第24話 血の刃

「おらぁ!」


俺はバラックボアを次々となぎ倒す。

流石に8匹全部相手取る事は出来なかったが、別に俺一人で戦っている訳ではない。

他の皆が、ボア共を牽制してその動きを止めてくれる。


以前ならそれすらも出来たか怪しかったが、強くなったのは俺だけじゃないからな。


特にアリンの弓矢による口や目に対するピンポイント攻撃は顕著で、的確にバラックボアの動きを止めていく。

妹を危険に晒しす領主の野郎には腹が立つが、悔しいがその判断は正しかったと言わざるえない。


「死ね!」


7匹目の胴体を、手にした鉈で引き裂く。

これで残り一匹。


「テメーで最後だ!」


皆が槍で牽制する最後のバラックボアに、俺は切り切りかかる。


「なに!?受け止めやがった!?」


今まではほぼ全て一撃だった。

だが最後に残ったそいつは、その太い牙で俺の鉈を受け止めたのだ。


「ぶるぅあああああぁぁぁぁぁっぁ!!」


ボアが吠える。

尋常でないその声量は、物理的な圧迫となって俺の体を押し戻す。


「バラックボアが!?」


「何だこりゃ!?」


「どうなってやがる!」


バラックボアの体が膨れ上がる。

俺の腰程までしかなかった体高が、その膨張によってこちらを見下ろすまでのサイズへと魔物を変貌させてしまう。


スキル……


人間だけではなく、魔物の中にも稀にスキルを持つ者が居るという。

魔王を倒す勇者の冒険譚にも出て来る有名な話だ。


「みんな離れろ!」


危険だ。

そう判断し、俺は皆にはなれる様指示を出すが――


「ブオン!」


――皆が離れるよりも早くバラックボアが動いた。


奴がその場で高速に横回転をすると、すさまじい衝撃波が発生して皆を盛大に吹き飛ばしてしまう。

俺は何とかこらえる事が出来たが。


「皆!」


見渡した感じ、死者はいなさそうだ。

だが、衝撃波はかなり強力な物だった。

おそらく皆はしばらく動けないだろう。


俺がこいつを倒さなければ……


「なんだ?」


手にした鉈を構え、バラックボアを睨みつける。

だが奴はこちらから目を離し、背後に振り返って走り出した。


「逃げた……のか?」


さっきの攻撃を耐えられたから、まずいと判断して逃げ出したのだろうか?


いや、そんなはずはない。

俺の本能が言っている。

油断をするなと。


そしてその勘は当たる。

ある程度離れた場所まで走ったところでバラックボアが振り返り、そして俺に向かって走り出した。

どうやら巨体で体当たりするための助走距離分、離れただけの様である。


「受け止めてや――なにっ!?」


バラックボアが走って突っ込んでくる。

そう判断し、それを受け止めるべく鉈を構えていた俺は奴の突飛な行動に驚いた。


「飛んだ!?」


――まだまだ距離のある場所でバラックボアが跳躍したのだ。


飛び掛かって来る?


凄まじい跳躍力ではあったが、どう見ても俺の所までは届かない距離だ。

もしその気なら、跳躍が速すぎて話にならない。


一体あの魔物は何を考えて――っ!?


「なんだ!?」


跳躍したバラックボアからは激しい電が発生する。

まるで雷を纏ったかの様な姿に変わった奴は、更にドリルの様に回転しながら、落下する事なく真っすぐこちらへと飛んで来た。


「まずい!」


迫る得体のしれない攻撃。

それが本能的に危険だと判断した俺はそれを躱そうと横に走るが、バラックボアは此方を正確に捉え真っすぐ飛んでくる。


――躱すのは不可能。


「くそ!受け止めるしかねぇ!」


そう判断した俺は、鉈を両手で握ってその突撃を受け止める。


「ぐああああああぁぁぁぁ!!」


が、当然受け止めきれない。


当然だ。

あの巨体が雷を纏って、しかも回転しながら空から突撃してきたのである。

受け止めきれる訳がない。


全身に激しい痛みを感じながら、俺は大きく吹きとばされ地面に転がる。


「くそ……」


魔物の撃退は順調だった。

あと一匹だったんだ。

それなのに、最後の最後でなんでこんな化け物みたいな奴が出て来るんだよ。


そう泣き言を叫びたくなるが、俺は痛みを堪えて立ち上がる。


理不尽を喚いた所で、相手は待ってくれない。

たとえわずかな確率でも、この場であれを倒せる可能性があるのは俺だけである以上、俺は立って戦わなければならないのだ。


妹を、アリンを守るために。


「ぶるるぅ」

バラックボアがゆっくりこちらに歩いてくる。

その口の端が歪み、俺にはまるで笑っているかの様に見えた。


いや、実際笑っているのだろう。

追い詰めた獲物を前に嗜虐心を見せるのは、魔物らしいという物だ。


……油断してくれるのなら逆に有難い。


全身傷んでしょうがないが、それでも、エドワードから受けた苦痛に比べれば遥かにましだ。

あの痛みに耐えた俺なら、この程度の痛みはへでもない。

つまりはまだ、戦えるって事だ。


相手の隙をついて、渾身の一撃を叩き込んで倒す……


それだけが勝機――


「ぎゃあおうぅぅぅぅぅ!」


「!?」


――突如、近づいてくるバラックボアの目に一本の矢が突き刺さった。


考えるまでもない。

それはアリンが放ったものだ。


「ば……ばっかやろう!アリン逃げろ!」


満身創痍の獲物と、自分の目に矢を突き立てた獲物。

魔物がどちらを優先して始末するかなど、考えるまでもない。

実際、バラックボアはアリンに向かって駆けだし、そして跳躍する。


「くそっ!」


俺だから耐えられたのだ。

アリンが受けたら、下手したら全身ばらばらだ。


死んでも生き返らせられるから大丈夫?


