闇夜の星願い

獅子島 こた

第1話「星に願いを」

 学生時代大人が輝いて見えた、自由で楽しそうで羨ましいと思った。

 だから、早く大人になりたかった。大人になればこの苦しみから解放されるのだと本気でそう思った。高校を卒業してすぐ親元を離れて上京した。

 大人になって気付いた、輝いている人間なんて極一部だと、その一部の人間に自分はなれなかった。待ち受けていたのは地獄だった。

 夢なんて何処かに落としてしまって当てもなくただ歩く、薄暗がりの道をひたすらに歩くただこれだけのことが自分には苦痛で仕方がなかった。

 世の中にはもっと貧しくて苦しい生活をしている人が居る、家があって職があるだけ恵まれていると、誰かが言った。だからなんだと言うんだ、それで自分は救われないこの苦しみから逃れることは出来ない。

 気付いたらストレスは酒に頼る日々で、友人と楽しく昼夜ゲームに明け暮れ通話をしながら将来の漠然とした不安を語り笑い合う。そんな生活に一瞬でも息がしやすいと感じてしまった自分に溺れていた。


「都市伝説?」

「そうそう、最近国外でもよく噂になってんだって。それが原因かは知らないけど行方不明者が多発してて…でも、時々連絡が来るんだって自分は大丈夫、いまの生活が幸せだから探さないでほしいって」

「所詮都市伝説だろう?」

「まぁなー、なぁ誰か試してみてくれないか」

「はあ?自分でやれよ」

「いや、怖いじゃん」


 その時、仕事の疲れで程よく酔っていた為、友人らの話を面白半分で自分がやってみると引き受けた。友人は最初笑っていたが通話を切る時は、少し戸惑うように気をつけろよといって通話を切った。

 その後グループトークに載っていたやり方を確認する。

 まず、白い紙に星を描く、そしてその真ん中に『あきた』と書く。そしてそれを手に握ったまま眠りにつくだけ意外と簡単なものなのだと思った。所詮は都市伝説と思い、準備をする。だがその時彼は酷く酔っていたもう既に度数の高いアルコールの入ったお酒の缶を三本空けている。

 何を思ったのか、こういうのは血文字で書くと面白いのではないかと余計な好奇心で軽く指を切り白い紙を赤色に染めた。

 どこぞのホラー映画の冒頭かと思うくらいに綺麗に書けたことに満足した彼はそれを握り眠気に身を任せるように目を閉じた。


「……なんてな。やっぱり都市伝説だな…」


 カーテンから漏れる光が彼の目覚めを促す。

 目を開ければそこは見慣れた一人暮らしの家の天井で、外はもう日が昇りきっている。携帯電話を探り寄せ画面を見れば時刻は昼に近い。今日が休みで良かったと心底思う。暫くは休みだと分かっているから深酒したのだ、それはシフトを入れてもらえない腹いせだ。


「あぁ…気分悪…」


 怠い体を起こし、手の中にある違和感に気付き見てみるとそこにはくしゃくしゃになった紙があった血が滲んで文字は読みにくい。血文字という気味の悪さに自分の行動を棚上げゴミ箱に放る。指の傷はすでに塞がっている。

 顔を洗い着替えをして溜まった洗濯物を済ませ、気分転換に外に出る。

 友人に何も起きなかったという報告をして、買い物に出掛けた。

 にしても体が怠い。深酒はもうやめると思った。


「つまんね」


 夢見ていたものはこんなものなのかと、いつも現実を突き付けられているようだ。ずっと海の中にいるような錯覚を起こす。

 こんなにも自分は息をすることが下手だったのかと思い知らされる。

 定職にも着かずアルバイトをする日々に嫌気を差したことは無い正直世の中のいう常識に自分は馴染めないと思うから、上司に頭を下げて仕事を必死に頑張るお勤めの仕事も客にいい顔をしている自分も想像がつかない。好きな物が関わっている仕事ならやっていけるのではないかと、親に後押しされ運良く採用され始めたアルバイトもこの様だ。向いていない。世の中は金の為だという。自分はそう思わない長く続けるのならそれなりの交流が必要になる職もあるだろうそれがあるから世の中は回っているんじゃないのかそんな綺麗ごとで救えるとも思えない。

 この世の中少数派の意見なんてゴミのように扱われて終わりなのだから何を言っても意味などないのだけれど。


「早く死にてぇな…」


 早く大人になりたかったあの頃には思わないだろう、大人と呼ばれるものになったのに次は早くこの生を終わらせようとしているなんて。あの頃の輝いた瞳で見ていた自分にその目と口を閉じろなんて口が裂けても言えない。


「あ…なんだ、そういうことか…そうだよな子供の夢は奪えねぇよな」


 あの頃輝いていたのは大人じゃない、自分の瞳であり願いだっただけだ。

 いつもの仕事終わり、病んでしまった心を抱えて辿り着いたのは誰も居ない静かな海。それもそのはず、今は一月の始めで夜は結構冷え込むし風だって刺すように冷たい、そんな中海に来る奴なんていない。

