第42話
戦力の過分な集中は時として疑念を抱かせるもの
「それはとんだ愁嘆場でありましたな。」
「まったくじゃ。フィムもご苦労なことに一晩中ジゼルを慰めておったそうじゃ。」
「それはそれで後から揉めそうな事案でありますな。」
ん?
ロリは首をひねった。
彼女はチハたんとハゴたんが体を動かさねば、エンジンのオイルが落ちると訴えられて、二両を引き連れて平原の入り口にいた。
ユズにはアストラッドの付き添いを頼み、一人でゆこうとしたところでギルドマスターのジェラルドに捕まった。
ジェラルドはハゴたんこと九五式軽戦車の砲塔に寄りかかるように立っていた。
「早いとは聞いていたが、馬の駆け足並みだな。」
「整地された道ではもう少し出せるそうじゃ。」
「すこし撃ってみないか?」
「どうじゃ?」
「人気もないでありますし、よろしいのではないでしょうか?」
「よし、全車停止。」
ゆったりと停止した二台は平原の何もない方向に主砲を向けた。
「ジェラルドよ。耳をふさぐがよいのじゃ。」
「えっ?」
すこし離れたところにいたハゴたんの上のジェラルドが聴きかえす間も無く、ハゴたんの主砲が火を噴いた。
ズドン!!!!!
チハたんよりも小口径ではあるが、それでも腹に響く音を鳴らして主砲弾が光を曳いて大地に着弾した。
耳が〜耳が〜
大の大人がうずくまっている横で、チハたんが主砲を撃った。
「どうじゃ? 」
「こんなのが十台もありゃあ、天下が取れるぜ。」
「あと百七十両を超えておるそうじゃがなぁ。」
「いっそ、ロリちゃん帝国でも作りますか? お手伝いしますぜ。」
「作ってどうするのじゃ。バカも大概にせい。」
ジェラルドはハゴたんから飛び降り、チハたんに乗り移った。
「殿下。いくらモンスターの多い平原に接する辺境の地とはいえ、この二台は過剰な武力であります。」
真剣な顔と声色、そして臣下としての言葉遣いにジェラルドの本気が透けてみえた。
「わかっておる、のじゃ。」
「ロートバルト女男爵に謀反の意ありと言われなき讒言(ざんげん)が広まれば、厄介です。」
「どうすればよい? 国に戻る、もしくは髪の薄い男の元に嫁にゆくのは論外じゃぞ。」
「まずは一台にしましょう。いくら冒険者といえども、殿下のパーティーには青の部族の大魔導師もいて、この魔導具とあれば言い訳が効かないほどの過剰戦力です。それが二台もあれば立派な軍です。」
「うにゅう……せっかく目覚めて、妾の危機に駆けつけてきたのじゃぞ。そのような不誠実なことはできん。」
「師団長、意見具申よろしいでしょうか?」
「おう、申せ。」
「ハゴたんは戻ることを希望しているであります。」
「な、なんでじゃあ!?」
「いやぁ、ここで寝ているのも風通しがいいんですがねぇ。なにぶん砂が多くって、砲塔を回すたびにターレットとかがジャリジャリ言いますんで、同じ寝るんなら洞窟がいいですなぁ。アッハッハ。」
ロリは開いた口が塞がらないでいた。
「殿下、どうしましたか?」
「い、いや。なんでもない。ハゴたんは戻すことにしよう。本人からの申し出じゃ。」
ジェラルドは無言でハゴたんにこうべを下げた。
「ありがとうございます。あとはチハたんの登録は済んでおりますし、殿下の後見人は不肖、わたくしとアニカでさせていただいております。」
「ギルドマスターだと何が違うのじゃ。」
「バイスローゼンでもローゼンシュバルツでも貴族が無体なことを言ってもギルドマスターが保護していれば逆らうことができます。」
「ほう、すごいのう。なぜそのような組織を国家が生き残らせておるのか、不思議じゃな。」
「ギルドは盗賊や不法奴隷商人の討伐や賞金首の追跡といった街道の往来の安全や辺境に至るまでのモンスターの討伐、軍や官憲が出るまでもないような治安維持などを請け負ってます。
これらすべて国や貴族だけで行うとすれば、国庫が傾きかねませんからね。」
「なるほどのう。国家運営の『あうとそうしんぐ』じゃな。それで安全というわけじゃな?」
「あうとお? ともかく、あとは殿下やパーティーメンバーが一人で出かけようとしたり危険なところに向かうことさえなければ、このブレイクブルク、ひとまず安心できます。」
「ホントにすまん。」
ロリが頭を下げたところで、ハゴたんが履帯を鳴らしてチハたんの前にやってきた。
「それでは師団長のますますの弥栄(いやさか)を願い、このハゴたん、一旦部隊を離脱しようと思います。」
「おい、決断早いのじゃ。」
「思いついたら吉日と申しましなぁ。それでは何かありましたら、今度は師団の休眠中の全戦力をあげて師団長をお助けいたします。」
ハゴたんは主砲の砲身を上下に動かし、洞窟のある方角へと去った。
「何か言ってそうな首の振りでしたな。」
「ああ、もう行くそうじゃ。妾に何かあったら全戦力を動かすとゆうておったわ。」
「恐ろしいですな。」
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