第4話 フォカパッチョ

「ふぁ!?」


河童が井戸から水をくみ上げている。

その予想外の光景に、俺は思わず変な声を上げてしまう。

河童は一瞬此方を見るが、俺のことなど気にせず直ぐに水の汲み上げを再開した。


スルーかよ……


つか、何やってんだこいつ?

ていうか、なんだこの河童は!?


俺を無視して井戸桶を完全に引き上げた河童は、その中の水を頭から勢いよくかぶって体を震わせる。


「ふぅ……生き返りました」


「喋った!?」


その声は高い。

雌だろうか?

そういえば、胸元が少し膨らんでいる様な……


いやいやいや!

そんな事よりホントになんだこいつは!?

魔物にしか見えないが、魔物なら喋ったりしないよな?


俺は軽くパニックになりつつも、相手の正体を見極めるべく鑑定を行う。


カッパー・水の精霊。

ランクE。


「精霊!?河童って精霊なのか?」


この世界には、魔物とは別に精霊と呼ばれる存在がいた。

普通は人間の前に姿を現す様な事はないと言われているが。


「初めまして。私、カッパーといいます。フォカパッチョ」


水の精霊である河童が、俺に自己紹介してくる。


最後の「フォカパッチョ」はなんだ?

語尾?

いや、流石にそんな感じじゃないよな?


「水が無くて危うく昇天しかけましたが、この井戸の水でお陰様で助かりました。フォカパッチョ」


水がない?

ああ、そう言えば猛暑で水不足だったな。

この地方は。


「えーっと、水を求めてこの屋敷にやって来たと?」


「はい。この夏の猛暑で、どこもかしこも水不足。それで水を求めてこの辺りをふらついていましたら、急に豊富な水の気配を感じてこのお屋敷を訪ねた次第です。フォカパッチョ」


「成程」


カッパーは、急に豊富な水の気配を感じてと言った。

水不足の折に、水がいきなり大量に湧き出すなんて事は考えられない。

そう考えると恐らく――いや、間違いなくこの屋敷をランクアップさせた影響だろうと思われる。


柵や門が修復された訳だし、敷地内の枯れた井戸がCランク相当の、普通に水の汲める物に成り代わったと言う事だろう。


「出来れば、ここに住まわせて頂けると有難いのですが。フォカパッチョ」


カッパーがサラリと厚かましい事を口にする。

いきなりやって来て人の屋敷に住ませろとか……


「私、こう見てえ水の精霊ですから……ここに住まわせて下さったら、きっと凄くいい事ありますよ。フォカパッチョ」


俺の考えを読んだのか――まあ顔に出てただろうから一目瞭然か――カッパーが自分を置くメリットを、ふわっとした内容でアピールして来た。


「良い事ねぇ……具体的には?」


確かに精霊は貴重な存在だが、水が無くて死にかける様な雑魚――所詮彼女はEランク――に、御大層な真似が出来るとは思えない。


「今は何もありません。ですが精霊として成長した暁には、この辺り一帯に恵みをもたらす事も可能です。フォカパッチョ」


「恵みねぇ……」


水の精霊だから、水不足の解消とかしてくれるのだろうか?

それなら有難いが。

問題は……


「その恵みを齎すレベルの成長って、どれぐらいかかるんだ?」


「100年ほど。あっという間です。フォカパッチョ」


「……」


その頃には、俺は絶対死んでいる訳だが?

馬鹿にしているのだろうか?

まあ精霊の感覚だと、言葉通り100年くらいあっという間に感じるだけって可能性もあるが。


「100年とか長すぎて話にならねーよ。けどまあ……俺ならお前をあっという間に成長させる事が出来る」


俺には100年を一気に圧縮する術があった。

そう、ランクアップだ。

なのでランクアップさえさせれば、今すぐにでもカッパーを働かせる事も出来る。


「おお!それは本当ですか!?」


「ああ、ただちょっと問題があるけど……」


ランクアップに際して、二つ程問題があった。


一つはポイント。

さっき覗いた際、コイツのランクを上げるのにかかるポイントが2千と表示されていた。


なので、EランクのこいつをD-に上げるのにかかるポイントはたぶん6千だ。

もしC-まで上げようものなら、恐らく2万2千ポイントかかる事になる。


5万ちょっとしかないのに、こいつに半分近く突っ込むのは流石に……まあDまでなら1万で行けるので、もし上げるとしてもそこまでだな。


んで、もう一つが痛みである。

体感してよく分かっているが、肉体改造はかなりの苦痛を伴う。

精霊だからない可能性もあるが、だが逆に、俺の時の数倍痛い可能性だってありえる。


何にせよ、ランクアップさせるにはカッパーにそれ相応の痛みの覚悟をして貰う必要があると言う事だ。


黙ってやったりはしないぞ。

ブチ切れられでもしたら敵わんからな。

強くした相手に恨まれるとか、自分の首を絞めるだけだしな。


「精霊に施した事が分からないから何とも言えないが……たぶん物凄く痛い」


「え……痛いの?」


俺の言葉に、カッパーがあからさまに嫌そうな顔をする。


「たぶんな」


「ど、どの程度の痛みでしょうか?」


「うーん……多分結構いたいと思う」


「むむむむ……本当に成長出来るんですか?」


「ああ、それは間違いない」


神様のくれたスキルだしな。

ランクアップの表示もされてたし、精霊には無効って事もないだろう。


「うううぅぅぅぅ……痛いのはいや。でも、さっさと成長できるならその方が……」


カッパーが頭を押さえて唸る。

葛藤している様だ。

痛みを我慢して成長を取るかどうかを。


……まあ誰だって痛いのは嫌だよな。


「やる!やります!!」


どうやら覚悟を決めた様だ。


「私は成長します!ですから宜しくお願いします!!フォカパッチョ!!」


「そうか。ところで……さっきからずーっと気になってたんだけどさ。フォカパッチョって何?」


「え?フォカパッチョですか?これは精霊の隠語で『この豚野郎』って意味ですよ。フォカパッチョ」


「……」


いやこいつずっと俺の事『この豚やろう』って言ってたのかよ。

しかも隠しもしないし。


一体どういう神経してるんだ。

精霊ってのは。

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