第38話 駄々っ子

「嘘だ!そんなはずがない!」


馬車の前でカンカンが叫ぶ。

急に大声で叫んだりして、いったい何があったのだろうか?


「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!父や母が俺を見捨てるだなんて事ある物か!!」


「父や母が見捨てた?」


カンカンの言葉に、俺は眉根を寄せる。


「俺はこの領地の主、エドワード・スパムだ。これはいったい何事だ?」


近付いて声をかけると、御者達が恭しく頭を下げた。


「スパム男爵様。私が知らされているのは、オルブス商会の支店をこの村に作るという話がなくなったという点だけです。詳しくはお屋敷の方に使いの方がいらっしゃいますので」


支店を出さない。

つまり、雑貨店を出さないという事か。

そうなると必然的に、カンカンの世話役はこの村に留まれない訳だが……


「うそだうそだうそだぁ!!」


カンカンが駄々っ子の様に地面に転がって手足をバタつかせる。

ショックなのは分からなくもないが、いくらなんでも精神年齢低すぎだろ。

こいつ。


「うそだうそだうそだうそだ――うっ!?」


地面に寝転がってバタバタ暴れるカンカンを、タゴルが素早く締め落とす。

正直、鬱陶しかったので助かる。


「ちょっとお兄ちゃん!いくら何でも可愛そうでしょ!」


「お、俺じゃねーよ。体が勝手に……おいナタン!勝手に人の体を動かすな!」


『神の前であまりにも見苦しかったのでな』


ずいぶん気が利いてるなと思ったら、どうやらやったのはナタンの様である。


しかし解せないな……


世話のための雑貨屋を用意しないという事は、カンカンを見捨てたに等しい――だから彼もあれだけ見苦しく暴れたのだ。

だが、オルブスは既に結構な額を俺に支払っている。

見捨てる気だったなら、処刑を止める為に金を支払う必要はなかったはず。


ふーむ……親心として、命だけは守ってやりたかったという事かな?


カンカンの処刑の撤回に、雑貨屋の出店は含まれていない。

なので、それが撤回されたからと言って、じゃあ処刑しますねと脅す事は出来ないのだ。

雑貨店はあくまでも、カンカンの補助を認める為の条件でしかないから。


けどブンブンの様子からは、そういうのは一切感じなかったんだがなぁ……


俺には彼が息子の事を本気で心配している様にしか見えなかった。

あれが演技だったというのなら、流石商売人としか言いようがない。


その場で雑貨店を断らなかったのは、それを断る事で、処刑の撤回条件に追加を入れられるかもしれないと考慮してって所か……


「屋敷に使いの者が来てるんだな?」


「はい。男爵様の屋敷でお待ちして――実は、やってきているのは奥方様でして。男爵様と折り入ってお話したい事があるとの事です」


御者の男が一旦言葉を区切り、ちらりと気絶したカンカンを見てから俺に奥様が来ていると告げる。


「奥様?」


奥方様ってのは、まあ当然ブンブンの嫁さんの事だろうと思われる。

つまりカンカンの母親だな。

まさかカンカンの嫁って事はないだろう。


……謎だな。


これからカンカンを見捨てようって時に、何故母親が態々やってきたのか?

そしてこの状況で俺に折り入ってしたい話とは一体?


「じゃあ屋敷に戻るか。悪いけど、家畜の搬入の立ち合いは村長に頼むよ」


「お任せください」


搬入は村長に任せ――まあ俺がいても何かすることもないだろうし。

俺はカンカンの母親の話を聞くため、屋敷へと戻るのであった。

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