第19話 主人公

「こりゃきついな……」


敏捷性を上げた後、一旦10分ほど休憩を取った。


ランクアップによる疲弊を緩和する為でもあるが、それ以外にももう一つ理由がある。

それは俺の体の動きである。


敏捷性を上げた俺は、真面に立ち上がったり歩いたりが出来なくなっていた。

体の挙動が早すぎてうまくコントロールできずに。


人は肉体を感覚で動かしている。

なので敏捷性が急に上がると、自分の想定している物と体の動きに差異が発生し、上手くコントロールできなくなってしまう。


関節一つ一つの動きにすら違和感が出て、まじでやばい。


俺の場合は大幅に上げたからとも言えるが、一段階でもきっちり慣れるにはたぶんそれなりの時間が必要な筈だ。

だが魔物の襲撃までもう2時間程しかない。

その短時間で上手く馴染めず魔物の前で転びでもしたら、死亡待ったなしである。


そうなったら笑い話にもならないからな。

筋力の才能限界で詰まる村人達はその分敏捷性を上げようと思っていたけど、止めておこう。


「敏捷性は下手に上げると不味いから、弄るのは止めておこう」


「確かに、こんなフラフラの状態じゃ真面に戦えませんねぇ」


「ああ」


休憩は終了。

再びランクアップを行う。


「Bランクが凡人の壁か……」


C+から上げようとした村人の全てが、限界に引っかかってしまう。

どうやらここが凡人の限界点の様である。

やすやすと乗り越えたタゴルは、特別だったみたいだな。


「しょうがない。上げられない人たちは体力を上げよう」


長丁場になれば体力も重要になって来る。

なので上げておいて損はないだろう。


あ、因みに俺自信はもうこれ以上ランクアップしない。

今のままじゃ、体が真面に動かせなくて戦闘に参加できそうにないからな。

上げるだけ無駄だ。


「ランクアップはここまでだな……」


筋力のスタート地点が一段階低かった村人達の中にも、Bランクの壁を越えられる物はいなかった。

まあ体力を上げて行ってもいいんだが、それよりも、その分のポイントを装備に裂いた方が効率が良い気がするので、ランクアップは少し早めに切り上げる事にする。


「皆も限界っぽいし」


連続で苦痛に耐えた事で、村人達の多くが軽い放心状態だ――かくいう俺もそう。

襲撃を出来るだけ万全の状態で迎える為にも、回復時間は多めに取る事にする。


「俺はまだいける!」


そんな中、しゃがんでいたタゴルが立ち上がって声を上げた。


彼が一番高ランクまで筋力を上げているので、もっともランクアップがキツかったはず。

にも拘らず、まだこうして気を吐けるのは大した精神力だと感心する。


ひょっとしたら、素質のある人間は、ランクアップ時の苦痛が緩和されてるって可能性もあるか……


「タゴル。魔物の襲撃までもう2時間切ってる。いくら力負が強くなっても、疲れてふらふらじゃ意味がない」


「問題ねぇ。この程度、30分もありゃ十分だ。俺はもっと強くならなきゃならねぇ!だからもっと力をくれ!」


一瞬、タゴルがアリンの方を見た。

戦闘に参加する妹を守るためにも、もっと強くなりたいって事なんだろう。


「ふむ……」


タゴルのステータスをA-に上げられるか確認してみると、限界を超えたという表示が出て来る。

そして上げる為に必要となるポイントは3,000。


上げられなくもないが、かなり消費しちまうな。

それに、限界を超えた時の苦痛がどうなるかも分からなってのもネックだ。


そう考えると……


ステータス的に、タゴルは間違いなく村のエースだ。

戦闘の中心になる人物は強ければ強い程良い。


とは言え、今のタゴルは妹の事で目がくらんで正常な判断が出来ていない可能性が高いと言える。

余裕はないのに無理をしているだけの状態で、限界を超えさせてぶっ倒れてしまっては本末転倒だ。


……止めておくのが無難だな。


「タゴル。お前の気持ちは分かるが、次のランクアップはこれまでよりずっときつくなる。だから――」


「頼む!領主様!俺はまだいける!」


断りを入れようとしたら、タゴルが跪いて地面に頭を擦り付けた。

土下座である。

この世界でも、頼み込むときに土下座は基本スタイルだ。


「信じてくれ!それに……それに、なんだか掴めそうなんだ」


「掴めそう?」


「上手くは説明出来ねぇけど。何かが体の内から湧き上がって来そうな感覚がある。それがもうちょっとで手に入りそうなんだ。それさえあればアリンを――いや、俺は村を守れるはずなんだ。だから!」


湧き上がって来るねぇ……

潜在能力とか、特殊な力の覚醒とか、漫画の主人公なんかが良くやる奴か?


「……」


タゴルの顔はイケメンだ。

そして妹を守るために強くなりたいという動機。

そこだけ切り取って見たら、確かに主人公っぽいっちゃ主人公っぽい。


けどまあ、そう言うのは漫画の世界だけである。

現実で、しかもただの力自慢の村人でしかないタゴルがそんな不思議パワーを身に着ける可能性は0に近い。

冷静に考えれば、痛みのあまり頭がちょっとおかしくなってると考えるのが無難だろう。


――でも何だろう、心のどこかでそれを期待している俺がいる。


休憩取らせる方が確実に無難だ。

だが、タゴルが一発逆転の覚醒をした方が……絶対に面白いよな?


地球じゃ無難に過ごして来た。

なのに異世界に来てまで同じ様に生きるとか、それじゃもはや何のために転生したの分かった物ではない。


そうなんだよ。

無難に無難にとか、くそつまらなさ過ぎる。


痛いので自分自身を極限まで強くしてってのは流石にごめん被るが、直ぐ近くで覚醒からの逆転劇をみるのも悪くない。


なのでタゴルの可能性に全ベットだ!


「わかった。その代わりちゃんと耐えろよ」


「ありがてぇ!」


俺は追加の3,000ポイントを支払い、タゴルの筋力をA-ランクに上げる。

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