 漠然とした不安を抱えきれなくて行きつく場所なんて所詮決まっているのかもしれない。ニュースで見る悲しい出来事、次は自分の番かと薄ら笑う。

 波の音が耳を包む瞬間、温かい感触が冷え切った頬を包んだ。

 驚いて顔を上げれば、そこには優しい瞳を湛えた女性だ。その後ろにはこの場所に在るはずのない鉄道。銀河鉄道のようだと思うくらいに海の煌めきは反射している。


「え……っと」

「こんな所にいらっしゃったのですね」

「……」

「さぁ、列車の中へこんな所に居てはお身体が冷えてしまいます」

「放っておいてくれないか、見ず知らずの人間にそこまで優しくする奴はいない」


 これはきっと夢だ。疲れて眠ってしまった自分がきっとまた質の悪い夢を見ているんだ。そう言い聞かせ、女性と距離を取ろうと後ろに手を付く。

 女性は柔らかく笑うと汚れることも厭わず、膝を付いた。


「いいえ。私は貴方をお迎えに上がりました。坊ちゃま」

「坊ちゃま…?」

「はい。お話を聞いては頂けないでしょうか、お家までお送りします」


 これは夢だ、そう言い聞かせ差し出された手を取る。

 列車の中は暖房が効いていてとても暖かい、普段電気代を節約するため暖房を付けずに過ごしているので心地が良かった。

 ふかふかの椅子に腰掛け空を走る列車の窓はキラキラと輝いている。手前にあるテーブルに置かれた湯気の立つティーカップに触れれば冷えてしまった掌が温かい。

 そのままカップに口を付ければ程よい温かさの液体が口内に広がり体に熱を灯す。

 自然と零れた雫が落ち着くまで彼女は静かに体を抱き締めてくれた。

 部屋に着くと、彼女は少し考えた後何か呪文を唱えた。ぐにゃりと歪む視界に一瞬目を閉じた。次に目を開けた時そこは紛れもない自室だったはずだった。

 列車の汽笛の音、線路の上を走る車輪の音が響きまさかと思い、窓を見れば景色は一変していた。外は見たことも無いような草木と花々が生い茂り鳥のさえずりが聞こえるほどだ。


「申し訳ありません。貴方様のお部屋が思ったより冷えていたのでそれと少々騒がしい気がしましたので」

「あ、ははは…そりゃどうも…」


 嫌味の無い笑顔だ。それもそのはず借りた部屋は思ったよりも壁が薄く隣室のいびき、話し声が貫通する。だが一人暮らしなんてそんな物だろう。

 彼女は彼の手を引いてリビングと思しき場所に連れ来た。

 生活感のあるその風景に温かさを感じた。促されるまま椅子に座ればすぐに湯気のたつポットとティーカップが舞い降りる。


「…都市伝説じゃないじゃないか…」


 気付いた時には既に全てが終わっているそして始まってしまっている。

 隈の酷い顔を覆い隠して、独り言ちる。


「坊ちゃま。貴方はシャドウ様に選ばれました。これから貴方は生き返るのです」

「まだ死んでいないんですけど、それに貴女は一体誰ですか」


 今更なことを口にしている気がする。だが、もう進みだしたことは仕方がない。

 自分で蒔いた種だそう思うと納得が出来た。

 彼女は焼き立てのクッキーを卓上に置くと、彼の手を取って膝を付いた。


「私はシャドウ様に造られたAIロボット、メイドのローズとお呼びください」

「ローズ…」

「坊ちゃまこれからよろしくお願いしますね」

「その、坊ちゃまって言うのやめてくれないか。恥ずかしいから、名前で呼んでほしい」

「名前、ですか」

「そう。■■■■って……?」


 口に出して思い出す。

 自分の名前がノイズが混ざったような異音で聞こえた、心の中でも同じだ。思い出せない、自分の名前が分からない。

 急に不安になり、冷や汗が溢れる怯えた表情で顔を手で覆う彼にローズは微かに笑う。

 床に魔法陣が現れる。これから起こることへの不安に、恐怖に必死に手を伸ばすも見えない壁がそれを阻む。

 嫌だと、死にたくない。可笑しいな早く死にたいと思ったはずなのに、脱力した体が柔らかい何かに包まれる。


「酷い隈じゃな…可哀想に、いま楽にしてやるからの。もう何も苦しむ必要はないんじゃ」

「……」

「私の愛しい子。お主はこれから幸せになるのじゃ」


 勝手に決めるなと思う、だが体が上手く動かない。口も上手く開かない。

 どうせなら殺してくれれば良かったのだと何度も思った。

 目が覚めれば現実に、なんて甘い事は言わないけれどどう見ても自室ではないし変な動物は浮かんでいるし羽の生えた小さな人間は妖精といって何かと手助けをしてくれる、人の上で伸びをする猫のような魔獣は重たいし、一際大きな声で鳴く犬のような魔獣は今日も元気だし、一番怖いのはいつの間にかこの異世界の生活に馴染んだ自分である。


『クリア』

「分かってる、起きるよ」


 精霊の言葉にクリアは体を起こして、ベッドから降りる。

 時計を見ればまだ少し時間に余裕がある。ゼーレの協会に行き、シャドウ様の元に行かなければならない。

 鏡を見て身支度する。髪は元の髪色に近いが青色と灰色を混ぜた色をいているもう見慣れてしまったが、最初は落ち着かなかった、ゼーレで擦れ違う騎士たちがまるで夜空のようだと褒めちぎる時は失神しかけた。

 慣れないことはするべきではない。少年みたいだと言われていた体はまんま少年だし、与えられた制服も幼い感じがする。がもう慣れた仕方がない、正直もうどうでもいいのだ。前の生活より息がしやすいそれだけでクリアは満足だった。

 ショルダーバックに必要な書類と魔導書、常に携帯しろと言われた剣を腰のホルダーに差して自宅を出た。

 その瞬間を待ってましたとばかりに、空から鳥獣が降ってくる。鳥のような恐竜のような見た目をした魔獣だ、怪我をしていた時見過ごせずに助けたらなつかれた。

 丁度良かったので移動手段として使っている。

 空から見下ろす、街は元居た世界とは違う。魔法の世界海外でよく見る景色に似ていた。ここは魔法があり、三つの神がいてその更に上に絶対的な神がいて成り立っている。ひょんなことからそんな世界に来てしまった。そしてこれは、都市伝説を試した男に降りかかった呪いであり、願いである。


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