馬鹿野郎!

そんな問題じゃねぇ!

妹に死なんて経験させて堪るかよ!


俺は魔物を追いかけ駆けだす。


「させねぇ!」


全身に力が漲る。

おそらくスキルの効果だろう。

今の俺の速度は普段の倍以上だ。


だが。

それでも間に合いそうにない。


アリンが弓を放ち、ドリルの様に回転するバラックボアの巨体に突き刺さる。

だが奴はそれを気にも留めず、そのままアリンに突っ込んで行く。


くそ、このままじゃアリンが!


届かないと分かっていても、俺は足を止めない。

止められない。


絶対に俺は妹を守るんだ!


「!?」


瞬間、視界が暗転する。

そして――


「お兄ちゃん!」


――気づけば、俺はアリンの前にいた。


なぜそうなったのかは分からない。

いや、何故かなんてどうでもいい。

間に合ったのなら、ただ妹を守るだけだ。


バラックボアが迫る。

果たして俺に奴を受け止められるだろうか?


妹だけでも逃がす?


そもそも奴の狙いは妹である。

逃がせばそちらに突っ込んで行くのは目に見えていた。

だから俺が受け止めるしかないのだ。


「こいやぁ!」


力は確実に先程より上がっている。

だが今の俺は、さっきの攻撃で鉈を落としてしまっていた。


素手で受け止められるか?


なんて考えは捨てる。

素手だろうと何だろうと、受け止めきって見せる。

その不退転の思いで、両手を広げる形で構えて迎え撃つ。


絶対に妹は俺が守って見せる!

仮令この身がどうなろうとも!


『見事な信念と覚悟だ。それでこそ我を振るうに相応しい』


突如、頭の中に声が響いた。


『我が名はナタン!血の刃ナタン!我を握り血を捧げよ!さすれば貴公に勝利をもたらさん!』


極度の緊張時に発生した意味不明な幻聴。

そう切り捨てる事は出来ない。


なぜなら――


俺の目の前に先程取り落とした鉈が突如現れたからだ。

しかもその刀身は薄っすらと赤く輝いていた。


「お前が勝たせてくれるってなら、血ぐらいくれてやる!」


俺は迷わず目の前の鉈――いや、ナタンを握る。


『契約成立だ!我が半身よ!共に我らが神のために戦おうぞ!』


神というのが何なのかは分からないが、そんな事はどうでもいい。

重要なのは妹を守る事。

それ以外は些事だ。


『神よ!我が力をご照覧あれ!』


ナタンが叫ぶと、体から何かが抜けていく。

おそらく血を抜かれたのだろう。


『倒れるでないぞ』


「言われるまでもねぇ!」


ナタンの刀身が赤く染まり、そしてその赤き刃が太く長く伸びた。

その刀身は俺の身長より長い。

まるで血で出来た大剣だ。


『くるぞ!迎え撃て!』


「おう!」


頭上から迫るバラックボアが眼前に迫る。

俺は手にしたナタンを大上段に構え、そして全力で振り下ろした。


★☆★☆★☆★☆★


「いやー、ひやひやしたわ」


俺は体の調子が悪いままだったから戦いには参加せず、遠く離れた村の中から村人対、バラックボアの戦いを眺めていた。


遠くの戦いがよく見えるな?


ああ、それはカッパーのお陰だ。

彼女の作った水のレンズを望遠鏡代わりに見てたからな。


「私も逃げ出す準備万端でした。世の中、何がどうなるかわからないものですねぇ」


魔物がスキル持ちで、その攻撃でタゴルが吹き飛ばされた時は、正直もう駄目だと俺も思った。

だがスキルが発動して、アリンの前に立ったタゴルは見事に逆転の一撃を放ったのだ。


「最後のあれって何だったんだろうな?」


俺の位置からではよく見えなかったが、なんか急に赤くて大きな剣をタゴルは握っていた。

あれもタゴルのスキル、【シスターガーディアン】の効果だろうか?


「さあ?まあとにかく勝ったんですし、いいんじゃないですか」


「ま、それもそうだな」


ここで気にしても仕方ない。

後でタゴルにでも聞いてみるとしようか。


にしても……


うれしい誤算が一つあった。

それはタゴル、つまり俺の使徒が魔物を倒してもポイントが手に入る事だ。


俺が倒さなくてもいいなら、痛い思いをして態々強くなる必要はもうない。

タゴルに任せれば、ポイントがっぽがっぽである。


いやまあ魔物との戦いは危険がつきものだから、死の森に入って魔物狩ってこいなんて命令は出さないけど……


あくまでも最後の手段としての話である。


「そういやなんか知らんけど、クエストが進んでるな」


確認してみると――


「あん?なんで使徒が増えてるんだ?」


使徒関連のクエストが、何故か人数が増えて進んでいた。


誰だよ。

血の刃ナタンと、聖弓ユミルって……

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