第23話
フラグは異世界でも通用するん?
「昼前には着きそうだよ。」
「ああ、本当にこんなに楽な仕事でよかったんだろうか?」
馬上のシェムとジョルジュの会話に胡乱げな眼差しを向けたロリは首からぶら下げた双眼鏡を目に当ててあちこちを警戒していた。
と、進行方向から西、今の街道があるあたりでかすかな煙を発見した。
「そちらが気の抜けたことを話すから、神様が仕事を用意してくれたようじゃな。シェムよ。西の街道そばに煙じゃ。ちょっと確認をしてくるのじゃ。」
「ちぇっ! やっぱり楽に終わらせてくれないか!!」
シェムはポニーよりもひとまわりくらい大きな細身の馬の腹を軽く蹴り、走らせた。ジョルジュはロリにチハたんを停車させるように命じ、武器を用意させた。
「で…ロリちゃんはチハたんの車内に入って蓋を閉めていてください。」
過保護じゃのうと文句を垂れつつ、ロリはアニカの言う通りにした。暗い車内の中を移動し、運転席に腰掛けた彼女はそこからハッチを少し開いた。
「のう、チハたんよ。荷物は邪魔にならんか?」
「ユズ殿ぐらいでありますかねぇ。あのままですと転がり落ちてそのままひいてしまいそうです。」
「それはまずいのじゃ。おい、誰でもよいからユズを起こして場所を変えさせるのじゃ。うっかりするとチハたんが振り落としてしまうぞ。」
「あっ、はい。私がします。」
上からグロリアが返事をして、すぐにユズも顔を出した。
「ごめんね。ぐっすりと寝ちゃってました。」
「そちに渡したサンパチちゃんはもう使えるのであろうな。」
「ん〜? まあまあかな。弓はそこそこいけるから、すぐに慣れたよ。」
「そうか。ジゼルの言うことを聞いて動くのじゃぞ。」
「あっ、はい。」
ロリはアニカをどうしようかと考えているところにヘッドセットを通じてチハたんの声が聞こえた。
「師団長どの。アニカ殿も中に入っていただいた方がよろしいかと思われます。」
「うむ。妾もそう考えておったのじゃが、なにぶん相手がまだわからんのじゃ。場合によってはアニカにも参加をしてもらわねばならぬ。とりあえず、シェムが戻るまで待とう。」
「失礼しました。」
「よい。妾も迷っておったところじゃ。」
チハたんとの打ち合わせが終わった頃に、シェムの大きな声が聞こえた。
「ジョルジュ!!」
「どうだった!?」
「小鬼(ゴブリン)だ!! 10匹は超えている!! 馬車が2台横倒しになっていた。まだ護衛が頑張っているが、時間の問題だろう!!」
シェムは報告をし終えると腰の皮袋のぬるい水を飲み干した。ジョルジュは彼の報告を聞き、馬上で腕組みをした。
「どうしますか? サブギルドマスター。」
砲塔に手をかけてやり取りを聞いていたアニカは水を向けられて、唇を一度舐めて、目を閉じた。
「あなたは、冒険者の緊急条項の適応を求めているのですかね。」
冒険者の緊急条項とは、街道の安全保障のために国と国際的な独立機関である冒険者ギルドが結んだ契約で、戦力を有する冒険者たちは街道上の安全を脅かす出来事に対して、できうる限りの安全維持のための行動を起こすというものである。
報酬はギルドを通じてその国から支払われるが、額は雀の涙ほどである。
しかし、この緊急クエストをこなすことでパーティーのランクアップの査定となるため、冒険者たちはよほどでない限り、襲撃されているキャラバンや旅行者の援助を行うのだった。
「ジョルジュ、わかりますけど、こちらは女性ばっかりなんですよ。さすがに小鬼(ゴブリン)が10匹以上いるとなると…………」
「あら、グロリア、でも別に全部殺す必要はないでしょ? とりあえず、やられている人たちを逃がすか、豚どもを撃退すればいいわ。そう考えると比較的楽なんじゃないかしら。こっちは火力特化のパーティーだもん。」
「俺は、グロリアに賛成するかな。女の子ばっかりってこともあるけど、今回の任務はロリちゃんたちを警護することだよ。ジゼルとグロリアに射程距離ギリギリのところで一発くらい魔法を撃ってもらって、散らすだけで十分だよ。追われたら、あいつらしつこいし。」
「2対2になりましたね。」
「夏至の暁」の議論を眺めていたユズがアニカに話しかけた。
「そう、ですね。時間がもったいないとは言え、どちらのいうことにも理があります。」
「多分、ロリちゃんのことに気がついている組とそうでない組の考えの差だと思いますよ。」
「えっ?」
「グロリアとシェムはロリちゃんがどこかの王族に関わる子だと思っています。具体的にどこのどういう子かまではわからないようですけど。だから、安全策をとりたいんだと思いますよ。」
「そうですか。なるほど、それならばわかります。こうなると、私たちの意見が行動の方針を決めることになりそうですね。」
「アニカさんはやはり安全策を?」
「そうですね。ギリギリのところで小鬼(ゴブリン)を散らすのが現実的だと思います。全く無視するとあの護衛たちが生き残って報告された場合、ペナルティをつけられかねません。ですから、かえって悪手だと思います。」
「じゃあ、そういうことでゆきましょうか。私はロリちゃんに説明しにゆきます。」
頷いたアニカを確認したユズはゆっくりとチハたんの前に伝って歩き、ハッチを開いたロリに説明をはじめた。アニカは話し合っている四人に向かった。
「ジョルジュさん。」
「おっ!?」
「チハたんとともにギリギリまで近づきます。そこからチハたんの主砲と魔法を使える人たちで援護射撃を行いましょう。それで義理を果たしたということで撤退します。
ジョルジュさんは小鬼(ゴブリン)が近寄らないようにチハたんの護衛を、シェムさんは荷物をチハたんに預けて、小鬼(ゴブリン)たちの後続がないか、探索をお願いします。」
「了解した。」
「では、行動開始!!」
オウッ!!
