冥婚

連喜

第1話 彷徨

 結婚前に亡くなった男女を夫婦にして埋葬する。

 こういう風習は世界各地に見られる。中国の一部の地域では、同時期に亡くなった異性と一緒に葬るということをするそうだ。

 俺も独身だから、できれば誰かと一緒に埋葬してほしい。

 なぜ、あの世で夫婦である必要があるのかはわからないけど、やっぱり男女対になっていた方がいい気がするし、心細い冥途への道を誰かに同行してほしい。

 嫁がされる女性にとってはいい迷惑かもしれない。その人にはほかに好きな人がいるかもしれないのに、俺なんかが隣にいたら、意中の人があの世にやって来た時に示しがつかないだろう。その辺がちょっと気にはなる。


 こんな話を聞いた。昭和初期くらいの時代だろうと思う。


 ある男が自殺しようと思っていたが、一人で死ぬのが怖かったし、独身だから、冥婚をしようと思った。

 しかし、頼めるような親族がいなかった。自分が死んでも遺体を引き取る人なんかいないような境遇の人だったらしい。なぜかはわからないけど、よっぽどの不良で家族に感動されたか、もしくは、身寄りのない人だったのかもしれない。日本でも、戦後すぐならこういう人がいてもおかしくはないが、昭和初期ならちょっと珍しいかもしれない。


 街を歩いているきれいな女を捕まえて道連れにしようと思っていた。男は車を持っていた。身なりはきちんとしていて、スーツを着ていた。それで、めぼしい女を物色するために町を流していた。ちょっと前に、スタイルのいい若い女が歩いていた。ウエストがきゅっと締まっていて、足首も細かった。ダンサーみたいな体型だ。


「すみません。この辺に〇〇っていうホテルがあるって聞いたんですけど、ご存知ありませんか?」

「ええ。知ってますよ」女は後ろ姿が優れていただけでなく、ばっちり化粧していて美しかった。

「案内していただけませんか」

 女は迷ったが、男がハンサムで身なりがよかったので承諾してしまった。

「ええ」

 女は車に乗り込んだ。車が珍しかったので、それだけでワクワクしていた。

「車を持ってるなんてすごいですわ」

「これは会社の車なんです。残念ながら」

「でも、運転できるなんて素敵だわ」

 女は言った。助手席に乗りながら短いドライブを堪能しているようだった。

 男は「ちょっとエンジンの調子が・・・」と言って、車を路肩に止めると、女の腹を殴って気を失わせた。すかさず、手足を縛って、猿轡をかませて、上から袋をかぶせると、まるで荷物のように助手席に座らせたまま、自宅へ戻った。


 男はかなり裕福で、家には使用人が複数いたが、家の改修工事をするからと嘘をついて、全員に暇を出していてた。車も普段は運転手に運転させていたが、男は免許を取って今回の誘拐を実行することにしたのだった。

 

 美男で金持ちなら、すぐ結婚できそうな気がするが、この男の場合は精神を病んでいたので、女が寄り付かなかったようだ。


 男は女を担いで、屋敷の中に連れて行った。女は気を失ったまま目を覚まさなかった。女性にしては大柄だったので、男は汗だくになって運んだ。


 男は女をソファーに横たわらせた。男はその様子を、何時間も飽きずに眺めていた。まつげが長くて、女優のように華やかな顔立ちをしていた。殺してしまうのが惜しいくらいだった。男は次第に、なぜ自分が死のうとしているのかもわからなくてなってしまった。


***


 女はやがて目を覚ましたが、自分が腹にパンチされて気絶したことを忘れてしまっていた。あまりに一瞬だったからだろう。下腹部が痛んだが、目の前の男に尋ねた。


「私・・・どうしてここに?」

「あなたが車の中で貧血で倒れてしまったので、どうしていいかわからず、ここに連れて来てしまったんです。あなたはどういう人か教えていただけませんか?」

「私は〇〇町に住む、Aという者です。親は大学教授の〇〇と申します」

「私は・・・」男は答えられなかった。「この屋敷に住んでいる無職の男です。親の遺産でのらりくらりと暮らしているようなもので・・・」

「いいじゃないですか。文士みたいで素敵ですわ」

「いいえ。定職にもついておらずお恥ずかしい」 

 男は一瞬で女に対する興味を失ってしまった。理由は本人も気が付かなかったが、普段そういったインテリ層と付き合っていると思ったからだった。


 ああ、やっぱり殺してしまおう。男は決心した。それで、男は女に酒を勧めた。

「お送りする前に、一杯お飲みになりませんか」

 男はハンサムだった。しかも金持ち。女はうっとりした。独身だろうか?

「ええ。ありがとうございます」

 酒を飲む女というのも、男は嫌だった。自分の母親がアル中のような状態で、毎日家で怒鳴りまくっていたからだ。ふつふつと女に対して憎しみが湧いてきた。

 

 男は女の酒の中に大量の睡眠薬を入れていたから、女はしばらくして気を失った。




 

 

 




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