第47話 ラグナロク

神話の時代。

この世界には多くの神々がおり。

彼らは世界を作り、そして自身達に似せた生物として人間を生み出した。


人々は神々の祝福を受け、この世の春を謳歌する。


だがそれは長くは続く事はなかった。


人は貧欲で。

愚かで。

自分勝手だった。


そんな人の営みをまざまざと見せつけられた神々は失望し、やがて世界を放棄し去ってしまう。


だが、ただ一柱。

人間を見捨てず、最後まで見守ろうとした神がいた。


その神の名はエルロンド。

精霊を司る神。

精霊神である。


エルロンドは自らの使徒である精霊達を通じ、人々の営みを支え続ける。

どれほど人が見にくく愚かであろうと。

いつか正しい道に進むと信じて。


だが、いつからか。

そんな精霊神エルロンドの中にも、人を軽蔑し、嫌悪する感情が芽生えだす。


そしてそれは時を追う毎に、大きく膨らんでいった。


人を愛し、信じたいと願う心。

そして人を嫌悪し、憎む心。


その自身の中の、二つの心のせめぎあいにエルロンドは苦しむ。

そして膨らみ続ける負の感情に耐え切れなくなった時、エルロンドの中から別の存在が生まれた。


人を憎み、滅ぼす存在。

邪霊神ターミナス。


精霊神から生まれた邪霊神は、自らの心のままに魔物を生み出し人間を滅ぼそうとする。


当然だが、人を愛する精霊神は、自身から生まれた存在の暴挙を許さなかった。

精霊神は自らの使徒である精霊達と共に、人類を根絶やしにしようとする邪霊神とその使徒である魔物を食い止めるべく戦う。


同源でありながら両極端な両神の熾烈な戦いは、やがて精霊神の勝利によって終結する。


ただし、その勝利は完全な物には程御遠かった。

邪霊神を封じ込めた精霊神は、その力を使い切り消滅してしまう。

その影響で残された精霊達もその数を減らし、やがて滅びてしまう事に。


そして1,000年という月日が流れ――邪霊神は精霊神の施した封印を破り復活する。


邪霊神には、人を憎む心しかなかった。

当然、復活すれば即座に人類を滅ぼそうとするだろう。

だがそうはならなかった。


封印という枷から抜け出た邪霊神が、精霊神の存在に気付いたからである。


精霊神は封印に力を使い切り滅んだ。

だがその魂や根源は滅びる事なく、別の世界の人間に転生していたのだ。


そして邪霊神が気づいた様に、精霊神も本能的に自らの半身の復活を察知し、記憶と力が蘇る事となる。


「この肉体は捨てなければならない……か。仕方ない。あれを放っておけば……」


前世を取り戻した精霊神は、世界の壁を越えるため転生した肉体を捨て異世界へと向かう。

邪霊神を止める為に。


「——っ!?」


だがそれを邪霊神は許さなかった。


二つに分かたれた神の力は完全に互角。

だが、蘇ったばかりの精霊神の力は不完全だった。

そのため、邪霊神によってその魂が完全に掌握されてしまう。


「くっ、ターミナス……」


その気になれば精霊神を容易く殺せてしまう状況。

自身と真逆の存在であり、障害である以上、邪霊神は即座に排除するだろうと思われたが――


「エルロンド。僕と遊ぼう」


邪霊神は変質していた。

人を憎む気持ちが消えたわけではない。

半身を失い、1,000年という封印は、彼に孤独と寂しさ、そして失われた半身に対する慕情にも近い感情を生み出していた。


少しでも長く、精霊神エルロンドと関わりたい。

そんな思いから、ターミナスはエルロンドに持ち掛けた。

そう、神々の遊戯ラグナロクを。


「なにを言って……」


「ふふふ。君の記憶と力を封印し、もう一度人間に転生させる」


邪霊神の持ち掛けたゲームは、精霊神を普通の人間に転生させ。

そして、記憶と力を取り戻せるかどうかというゲームだった。


邪霊神は精霊神の転生体が生きている間は、人類を滅ぼさないという大前提で――


もし取り戻したのなら、精霊神は邪霊神と闘う権利を得。

戻らなかったならば、転生体の死後、世界は邪霊神によって滅ぼされる。


そんな、まさに世界の命運をかけたゲームだ。


「受ける以外の選択はないようだな……」


その気になれば、邪霊神は自身を容易く葬れてしまう。

相手の心情の変化を感じながらも、その意図を正確に測れない精霊神にとって、それは拒否権がないに等しい提案だった。


「ふふふ、そのままだとあまりにも僕が有利過ぎるよね。だからスキルだけは使える様にしておいてあげるよ。唯一無二スキルから辿れば、力や記憶が蘇ったりするかもね。ああ、でも……スキルで封印した記憶が戻るかもしれないから、知力関係はロックさせて貰うよ」


精霊神のスキルは、生命の誕生やありとあらゆる物の進化を促す強力な物だ。

それが扱えれば、転生後、人間としては最高峰の存在となるだろう。


「……」


――だが、精霊神の表情は硬いままだった。


何故なら、神のスキルは神の力があってこそ初めて扱える物だからだ。

力を封じられ、人に転生した身では、スキルはあっても発動させる事など出来るはずもない。


つまり、ないのと同じである。


「ああ、言いたい事は分かるよ。神の力がなければ意味がないって言いたいんだろう?僕だってそのぐらいわかっているさ。だから、神の力を限定的に扱える様にするさ。ゲームみたいに、行動や成果で手に入るポイントとしてね」


精霊神を掌握した時点で、その転生体である知識を邪霊神は手に入れていた。

その知識の中から、面白そうな物を引き出し、邪霊神は精霊神とのゲームに活用する。


「異世界人風に言うなら、クエストって奴だね。まあそれは僕が考えて、逐次与えてあげるよ。さあ、ゲーム開始だ」


こうして始まる。

精霊神エルロンドと、邪霊神ターミナスとの世界の命運を賭けたゲーム。


――そして15年後。


――精霊神の転生者であるエドワード・スパム・ポロロンが、前世の人間だった頃の記憶を取り戻した事で神々のゲームは本格的に進みだす。

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