コイツらいつか付き合うんだろうな、と思い続けて数年がたった

琉夢レダ

第一話

「え……お前らまだその段階……?」


 信じらんねぇ、と目を見開いたオレを、二対の瞳が見返す。不思議そうな表情を浮かべる二人に、心の底から溜息が溢れた。その顔をしたいのはオレだ。いい加減にしろ。


「いや、段階もなにも……」



「昔からずっとこうじゃん」


 ねぇ、と頷きあう彼らに、ほんの少しだけ殺意が湧いた。どうしてくれようこの二人。


 オレは! お前らが付き合うのを!! ずっと前から待ってるんだよッ!!


 大声でそんなことを喚く訳にもいかず、ダァンと盛大にコップを叩きつける。


 一年の留学期間を終えたオレを、空港まで迎えに来てくれたのは嬉しい。腹減ってるだろってファミレスに連れてきてくれたのも、久々だろって和食屋を選んでくれたのも感謝してる。だけどこれはないだろう。そもそも留学なんてものをしてみたのは、「オレがいるからコイツらこのまんまなのかな」と思ったからでもあるのに。一年間オレ抜きで過ごして、一切進展なしとかどうなってるんだ。


「秀くん、周りに迷惑」


「なんでそんなに荒れてんだ」


「うるっせぇバァーーーカ!!」


 お前らのせいだ! と言う言葉は、お冷と一緒に流し込んだ。本当に、もう……コイツらなんにもわかってない。


 さて、ここで少々人物紹介というものをしておこう。呆れた顔でこっちを見てるのがもり 佳織かおり。オレの十六歳の従姉妹殿だ。カワイイけど手は出すなよ、死にたくなければ。


 対して、その隣に座っているのが後藤ごとう 恭哉きょうや、同じく十六歳。オレの双子の弟であり片割れである。基本的にイイ奴だけど、佳織ちゃんが絡むと豹変するから気をつけてくれ。いやこれマジで。


「秀哉、今日おかしくない? 時差ボケか?」


「いや、秀くん割といつもおかしいよ」


「……確かに」


「納得すんな」


 そして、今理不尽に罵られたのがオレ、後藤 秀哉しゅうや。この二人にいつも振り回される、とても可哀想な苦労人である。


「傷ついた。慰謝料よこせ」


「いくらだよ」


 冗談めかして手を差し出せば、意外にも恭哉が乗ってきた。なのでこちらも遠慮なく返す。


「マジ? じゃあ三千万」


「バカ言うな」


 テーブル越しに乗り出した恭哉に頭を叩かれた所で、注文していた料理が来たので一時休戦。サバの味噌煮を白飯と掻き込む。あ、めっちゃウマい。この一年、和食なんて食えなかったから特にウマい。


「佳織、はい」


「ありがと恭くん、こっちあげるね」


 そしてオレの目前には、唐揚げとカキフライを一つずつ交換する恭哉と佳織ちゃん。……なんでそんなことをしてるかって? 佳織ちゃんがどっち頼むか悩んでる時に、恭哉が「じゃあ、俺がこっち頼むから一つ交換しようか」って言ったからだよ。仲いいね。知ってるか、コイツら付き合ってねぇんだぞ。


 なんだお前ら、というツッコミをする気力は、随分昔に失った。だからオレは、ただ黙って味噌煮を咀嚼する。


 恭哉は佳織ちゃんにメチャクチャ甘い。そりゃもうビックリするほど甘い。あと過保護だし距離近いし。一歩間違えたら束縛彼氏だよ。付き合ってないけど。


 いつからここまで拗らせたのかは、はっきりとは思い出せない。けど、過保護になったきっかけは覚えてる。チラッと佳織ちゃんに視線を向けた。今は恭哉と顔を近づけて、コソコソと内緒話でもしているらしい。前髪に隠れて見えないけど、その額には割と大きな傷が残っている。


 十年前のことだ。小さい頃から仲が良かったオレたちは、その日も三人で遊んでいた。確か鬼ごっこでもしていたんだと思う。ギャアギャア騒ぎながら階段を一気に駆け上がっていた、その時。スコーンッ! と佳織ちゃんが大きくコケた。


「佳織!!」


「佳織ちゃん!」


 ゴロゴロと転がり落ちていく佳織ちゃんを目の前に、六歳だったオレたちは名前を呼ぶしかできなかった。額から血を流しながら佳織ちゃんはギャン泣きし、オレも恭哉もパニック状態で大騒ぎだ。


 普通ならすり傷程度で済んだはずが、場所のせいで大ケガに繋がった。確か三針くらい縫ったんじゃなかったっけ。ともかく佳織ちゃんには傷が残り、オレたちにもトラウマがしっかり残った。恭哉が異常なほど過保護になったのもその頃からだ。


