第34話 5年

「まさか帰りは馬車が倍になるなんて思ってませんでした」


町へ向かいう際は馬車三台だったが、それだけでは乗り切らない程色々な物資を購入したので、追加で荷馬車を手に入れて俺達は村への帰途へとついていた。


「ああ、まあな。棚から牡丹餅ってやつさ」


オルブス商会との交渉は、相手が渋れば即打ち切ってカンカンを殺す姿勢を見せたことでとんとん拍子に進み、こちらの要望がほぼ100%通った形でスムーズに終わっている。


子を思う親の気持ちを利用する様で少々心苦しいが、こちらもそれほど余裕のある状況じゃないから仕方ない。

まあ全財産むしり取るとか、そんな無茶な要求もしていないしいいだろう。


「牡丹餅ってなんですか?エドワード様」


アリンが聞き返してくる。

そういやこの世界には牡丹餅はなかったな。

まあ仮にあったとしても、貧しいあの村にそれがあるとも思えないが。


「牡丹餅は食べ物さ。思いがけない幸運が訪れたって意味のことわざ

だと思ってくれ」


「そうなんですね」


「そんな事より……本気であれを村に住まわせる気ですか?」


タゴルが不機嫌そうに聞いてくる。

あれとはカンカンの事だ。


実はカンカンは開放していなかった。


交渉で此方が出した譲歩は、あくまでも減刑。

なので彼には処刑の代わりに、罰として5年間領内で労役に就いて貰う事になっている。


何故すんなり返さなかったのか?


それは簡単な事だ。

村にオルブス商会の支店――なんでも置いてある雑貨屋を開かせるためである。


カンカンをに労役を課すに当たって、付き人を付ける事を俺、というかジャガリックは許可しなかった。

まあ罰として労役な訳だから当たり前だが。


で、だ。


村に雑貨店スーパーを開くのなら、その店員に限ってカンカンに接触する事を許した。

要は付き人を付けたかったら、店を出せよって脅した訳である。


ああ、もちろん、中身のないガワだけの店だったら意味がない。

だからもし雑貨店として機能していなかった場合、カンカンの扱いに直結する事だけはハッキリと伝えてある。


なので、我が領唯一の村に近々雑貨店ができる予定だ。


国の管理から外れた事で、年二回あった村への行商もなくなっている可能性が高かったからな。

毎回買い出しに出るのも面倒だったし、ほんと助かる


え?

労役が5年だと、5年後に雑貨店も撤退してしまうのでは?


まあそうだな。

細く長く利用し続けるのなら、もっと労役を長くする必要がある。


だがそういう訳にも行かない。

あまり長く拘束してしまうと、ブンブンがカンカンを後継者にするのを諦めて別に子供を作ってしまう可能性があるからだ。


まあ子供が10年20年労役に就くってなったら、新しく後継者作ってもおかしくないからな……


一般人ならともかく、相手は領一の商会主だ。

商会の健全な存続のため、息子を切り捨ててもおかしくはない。


そうなると、1年2年で店が撤退してしまう恐れすらもあった。

だから、ギリギリ許容できそうな範囲として5年としたという訳である。


因みに、オルブス商会への要求を比較的に控えめに済ませたのもこれと同じ理由だ。


切り捨てられたら、折角の降って湧いた幸運が水の泡になる。

なので、何事もほどほどが一番。


まあこれはジャガリックの言な訳だが。


あいつが少し前まで『じゃがじゃが』言ってたんだから、ほんと、世の中って不思議だ。


「どうとでもなるさ。最悪、体力や筋力をランクアップさせてやればいいだけだからな」


甘ったれたおぼっちゃまも、ちょっとばかしの激痛に耐えるとあら不思議。

体力と筋力に優れた労働者に早変わりである。


能力が周りに知られる事になりかねない?


能力はもう隠さない方向で行く。

周りに喧伝する気はないが、他者が俺の能力を利用しようと近寄って来るなら、そいつを逆に利用してやればいい。

むしろ悪い虫が寄ってきてくれた方が、領を発展させやすくなるという物。


これまたジャガリックの言葉な訳だが。


まあ俺は王家の血筋だからな。

少なくとも、他の貴族から命を狙われる様な心配はない。


王家は俺が死ぬ事を願って――そうとしか思えない境遇――追放しているとはいえ、国内で誰かに殺されたとなれば別だ。


なにせ、王家の血筋が国内で誰かの手によって殺される訳だからな。

餓死や病死とは、全く話が変わって来る。


もし王家の血筋に害をなした者を放置すれば、王家の沽券にかかわりかねない。

なので当然報復として、どんな手を使ってでも犯人を見つけ出し王家は犯人を処刑するだろう。


ま、これは表向きの話だが……


相手が貴族ならその家を潰し、財産と領地を取り上げる大チャンスである。

王家からすればラッキーってもんよ。


この国は王政ではあるが、何でもかんでも思い通りに押し通せる分けではなかった。

勿論最大権力であることには違いないが、それでも貴族の顔色を窺わなければならない部分も少なくない。

だから王家もまた、少しでも多くの力を得ようとしているのだ。


バロネッサの第一王女と兄との婚約がいい例である。


まあとにかく、貴族はそれを理解しているので、俺に害をなす様な事はしてこないって訳だ。

もちろん、それ以外の悪人が寄って来る可能性もあるが、その対策については……村に帰ったら行う予定だ。


どうするのか?


勿論ランクアップである。


実はジャガリックに、より完璧な従僕になって俺を守りたいから、村に帰ったらランクアップさせて欲しいと頼まれていた。

そしてそれを聞いたカッパーも、ジャガリックに置いて行かれるのが嫌だからと、自分もランクアップすると言いだしたのだ。


この二人、次のステップに進めば相当大きな力が手に入る様で、そうなればちょっとやそっとの悪党程度なら簡単に返り討ちにできるとの事。

なので二人をランクアップさせて、防護を固めようと考えている。


そんな真似ができるのも、オルブス商会から結構な額の貢物を受けたお陰だ。

金銭的心配が完全に吹っ飛んだので、遠慮なくランクアップにポイントを使う事が出来るという物。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る