第31話 分かりやすい

「おいおいおい、何やってんだ」


俺はカッパーに駆け寄る。


「早くその水の玉をとけ」


「フォカパッチョ。まさか私が何の理由もなく、こんな真似をしているとでも?」


俺の言葉に、カッパーが心外だと言わんばかりの顔をする。

まあ確かに、何らかの理由はあるのだろう。

だがだからと言って、他人を窒息させてのたうち回らせるのはやり過ぎである。


因みに、この能力を使ったらバラックボアを倒せていたのではないか?

という様な事は残念ながらない。

魔物は特殊な生き物で、酸素ではなく世界に満ちるエネルギー――マナをその代謝に利用しているため、口周りを水で封じたぐらいではそれを阻害できないからだ。


「理由は聞いてやるから、いいから早く解放しろ。死んだらシャレにならん」


俺は貴族だが、バンバン市民を殺す権利などは当然持ち合わせていない。

なのでそれなりの――制裁に足る――理由がなければ、国から重いペナルティを受ける事になってしまう。


まあそれがなくても、大きな意味のない殺人なんて容認したりはしないが。


「しょうがないですねぇ」


カッパーが首をすくめると、パシャンという音と主に、倒れている男達の顔を包んでいた水球が割れる。


「げほっ、げほっ……」


「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った」


「ふぅ……ふぅ……ぼっちゃま、大丈夫でございますか」


「くそ……この僕を……誰だと……思ってるんだ……」


水から解放された奴らが、苦し気に喘いでいる。

坊ちゃまという言葉が混ざっているので、こいつらはどこかの金持ちのボンボンとその取り巻きだろうと察する事が出来た。


ものすっごく分かりやすい理由が透けてるな……


「で?何があったんだ?」


まあ聞かなくとも漠然と分かるが、ちゃんと尋ねておく。


「そこの不細工さんが急に声をかけてきて」


小太りの、顏にニキビのある10台半ばの青年をカッパーが指さす。

確かに、顏のつくりは少々残念賞って感じだな。


「急に自分の女になれって言ってきたんです」


今のカッパーの姿は、美少女と言って差し支えないレベルとなっている。

俺は元を知っているからとてもそんな目で見る気にはなれないけど、それを知らない人間がその姿に惑わされてもおかしくはない。


「なので、私は失せろフォカパッチョって言ってやったんですよ」


青年は小太りではあるが、以前の俺に比べれば小柄と言っていい。

それでもフォカパッチョ扱いになるのだから、彼女の豚野郎の基準は厳しめの様だ。

まあその辺りはどうでもいいが。


「そしたら『フォカパッチョってなんだ?』って聞いて来たので、親切に豚野郎って説明してあげたら顔を真っ赤にして怒り出したんです」


面と向かって豚野郎と言われたなら、そりゃ怒るだろうな。

俺の時は寛大な心でスルーしたが、それが普通である。

あと、豚野郎呼ばわりを説明するのは絶対親切って言わないぞ。


「あまりにもキーキー喚いて煩わしかったので、フォカパッチョはさっさと豚小屋に帰れって言ってやったんです。そしたら『この僕を侮辱するのは許せん!痛い目にあわせろ!』とかフォカパッチョが取り巻きに命令して、この人達が襲って来たんですよ。ですから私は水を顔の周りに纏わり付かせて呼吸を出来ない様にして、彼らが窒息するまで華麗に身を躱して制圧して――そこにフォカパッチョがやってきたって訳です」


同一名で呼ばれると、訳が分からなくなるからやめて欲しい物である。


「なるほど。じゃあカッパーに落ち度はないな」


カッパーの言葉は失礼極まりない物だったが、相手側も初っ端から相当失礼な事を言っているのでそこはイーブンだ。

その上で向こうから襲い掛かってきているのだから、彼女の行動は完全に正当防衛と言えるだろう。


まあそもそも、もっとソフトに断ってろよって気持ちはあるが、まあそれは言っても仕方がない。

彼女は精霊なので、嘘を付けない訳だからな。

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