 ……とはいえ、流石に過保護すぎるだろうと思うことは多いけど。オレだって佳織ちゃんにはケガして欲しくないけど、恭哉は行き過ぎてると思う。小学校の調理実習で「佳織は包丁持っちゃダメ!」とか大騒ぎして先生を困らせたのは最早伝説だ。我が片割れながら、さすがにヤベェだろと思った。


 最初は「大丈夫だよ!」って言ってた佳織ちゃんも、徐々に諦めを覚えたらしい。やがてされるがままになり、今では恭哉が騒いでも一切動じる姿を見せなくなった。多分そろそろ悟りを開ける。でも結局、本気で嫌がってる素振りはない。……だからまあ、要はお似合いなんだと思う。


 そんなことを考えながら最後の一口を放り込んだ。そのまま箸を置こうとしたところで、突然皿におかずが増えた。唐揚げとカキフライが一つずつ。乗せられたそれをぽかんと見つめる。顔を上げると、ニヤニヤとこっちを見ている二人が目に入った。


「「慰謝料」」


 口を揃えて言われたセリフに、思わず吹き出しそうになる。


「え、いいの? オレ味噌煮全部食っちゃったよ?」


「いや、だから交換じゃなくて慰謝料だって」


「というか正直、秀哉が手をつけた後のサバ味噌はいらない」


「確かに! じゃ、遠慮なく」


 ポイ、と口に揚げ物を放りこんだ。少し冷めてはいるものの、普通に嬉しくて顔が緩んだ。この二人の邪魔をしてるんじゃないか、と思うことがなかったわけじゃない。でもそのたびに、こうして杞憂だと思い知らされる。オレたちが一緒にいるのは『当然』で、その感覚は多分死ぬまで変わらないのだ。それが多分、コイツらの進展にブレーキをかけているのだろうけど。


 そもそも大前提として、オレ抜きで一年放置した結果はご覧の通り。進展? なにそれ美味しいの? いっそ清々しくて笑えてくるね! もうオレの存在とか関係ない。コイツらの問題はもっと深いところにある。わかった。完全に理解した。だから早くくっついてお願い頼むから。


 オレが今度こそ最後の一口を飲み込むと同時に、恭哉がふらっと立ち上がった。コップを手にしたのを見て、ああドリンクバーかと納得した。


「飲み物取ってくる。佳織、何が良い?」


「あー……ジンジャーエール」


「オレはコーラ! よろしく!!」


「お前には聞いてない」


「いいじゃん別に!!」


 便乗して希望を口にすれば、すっぱり拒絶されて思わず笑う。それでもごねればコップを三つ持って行くあたり、やっぱりアイツはいい奴だ。


「……相変わらず過保護だね、アイツ」


「恭くんだからね」


 恭哉が去った後のテーブルで、顔を見合わせて苦笑した。二人になると話題はもっぱら恭哉の話になり、そんな会話すら一年ぶりなのだと思うと感慨深い。


「もしかして、一年間ずっとあんな感じ?」


「なんか輪をかけてヤバかったよ。高校はクラス別だったのにさ……たまに紛れてんの」


「なんて??」


「一人多いんだよね、たまに。恭くんが紛れ込んでるの」


「ヤバ、頭おかしいな」


 言いながら、笑いが混じるのを止められない。佳織ちゃんも、笑いを堪えるように震えている。どうやら、一年で弟のヤバさは進歩していたらしい。進歩させる場所が違うだろバカ。


 恭哉は基本いい奴なので、それなりにモテると思うんだけど。ただ佳織ちゃんが絡むと途端にヤバい奴になるので、結局敬遠されている。佳織ちゃんはカワイイけど、ちょっかい出すと後藤恭哉とかいうヤバイやつが召喚されるので、基本的に遠巻きにされている。やっぱりお前ら早く付き合いなよ。というか多分、お互い以外の選択肢がないよ君ら。


 ……別にね、恋人同士になるのが最適だとも限らないし、ただ一緒に仲良くしてるだけで幸せなのも理解出来るんだけど。彼氏彼女がいないとダメだってことが言いたいんでもなくてさ。彼氏彼女作るために付き合えってわけじゃなくて、そうじゃなくて。


 佳織ちゃんと目を合わせる。どうしたの? と言いながら首を傾げるその姿に、一年見ないうちに大人っぽくなったなぁって考えた。


「髪にゴミついてるよ」


「え、ほんと? 取って」


「ハイハイ」


 正直に言うと、咄嗟に口から出たデマカセだった。それに気づかれないように、な

んにもついていない髪に触れる。


「はい、取れた」


「ありがと」


「どーいたしまして」


 そこで丁度、コップを持っった恭哉が帰って来た。佳織ちゃんを見て、俺を見て、眉を顰める。


「距離近くない?」


「髪についてたゴミ取っただけだって」


 だからそんなに怒るなよ。ケラケラ笑いながら、元の位置へと座り直した。ああ、やっぱお前ら早く付き合ってくれよ。


 そうすればきっと、オレのこの不毛な恋心も、捨てることが出来るはずだから。

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