレの目前には、唐揚げとカキフライを一つずつ交換する恭哉と佳織ちゃん。……なんでそんなことをしてるかって? 佳織ちゃんがどっち頼むか悩んでる時に、恭哉が「じゃあ、俺がこっち頼むから一つ交換しようか」って言ったからだよ。仲いいね。知ってるか、コイツら付き合ってねぇんだぞ。
なんだお前ら、というツッコミをする気力は、随分昔に失った。だからオレは、ただ黙って味噌煮を咀嚼する。
恭哉は佳織ちゃんにメチャクチャ甘い。そりゃもうビックリするほど甘い。あと過保護だし距離近いし。一歩間違えたら束縛彼氏だよ。付き合ってないけど。
いつからここまで拗らせたのかは、はっきりとは思い出せない。けど、過保護になったきっかけは覚えてる。チラッと佳織ちゃんに視線を向けた。今は恭哉と顔を近づけて、コソコソと内緒話でもしているらしい。前髪に隠れて見えないけど、その額には割と大きな傷が残っている。
十年前のことだ。小さい頃から仲が良かったオレたちは、その日も三人で遊んでいた。確か鬼ごっこでもしていたんだと思う。ギャアギャア騒ぎながら階段を一気に駆け上がっていた、その時。スコーンッ! と佳織ちゃんが大きくコケた。
「佳織!!」
「佳織ちゃん!」
ゴロゴロと転がり落ちていく佳織ちゃんを目の前に、六歳だったオレたちは名前を呼ぶしかできなかった。額から血を流しながら佳織ちゃんはギャン泣きし、オレも恭哉もパニック状態で大騒ぎだ。
普通ならすり傷程度で済んだはずが、場所のせいで大ケガに繋がった。確か三針くらい縫ったんじゃなかったっけ。ともかく佳織ちゃんには傷が残り、オレたちにもトラウマがしっかり残った。恭哉が異常なほど過保護になったのもその頃からだ。
……とはいえ、流石に過保護すぎるだろうと思うことは多いけど。オレだって佳織ちゃんにはケガして欲しくないけど、恭哉は行き過ぎてると思う。小学校の調理実習で「佳織は包丁持っちゃダメ!」とか大騒ぎして先生を困らせたのは最早伝説だ。我が片割れながら、さすがにヤベェだろと思った。
最初は「大丈夫だよ!」って言ってた佳織ちゃんも、徐々に諦めを覚えたらしい。やがてされるがままになり、今では恭哉が騒いでも一切動じる姿を見せなくなった。多分そろそろ悟りを開ける。でも結局、本気で嫌がってる素振りはない。……だからまあ、要はお似合いなんだと思う。
そんなことを考えながら最後の一口を放り込んだ。そのまま箸を置こうとしたところで、突然皿におかずが増えた。唐揚げとカキフライが一つずつ。乗せられたそれをぽかんと見つめる。顔を上げると、ニヤニヤとこっちを見ている二人が目に入った。
「「慰謝料」」
口を揃えて言われたセリフに、思わず吹き出しそうになる。
「え、いいの? オレ味噌煮全部食っちゃったよ?」
「いや、だから交換じゃなくて慰謝料だって」
「というか正直、秀哉が手をつけた後のサバ味噌はいらない」
「確かに! じゃ、遠慮なく」
ポイ、と口に揚げ物を放りこんだ。少し冷めてはいるものの、普通に嬉しくて顔が緩んだ。この二人の邪魔をしてるんじゃないか、と思うことがなかったわけじゃない。でもそのたびに、こうして杞憂だと思い知らされる。オレたちが一緒にいるのは『当然』で、その感覚は多分死ぬまで変わらないのだ。それが多分、コイツらの進展にブレーキをかけているのだろうけど。
そもそも大前提として、オレ抜きで一年放置した結果はご覧の通り。進展? なにそれ美味しいの? いっそ清々しくて笑えてくるね! もうオレの存在とか関係ない。コイツらの問題はもっと深いところにある。わかった。完全に理解した。だから早くくっついてお願い頼むから。
オレが今度こそ最後の一口を飲み込むと同時に、恭哉がふらっと立ち上がった。コップを手にしたのを見て、ああドリンクバーかと納得した。
「飲み物取ってくる。佳織、何が良い?」
「あー……ジンジャーエール」
「オレはコーラ! よろしく!!」
「お前には聞いてない」
「いいじゃん別に!!」
便乗して希望を口にすれば、すっぱり拒絶されて思わず笑う。それでもごねればコップを三つ持って行くあたり、やっぱりアイツはいい奴だ。
「……相変わらず過保護だね、アイツ」
「恭くんだからね」
恭哉が去った後のテーブルで、顔を見合わせて苦笑した。二人になると話題はもっぱら恭哉の話になり、そんな会話すら一年ぶりなのだと思うと感慨深い。
「もしかして、一年間ずっとあんな感じ?」
「なんか輪をかけてヤバかったよ。高校はクラス別だったのにさ……たまに紛れてんの」
「なんて??」
「一人多いんだよね、たまに。恭くんが紛れ込んでるの」
「ヤバ、頭おかしいな」
言いながら、笑いが混じるのを止められない。佳織ちゃんも、笑いを堪えるように震えている。どうやら、一年で弟のヤバさは進歩していたらしい。進歩させる場所が違うだろバカ。
恭哉は基本いい奴なので、それなりにモテると思うんだけど。ただ佳織ちゃんが絡むと途端にヤバい奴になるので、結局敬遠されている。佳織ちゃんはカワイイけど、ちょっかい出すと後藤恭哉とかいうヤバイやつが召喚されるので、基本的に遠巻きにされている。やっぱりお前ら早く付き合いなよ。というか多分、お互い以外の選択肢がないよ君ら。
……別にね、恋人同士になるのが最適だとも限らないし、ただ一緒に仲良くしてるだけで幸せなのも理解出来るんだけど。彼氏彼女がいないとダメだってことが言いたいんでもなくてさ。彼氏彼女作るために付き合えってわけじゃなくて、そうじゃなくて。
佳織ちゃんと目を合わせる。どうしたの? と言いながら首を傾げるその姿に、一年見ないうちに大人っぽくなったなぁって考えた。
「髪にゴミついてるよ」
「え、ほんと? 取って」
「ハイハイ」
正直に言うと、咄嗟に口から出たデマカセだった。それに気づかれないように、な
んにもついていない髪に触れる。
「はい、取れた」
「ありがと」
「どーいたしまして」
そこで丁度、コップを持っった恭哉が帰って来た。佳織ちゃんを見て、俺を見て、眉を顰める。
「距離近くない?」
「髪についてたゴミ取っただけだって」
だからそんなに怒るなよ。ケラケラ笑いながら、元の位置へと座り直した。ああ、やっぱお前ら早く付き合ってくれよ。
そうすればきっと、オレのこの不毛な恋心も、捨てることが出来るはずだから。
コイツらいつか付き合うんだろうな、と思い続けて数年がたった 琉夢レダ @ryumleda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。コイツらいつか付き合うんだろうな、と思い続けて数年がたったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます