第6話

 居た堪れなくなった私はそっと壁際まで移動する。リシェ様とリューク様のダンスが始まったわ。


皆が二人を見ている。


 学生の頃は皆聖女と見目麗しい男達をアイドルのように見ていたのだと思う。だから卒業パーティの場でも黄色い声が絶えなかった。


けれど卒業した今、格式高いこの場で聖女様の行いは相応しくないと映る貴族が多かったようだ。


 ヒソヒソと話をして冷たい視線を踊るリシェ様とリューク様に向けているのが殆どだ。リシェ様は聖女でありながらも公爵令嬢だ。マナーを知らない訳ではない。


わざと私から婚約者を奪うような真似をして私に見せつけたいだけなのだろう。


「イーリス様、大丈夫ですか?」


1人の令嬢が声を掛けてきた。彼女は卒業パーティでリシェ様が侍らせていた男達の婚約者のうちの1人。


「カノン様、お気遣い有難うございます。私は大丈夫ですわ」


「ここに居ては気も遣うでしょう。あちらで少し休みませんか?」


視線の先には少しせり出したバルコニー。私は頷き、カノン様と一緒にバルコニーへと出て夜風に当たる。


「カノン様、今日は婚約者様と一緒なのですか?」


「ええ、きっと彼も今頃聖女様と踊りたくてうずうずしていると思いますわ」


カノン様はどこか疲れた表情をしている。やはりあの時の事は今も影響しているのね。

 

カノン様に話をしていくうちに他の方達があの後どうなったのか聞くことができた。


婚約者達は皆婚約破棄寸前まで行ったのだそうだ。1人は辺境伯令嬢だったため辺境伯の怒りは凄まじく婚約破棄となったらしい。辺境伯令嬢は破棄後すぐに親類の方と婚約したようだ。


 他の方々がなぜ婚約破棄寸前で止まったのかというと、やはり我が家と同じように事業の繋がりで大金が動くため安易に婚約破棄に動くことが出来なかったらしい。


世知辛い世の中ね。


 それでも私はまだ親の理解があっただけましなのだと思う。親の理解のないまま婚姻すれば、心が壊れても可笑しくはないもの。


「カノン様はこれからどうなさるのですか?」


「正直な所、最低限のお茶会や舞踏会への参加しかしないつもりですわ。やはり、あの事が尾を引き、様々な目で見られておりますもの。イーリス様はどうされるのですか?」


「私もどうしても出席しないといけない物以外は参加しないつもりですの。それで3年経てば事業も落ち着くようなので離縁をしても良いと言われております。離縁後は領地の片隅でひっそり余生を過ごすつもりですわ」


「羨ましい限りですわ。私も早々に領地に引っ込もうかしら」


私たちは目を合わせてクスクスと笑いあった。同じ出来事を共有した者同士の繋がりのようなものかしら。


そして時間を忘れて雑談をしていると、リューク様がバルコニーへとやってきた。


「そろそろ私の婚約者を返してもらってもよいだろうか?」


「あら、ランドル侯爵子息様。私達に何か御用でしょうか?」


「これは手厳しいな。俺はイーリスを迎えに来たんだ。さあ、イーリス行こう」


リューク様が手を差し出している。


「リューク様。もう聖女様とご一緒するのは良いのですか?」


「ああ、構わないよ。リシェは他の男と話しているしな」


私はリューク様の手を取ろうとしてふと視線が気になった。それはカノン様も同じだったようで視線を向けている。そう、リューク様の後ろにはリシェ様とカノン様の婚約者がこちらへ向かって来ていたのだ。


「リューク、どこへ行ったかと思ったわ。貴方を待っていたのよ。さぁ、いきましょう?」


リシェ様の声にリューク様は振り向いた。私もカノン様もその場で口を開く事無く様子を窺っていると、カノン様の婚約者と目が合ったが彼は眉を下げ、申し訳なさそうにしている気がする。


彼も今日のこの状況に気づいてはいるのだろうか。


「リシェ、俺は婚約者とのファーストダンスもまだ踊っていないんだ。君は殿下に呼ばれているんだろう?」


流石のリューク様でも周りの状況が分かってきたのかしら。


「リュークと一緒じゃなきゃ行かないわ。いいわよね、リュークの婚約者さん?」


勝ち誇ったような笑顔。やはりわざと来たのね。本当にこの方、聖女様なのかしら。


「…ええ、構いませんわ。リューク様、私は疲れましたので先に伯爵家へ帰らせて頂きますわ。リューク様はどうぞ舞踏会をお楽しみ下さいませ」


「あら、イーリス様。大丈夫ですか?私とした事が気づかずごめんなさい。実は私も疲れておりましたの。邸まで送って差し上げますわ。ディルク様、私達は一足先に帰らせて頂きます。聖女様と素晴らしい時間をお過ごし下さいませ」


「あ、いやっ、カノン嬢っ」


ディルク様は焦ったような表情をしている。


「イーリス、すまない」


リューク様も眉を下げ謝罪の言葉を言っている。何の謝罪なのかしら。聖女様の頼みを優先した事かしら、それともダンスを踊らなかった事かしら。


今更だわ。



 私とカノン様は聖女様に礼をしてバルコニーを後にした。令嬢二人とはいえ護衛も付けず城から馬車が停まっている場所に行かせるのは駄目だと思われたのだろうか、会場の入口を出た所で騎士の方に止められた。


「カノン・ヒート伯爵令嬢、イーリス・ブライトン伯爵令嬢ですね。帰る前に少しお待ちいただけますか?二人を連れてくるよう仰せつかっております」


違ったようだ。誰だろう、騎士に命令出来る方は限られているのだけれど。当たって欲しくは無かった。

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