第58話 風呂

「大衆浴場は好評みたいだな」


「ええ。一日の疲れが吹き飛ぶと、みな毎日の様にやってきております。かくいう私もですが」


村の中央に無駄に広いスペースがあったので、俺はそこに大浴場を建てた。

ペカリーヌ王女から貰った物の中に、大型の給湯器の様なマジックアイテムがあったからだ。


この世界にも、熱い風呂に入る文化はあった。

ただしそれは基本的に、大都市などに暮らす比較的余裕のある者達以上のみだ。

当然、貧しさの最先端を走ってたこの村にそんな習慣はない。


だから最初村人達も、領主が村によく分からない施設を作った的な反応だったが、物珍しさから始まり、たった数日で風呂は大好評の施設となっていた。


「それにここは涼しいですからなぁ」


風呂には、大きな休憩所を併設しておいた。

そこは冷暖房完備の空間だ。

もちろんその機能も、ペカリーヌ王女から貰ったマジックアイテムを使用しての物である。


因みに、これらは本来屋敷用に持って来てくれた物な訳だが、屋敷はカッパーが冷めずに、しかも汚れない清浄効果のあるお湯を風呂場に張ってくれているので給湯器は不要だった。

また、精霊達三人の張ってくれている結界の効果で、屋敷の敷地内は快適そのものな温度になっているので、冷暖房機能のあるマジックアイテムも不要となっている。


だから、この村に施設を作ったという訳だ。


ああそれと、贈り物には結界を張るマジックアイテムも入っていたんだが、これも当然不要品となっている。

なにせ、屋敷には既に特大精霊三人による強力な結界が張ってある訳だからな。


だが腐らせるのももったいないので、とりあえず村の周囲に結界を張るのに使おうかなと、俺は考えていた。


実は既に村の周囲にはジャガリックが石質の外壁を作ってあるので、いるかどうかは結構微妙な所ではあるんだが……ま、あって損がある訳でもないからいいだろうの精神でいく。


「このような快適な暮らし、ほんの少し前までは考える事も出来ませんでした。すべては男爵様のお陰です。なんとお礼を申し上げてよい事か」


村長が深々と腰を折ってお礼してくる。


「そんなたいした事はしてないから、気にしなくていいさ」


普通に食事出来て、風呂に入って冷房で涼む。

そんな普通を、俺は提供しただけ。

そう、俺はそんなたいそうな事をしている訳ではないのだ。


本来一市民として生まれて来たなら得られていたであろう彼らの権利。

その奪われていたものを提供しているだけに過ぎない。


「何をおっしゃりますか。わしらにとって、男爵様がこの地の領主になっていただけた事は本当に幸いでした。ワシや村の人間にできる事があれば何でも言ってくだされ。受けたご恩を少しでも返すべく、みな喜んで働きましょうぞ」


「気持ちだけ貰っておくよ」


別に何かしたい事があるわけでもなし。

彼らには平穏無事に生きて貰えればそれで充分である。


強いて言うなら、信頼度のためにタゴルには俺にもっと感謝して欲しいって事ぐらいだが……


「なんです?」


ちらりと視線をやると、タゴルがしかめっ面で聞いてくる。


「いや、なんでもない」


浴場とか外壁を作った事で信頼度は30%ぐらいまで上がってるんだけど、こいつ直ぐ下げてきやがるからな。

100%になるのはいつになる事やら。


「そういや、カンカンを鍛えてやってるんだって?」


タゴルは俺の護衛ではあるが、業務時間は基本九時五時となっていた。

超ホワイト。

屋敷には結界があって、護衛は基本いらないからこその勤務時間である。


で、仕事が終わってタゴルは即村に帰ってる訳だが、どうも最近カンカンを痛めつけ――鍛えてやっているという話を耳にする。


「ええ。本人が強くなりたいと言っているので。言っておきますけど、気にいらないから痛めつけてるわけじゃないですよ。そもそも本人の希望で相手しているだけですから」


俺の考えを読んでか、タゴルが私的な理由で痛めつけたりはしていないと帰してくる。

まあ強制してないってのは本当だろうけど、私的な理由で痛めつけてないって話は正直胡散臭くはある。

彼がアリンに惚れてるってのは、傍から見たら一目瞭然だからな。


「ほどほどにしといてくれよ。オルブス商会から預かってる相手だからな。心に変な傷抱えてもあれだし」


毎日の様にごついタゴルに虐められるとか、変なトラウマ抱えてしまっても困るからな。

カンカンが残念な感じになってしまったら、多額の融資をしてくれているオルブス夫妻に合わせる顔がなくなってしまう。


「お言葉ですけど……男ってのは傷を乗り越えて強くなる物です。それが問題だってんなら、あいつ自身に訓練を辞める様にいうべきでしょう」


タゴルに、気遣いゼロの正論で返された。

まあ確かに、余計なダメージを負わせたくないなら、訓練自体辞めさせるのが一番である。

だがそれを、すると彼のやる気をそぐ事になってしまいかねない。


折角やる気があるのに、水を差すのは好ましくないんだよなぁ……


『我が神よ。ご安心を。本当に問題が出そうなら、このナタンめがタゴルを止めますので』


「ありがとう。頼むよナタン」


少々心配ではあるが、まあここは信頼度100%のナタンを信じるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る