第52話 手紙

――スパム邸、客室。


「こちらになります」


どういう訳だか、何故か王宮から使者がやってきた。

俺は使者から、王家からの伝達事項がしたためられた手紙を受け取る。


「ふむ……」


俺は受け取った手紙の封蝋部分に部分に、男爵家の証である指輪を押し付け封印を解いた。


魔法のある世界であるため、貴族や王族間の手紙には、魔法による封印がかけてあるのが常だ。

基本的に指名した相手にしか開く事が出来ず、無理やり開こうとすると消滅してしまう仕組みになっていた。


で、貴族の証である指輪がそのカギとなっているという訳である。


「ん……んん?」


手紙の中身を改め、俺は眉根を顰めた。

内容はまあ、簡潔にまとめると第一王子のケイレスが男爵領の視察に来るという物である。

しかも婚約者であり、隣国バロネッサの第一王女であるペカリーヌ姫を連れて来るとの事。


うん、意味が分からん。


王家はこの領地の惨状を知ったうえで、俺を追放しているのだ。

なのにまだ一か月程しか経ってないのに、ここを視察したいとか言い出す意図が全く読めない。

しかも、ペカリーヌ姫まで連れて来ると来てる。


本当に意味不明である。


因みに、ケイレスが俺の事を心配して視察を申し出たという線はまずない。

あいつは俺の事を毛嫌いしてたからな。

お前は出来損ないの王家の恥だって、何度面と向かって言われた事か。


いや待てよ。

逆転の発想だ。


心配してではなく、俺が苦しむ姿を見てにやにやするためにやって来るのなら……まあ筋は通るか。


それならペカリーヌ姫を連れて来るのも、納得できるという物。

なにせ彼女は、俺の体当たりで大怪我した被害者な訳だから。


……いやいやいや、よく考えたらそれはないわ。


ケイレスだけならその線もありえただろう。

だが俺の知る限り、ペカリーヌ姫は人の苦しむ姿を見て喜ぶ様な人物ではなかった。

彼女は本当に優しい人で、怪我をさせたあの時だって、俺の事を最後まで庇おうとしてくれていたのだから。


そんな優しい人間だからこそ、記憶を取り戻す前の俺も彼女を好きになったのだ。


ケイレスだって彼女のそんな性格はよく知っているはず。

だから『エドワードが苦しむ姿を見に行こうぜ!』的な、性格の悪そうな理由で彼女を連れて来るはずがない。

そんな事をしても、相手に嫌われるだけだから。


となると……うん、やっぱわからん。


「ふむ……」


王宮からの使者は真っすぐ笑顔で此方を見ている。

俺からの返事待ちだ。


ぶっちゃけ、視察を断る事は出来た。

そんな事しても大丈夫なのかと思うかもしれないが、実は問題ない。


国政に関わる正式な物だと確かにまずいが、今回の視察は新領地がうまく回っているかの確認とかいう、果てしなく国にとってどうでもいい物である。

流石にこんなふわっとした理由の物まで強制的に受け入れさせられる程、王家の権力は絶対ではない。


まあもちろん、断ったら王家からの心象は悪くなるだろうが……そもそも既に俺の心象は最悪なので問題なしだ。


けど――


「ケイレス殿下には、了解したとお伝えください」


俺は断らずにオッケーを出す。


「かしこまりました」


何故受け入れたのか?

理由は簡単だ。

ペカリーヌ姫が来るから。


ああ、言っておくけど、別に彼女が今でも好きだからって訳じゃないぞ。

確かに記憶が戻る前までは好きだったが、流石に、今はそんな気持ちは微塵も持ち合わせていない。

ぶっちゃけ、今の俺からみたらタイプじゃないし。


じゃあなぜ?


簡単な事だ。

ペカリーヌ姫には、改めてちゃんと謝りたかった。

俺のせいで怪我をさせてしまってる訳だからな。


怪我させた後、まともに顔も合わせられなかったし。

今回の視察を機に、彼女にはきっちり謝っておこうと思う。


まあ受け入れた所で、何か不都合が生じるとも思えんし……

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