第32話 お財布
「貴様!僕にこんな真似をしてただで済むと思ってるのか!」
カッパーの話を聞いているうちに回復したのか、フォカパッチョが激高して叫んだ。
あ、このフォカパッチョは俺じゃなくて不細工な方ね。
俺は不細工じゃないから。
痩せたんで。
「僕はオルブス商会主の一人息子、カンカン様だぞ!」
オルブス商会。
聞いた事のない名前だ。
商会を名乗ってるからそこそこの規模なんだろうが、少なくとも王家に入ってくるレベルではない。
「オブス商会ですか?名は体を表すっていいますし、きっと親子そろって不細工なんでしょうね」
「ムキー!」
カッパーに挑発され、パンダみたいな名前の子豚が猿の様になく。
「カッパー。面倒くさいから、少し黙っててくれ」
彼女に口を挟ませると、カンカンの癇癪がいつまでも続きそうなので控えて貰わんと。
「しょうがないですね」
さて……
穏便に済ませるのが一番なのだが……ここから穏便に終われるルートが全く思い浮かばない。
心情的に貴族を笠に着てってのはあんまりやりたくないんだが、ここではそれが一番丸く収まるだろう。
市民と貴族には、明確に超えられない身分の壁があるからな。
たとえそれが、僻地に追いやられら零細男爵であろうとも。
「……」
俺はジャガリックに軽く目配せする。
お供がいるのに、貴族が自分から名乗るのは少しおかしいからな。
彼を使って、それとなく自分が何者をかを伝えて貰おうという訳だ。
「お初にお目にかかります。わたくしは、スパム男爵家にお仕えする執事のジャガリックと申します。そしてこのお方は……男爵家当主、エドワード・スパム男爵様です」
ジャガリックが目配せの意図を読み、一歩前に出て俺を紹介する。
印籠出すみたいであれだが、まあこれで相手もおとなしく引き下がるだろう。
「は!スパム男爵家だと!そんな名は聞いた事もない!デタラメを言うな!!」
おいおい、まじかコイツ……
この国で、勝手に貴族を名乗るのは重罪である。
ちょっとした冗談感覚だったとしても、年単位で牢屋にぶち込まれかねない程に。
もちろん、本格的に貴族の名で欺こうものなら即死刑物だ。
それぐらい、貴族を名乗るのは重罪となっている。
なので貴族を詐称する様な者はほとんどおらず、その大前提の元、貴族を名乗るものは貴族であると考えるのが普通なのだが……
カンカンはそれを無視し『そんな名は聞いた事もない。デタラメを言うな』と口にしてしまう。
相手が本当に貴族だった場合、侮辱以外何物でもない言葉を。
「ぼぼぼ、坊ちゃま!?もし万一相手が本当に貴族の方でしたら……」
おつきの男が、カンカンの言葉にぎょっとなり慌てる。
少なくともこの男は常識を弁えている様だ。
「ふん!そんな訳がなかろう!」
「ふぅ……困った物ですな。こちらをご覧ください」
梃子でも信じようとしないカンカンに、ジャガリックは懐から貴族の証である紋章入りの指輪を取り出して――予備の奴――見せる。
これには王家秘伝の魔法がかけられており、紋章の形を知らない一般人が見ても、それが王家に認められた貴族の証であると認識する事が出来る様になっていた。
因みに紋章は俺が描いたデザインだ。
そのデザインはシンプル、というか、王家を追い出される時に不貞腐れながら適当に描いた物なので、丸とその中に十字が入っただけの果てしなく雑な物だったりする。
まあだがそれでも問題ない。
重要なのはデザインではなく、指輪に込められた魔法だから。
「な……」
「ぼぼぼ、坊ちゃまが大変失礼を致しまして!」
指輪を見てカンカンが絶句し、おつきの男がぺこぺこと頭を下げた。
ま、これで一件落着だな。
あとは追い払って槍を売るだけである。
「スパム男爵家はごく最近、王家より受爵したばかり。ゆえに知らぬのも無理なからぬ事でしょう。ですが……知らなかったからと、それがなかった事になると思っているのなら大間違いです。タゴル殿、その無礼者を拘束してください」
短気な貴族なら、拘束して牢屋にぶち込むというのも勿論あり得る事だ。
だが前世の俺は日本人だし、ちょっと失礼な言動をされたぐらいで怒ったりはしない。
そもそも捕まえても、出先に放り込む牢屋なんてないしな。
村まで連れて帰る訳にも行かんし。
「いや、そこまでする必要は……」
俺が口を挟もうとすると、ジャガリックが自分の口の前で人差し指を立て、ウィンクして自分にまかせて欲しいとアピールしてきた。
どうやら何か考えがあるようだ。
「ど、どうかお許しを!坊ちゃまは少々あれなオツムをしてまして!」
「なんだとパルン!」
「お坊ちゃま!貴族の方に無礼を働いたのですよ!」
「うちはこの領一の商会で、ボルモク子爵家と懇意にしてるんだぞ!男爵家に気を使う必要などないだろう!」
こいつ完全にバカボンボンだ。
まあ、カッパーにいきなり自分の女になれって言ってる時点で分かり切っていた事ではあるが。
「貴方がどの様な人脈を持っていようと関係ありません。ただの一市民が、栄えあるスパム男爵家を侮辱した。それに対して此方は罰を下すだけです。タゴルさん。私の言葉が聞こえませんでしたか?」
最初の時点で動かなかったタゴルに、ジャガリックが咎めるような口調で問いかけた。
まあ彼は村という狭い中で暮らしてた訳だからな。
貴族を侮辱したから相手を捕らえろなんて、急に言われても対応できないだろう。
そういうのとは完全に無縁な生活してたわけだからな。
『何をやっているタゴル!神が侮辱されたのだぞ!』
「うわっ、ちょっ……ナタン」
「何をする!離せ!!」
タゴルが素早く、カンカンを取り押さえる。
だがその表情と顔は、行動とは明らかにかみ合っていない。
ひょっとしてナタンが体を動かしてるのか?
持ち主を乗っ取るとか、もはや魔剣である。
「くそっ!離せ!こんな事をし――」
「捕虜なんだから静かにしなさい」
「——ふげぇっ!?」
喚くカンカンの腹部に、カッパーの右手が吸い込まれる。
抜き手か何かだと思う。
それを受けたカンカンは、変な声を上げてぐったりと動かなくなった。
「ぼぼぼ!ぼっちゃま!!」
おいおい、右手丸まる腹部にめり込んでたぞ。
まさか殺してねぇだろうな?
「安心してください。水の精霊は穏やかな心を持っているので、簡単に殺したりはしません」
八つ当たりに近い怒りで俺にドロップキックかまして来た奴の、どこが穏やかだというのか?
「さて……不埒物の拘束は終わりましたので、槍をお持ちしましょう。タゴルさん、その男を連れてきてください」
「あ、ああ……」
「あ、あの……お坊ちゃまは……」
「貴方が気にする事ではありません」
おつきの言葉をぴしゃりと遮り、ジャガリックはタゴルを連れて店を出ていく。
彼はこの状況をどう収める気なのだろうか?
「いいお財布が手に入りましたね」
カッパーが笑顔で俺に向かってそう言う。
そこで気づいた。
この領一の商会の息子なら、脅せば金を引き出すのもたやすい、と。
相手の失態に乗じて金を引き出す。
まあ褒められた行為ではないが、今現在うちは超が付くほどの金欠だ。
なのでジャガリックには素直に感謝しておく。
本当に頼もしい。
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