第56話 未来
ペカリーヌ・ラ・バロネッサは、バロネッサ王国の第一王女として生を受ける。
彼女は優れた容貌に、高い教養と魔力。
更に、バロネッサ王家の血筋にのみ稀に表れ、星見という特殊なスキルを持って生まれてきていた。
まさに特別と呼ぶにふさわしい人物である。
――だが、ペカリーヌ王女は自分の境遇に不満を抱いていた。
バロネッサ王国は女性が王位を継ぐ事はない。
そのため、どれ程優れていようともペカリーヌ王女が跡を継ぐ事は出来ない。
彼女はそれが不満だった。
そんな折、神聖エルロンド教での洗礼儀式によって――バロネッサ王国はエルロンド教を国教に据えている――彼女には神聖魔力が宿っている事が判明する。
神聖エルロンド教は、世界の祖と言われている精霊神エルロンドを信仰するこの世界最大の宗教だ。
そして神聖力とは、極々一部の人間が持つ特殊な魔力を指している。
「私が聖女候補に!?」
エルロンド教の聖女は現在高齢であり、次の世代の事を考えている時期だった。
そのため、特別な資質である神聖力を持っている事が前提条件である次期聖女候補に、ペカリーヌ王女の名が加わる事となったのだ。
その事にペカリーヌ王女は歓喜する。
世界最大の宗教であり、多くの国で国教に据えられているエルロンド教の聖女ともなれば、その立場は一国の王すら超えうる。
国の頂点に立てず、内心腐っていた彼女にとってはまさに天からの恵みと言える行幸だった。
だが――
蓋を開けてみれば、それは彼女が望んだ形には程遠かった。
聖女候補は他にも数多くおり、彼女はその中で所詮その中の一人でしかなかったのだ。
次期聖女候補三番手。
それがエルロンド教が彼女に下した評価だ。
聖女の資質は神聖力と人格や功績で決まる。
人格や功績面においてペカリーヌは、王女として幼い頃から猫をかぶり善人を演じてきたためその評価は満点に近かった。
ではなぜ順位が低いのか?
その理由は簡単だ。
低かったのである。
彼女の身に宿る、神聖力が。
それゆえの三番手。
そしてそれは聖女崩御後、上位二人が何らかの理由でその立場を放棄しない限り、ペカリーヌが聖女の席に着く事が出来ない事を指していた。
当然だが、余程のことが無い限り選ばれた者達がその席を放棄する訳もない。
だがそれでも、一縷の望みにかけて彼女は努力を続けた。
――そんなある日、ペカリーヌ王女の星見が発動する。
「これは……」
それは彼女にとって輝く未来。
自らが聖女へと至る未来だった。
「あのおデブさんが……私を聖女に……」
ペカリーヌ王女は、エドワード・スパム・ポロロンが嫌いだった。
人格者を演じるため優しく接してはいたが、それまでは彼の事を虫けら同然に感じていた。
エドワードの太り切った容姿が嫌だった?
もしくはスキルなしの無能だったから?
残念ながら、そのどちらも彼女が相手に明確な嫌悪感を抱く理由足りえない。
彼女がエドワードを毛嫌いしていたのは、彼が境遇に不満を漏らすばかりで真面に努力をしていなかったからだ。
――境遇が気に入らないのなら努力すればいい。
――たとえそれが届かなくとも。
自己愛が強めとは言え、ペカリーヌ王女は真面目で努力家だった。
だから可能性が低かろうと、確固たる意志で聖女になるための努力を彼女は続けてきた。
そんな王女から見て、何の努力もせず、その癖欲しい物を手に入れようと駄々をこねるだけの王子の浅ましさに、嫌悪感を抱くのも無理はないないだろう。
「ふふふ。今日からは少し好きになれそうね」
ペカリーヌ王女の見た星見。
それは彼女に恩義を感じたエドワード王子の力によって、神聖力が引き上げられ、見事に聖女へと至る物だった。
彼女からすれば、王子は未来の大恩人という事になる。
不快な人物であっても、いずれ恩人となる相手ならばその評価も変わろうというものである。
それからペカリーヌ王女は、以前にもましてエドワードにやさしく接する様になる。
そんな彼女に強く依存し出した王子は、ついにその気持ちを抑えきれず、彼女に当たって砕けろを実行してしまう。
――実はその際、ペカリーヌ王女は怪我する事なく対処する事も出来た。
だが彼女は敢えて体当たりを受け、大怪我を負う。
なぜか?
それは見えていたからだ。
星見によって、その未来が。
星見によって見える未来は、とても不安定だ。
得た情報から、行動を少し変えただけでも未来は変わってしまいかねない。
だから王女は自身が見た未来を誰にも話しておらず、そしてエドワードの体当たりも甘んじてその身で受けた。
情報の伝達や、行動の変化によって未来が変わる事を恐れて。
そして王家を追放され、男爵に落ちぶれてしまったエドワードへと過剰なまでの贈り物を送る。
これもまた星見で見た物だ。
このまま順調に、余計な事さえしなければ、彼女は自らのスキルが見せた通りの未来を手に入れた事だろう。
だが――しょせん星見の見せる未来は、通常の生命体の織り成す未来の一部を映すすだけである。
そこに人ならざる神の干渉が反映されるはずもなく。
そして今、ペカリーヌ王女の目の前に邪悪な神による干渉の魔の手が伸びつつあった。
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