第89話 考えておきます

「ですので、グラント帝国が攻め込む先は十中八九我が国と考えて間違いないかと」


「まあ、その話が事実なら……その可能性は高いだろうな」


タイミングを考えると、偶々と考える方が無理があるという物である。


「予兆がはっきりとでている以上、当然ですがポロロン王国もそれに備えなければなりません」


「軍需品として、ポーションを出せ……と」


「そうだ」


俺の問いに、ガイオスがどや顔で答える。


「戦争に必要なのは、おおざっぱに言うと兵と物資になります。物資は生産能力さえ失わなければいくらでも……と言うと語弊がありますが、まあ国が破産しない限り変わりは用意可能です。ですが、人はそういう訳にはいきません」


戦争における兵士の実力は重要だ。

強力な現代兵器をバンバン打ち合う様な地球での戦争だって疎かには出来ないのだから、個人の力量の幅が馬鹿みたいに大きな世界でなら猶更である。


――だが戦争で人は死ぬ。


そして死ねば、その穴埋めを誰かがしなければならない。

それは数の縮小だったり、数合わせの徴兵だったりする訳だが、当然そうなればその分戦力は低下してしまう事になる。


「その通りだ!スパムポーションさえあれば戦争での生存率が劇的に引きあがる事は一目瞭然!それだけの効果があるのだからな!だからお前はそれを提供すべきだ!」


スパムポーションは瞬間的な回復が出来、しかも携帯しやすいと来ている。

確かに、必要十分に行き渡らす事が出来れば兵士の生存確率は劇的に上がるだろう。


そしてそうなれば、それは帝国にとっては脅威となる。

なにせ死にさえしなければ、何度でも回復しては戦場に戻ってくる訳だからな。


とは言え……


「ポーションの生産量はごく限られています。とても出はないですが、必要十分な供給は出来ませんよ」


全体で十万とか余裕で越える兵士達の分を賄えるだけの生産力なんて、ある訳もない。


「全体に行き渡らせる必要などない。王家の軍――いや、私の第二王宮軍団に賄えるだけさえあれば十分だ」


「……」


ああ、そういう事か……


戦争が起こってポーションが必需品になるなら、勅命によって強制的に引っ張れば済む話だ――あとあと免税などで、一応ある程度補填はして貰えるが。

だが今回はその名分を掲げず、明らかに私的理由でガイオスはここへとやって来ていた。


その理由は簡単である。

自身の影響下でスパムポーションを独占するためだ。


戦争する際の軍の人員は、王家の軍と、貴族達が抱える兵士達で構成される。

戦争という名分での徴収でスパムポーションを巻き上げたなら、それらは全体に配布される事になってしまう。


国のための有用な徴収物を王家で独占なんてしようものなら、貴族から不満が出る事は目に見えているからな。


だからガイオスは、こうやって私的に接触して来たという訳だ。

自身の指揮する第二王宮軍団を先んじて強化し、戦争でより多くの手柄を上げる為に。


取らぬ狸の皮算用もいい所である。


「……」


「エドワード様。ガイオス様は貴方様の事を大変心配されておりました」


俺が渋い顔をしていると、エーデルが嘘臭い事を言い出した。


まあ臭いと言うか、絶対100%嘘って断言できるレベルだけど……


もうここまで行くとファンタジーである。


「うむ」


エーデルの言葉に、ガイオスがもっともらしく頷く。


「ガイオス様はこれまで、なんとかエドワード様が王家に戻れないものかと働きかけて来たのですが……何の成果もない状態ではそれは大変厳しく、受け入れられませんでした」


エーデルがバレバレの嘘話を、堂々と続ける。

良い面の皮してやがるよ。

この女は。


「ですがエドワード様からポーションを提供して頂けさえすれば、きっとガイオス様率いる第二王宮軍団は大きな戦果を上げる事でしょう。そうれは勿論、同時にエドワード様の功績となる物です。そうなれば、王家への復帰も……」


物事には必ず対価が必要となる。

この交渉で彼らが提示する対価は、どうやら王家の復帰の様だ。


「まあその功績だけで万一駄目な様なら、私が王になった暁にお前を戻してやる」


戦争で手柄を上げて王位に就く。

それがガイオスの逆転の策の様である。


まあ本当に戦争で大活躍で来たなら、逆転は十分あり得るな。


ただ。

そう、ただ。

ガイオスの作戦には一つ、大きな問題があった。


――それは俺が、王家に戻りたいと微塵も考えていない点だ。


王家復帰は100万ポイント貰えるクエストがあるけど……今は結構自由に楽しくやれてるからなぁ。


100万ポイントは魅力的だ。

が、今の生活を捨ててまで欲しいとは思わない。

どうせ戻ったとしても、周囲の目やがんじがらめのルールに窮屈な思いをさせられるだけである。


「お話は分かりました。ガイオス王子様のお心遣いにも感謝いたします。しかし事が事だけに、少々考える時間を頂きたいのですが……」


「何を考える必要がある!王家に戻れるのだぞ!」


戻りたくねーんだよ!

と素直に言えればどれほど楽か。

勿論そんな事をいったら、王家を侮辱する事になるから言わないけど。


「領地の事もありますので、今すぐお答えする事は難しいかと。どうかお察しください」


因みに考えるとは言ったが、答えはもう決まっている。

勿論ノーだ。

勿論徴収令がだされれば応じるが、ゴミの様な見返りの為に現在の稼ぎを捨てるつもりはない。


「これはチャンスなのだぞ!それをつかみ取らずにどうする!お前はそれでも男か!!」


そんな考えがきっちり相手に伝わってか――脳筋だが、その辺りの機微は読める様だ――ガイオスが怖い顔で怒鳴りつけて来る。


が、睨んで怒鳴っても無駄。

覚醒前ならきっとビビり散らかしていただろうが、今の俺に恫喝など通用しない。


「ガイオス様。どうか落ち着いきください」


「く……」


エーデルに諭され、ガイオスが苦虫を噛み潰した様な顔で口を閉じた。

もちろん、その視線は真っすぐ俺を睨んだままである。


「エドワード様。これはまたとないチャンスで御座います。逃せば、貴方様の王家復帰は相当難しくなるかと……」


いやだから戻りたくないんだよ。

察しろよ。


その後エーデルが説得を続けてきたが、考えておくの一点張りで突破してやった。


考えておきます最強!

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