鬨の声をあげた四人はそれぞれの配置についた。
「あれ、妾がしたかったのに。」
「今回は守られるお姫様の役割なんだから、我慢して。」
「ぐぬぬ。」
チハたんから離れたジョルジュは右側に馬を移動させた。シェムはアニカの指示通りに荷物をタンクデサントしているグロリアに渡して、馬に駆け足を命じて、斥候にたった。
チハたんは移動中は後ろに向けている主砲を正面に向けた。アニカは指示のためにロリのいつもいるキューポラの中から身を乗り出し、砲塔の横の車体の上にグロリアが座った。
ジゼルはユズを呼んで後ろに回り、サンパチちゃんを抱いて、停車とともに狙撃のためにいつでも飛び出せるように準備した。
ロリは運転席からアニカの足元に移動した。辺りを見回して警戒して足元がおろそかになっている彼女の太ももを叩いた。
「ヒャン!! な、なんですか!? 殿下、悪ふざけはやめてください。」
「悪ふざけではないのじゃ。アニーよ。これを貸してやるのじゃ。絶対に壊すなよ。あと、ぜったい、ぜったい、ぜったいに返すのじゃぞ。」
「はっ? はあ。」
ロリから双眼鏡を受け取ったアニカは言われた通りに小さくなった窓を目に当てて、遠くを見て、息を飲んだ。
「これはっ!! なんと言う魔導具なんですか?」
「こやつは魔導具ではないぞ。ただの道具じゃ。しかし、サンパチちゃんなども及びもつかぬほどの能力を秘めておるのじゃぞ。」
「はい。驚きました。煙が出ているところが手に取るように見えます。既に半分以上の人がやられていますね。」
「うむ。あと、あまりこればかり覗いておると、大局を見失いかねんのじゃ。気をつけろ。」
顔を引き締めたアニカは深く頷いた。ロリはまた運転席に戻り、ハッチを閉じて外部展望装置で外を観察した。
「師団長。そろそろ、主砲の射程に入ります。」
チハたんはロリに報告をして、停止した。
「おう、早いのじゃ。アニーよ。チハたんの主砲はすでに撃てる距離にあるぞ。」
「早すぎますよ。こんな距離で…… どんなに強力な弓矢でもここまで飛ばすことなどできませんよ。」
「チハたんはそんなの関係ないのじゃ。」
「確かに弓矢と比較されては困りますが、三八式歩兵銃の射程距離からは外れていますね。確実に撃てる距離まで近寄ることを提案するであります。」
「うむ。アニー、サンパチちゃんの撃てる距離まで近づくぞ。あと、チハたんは妾に任せるのじゃぞ。お主は全体の指揮に集中せい。」
「は、はい。了解しました。」
チハたんがさらに進むと馬車の襲撃の様子がより見えるようになってきた。アニーが双眼鏡を覗くと、生き残った冒険者の男たちは集団で小鬼(ゴブリン)に立ち向かっていたが、緑がかった灰色の皮膚は剣を通さず、振り回している棍棒や錆びた槍は冒険者たちを削っていた。
馬車はすでに横倒しになり、引いていた馬はもう事切れていた。
そして馬車の荷台からは粗末な衣装をまとった若い男女、中には子供もいたが、彼らが地面に倒れているのが見えた。
「アニー。チハたんはここで陣取るぞ。」
「わかりました。ジゼルさん、ユズちゃん、チハたんが停車したら即移動を開始してください。」
「わかったわ。」
「はい。」
「…それっ!」
アニカの合図とともに、ジゼルとアニカは身軽にチハたんを飛び降り、サンパチちゃんを構えつつ平原のどこにでもはえていて、草食動物の隠れ蓑になっている葦の原に消えていった。
「チハたんや。まずは小鬼(ゴブリン)どもの動きを止めるのじゃ。」
「了解であります。榴弾を撃ちます。」
「任せたのじゃ。」
砲塔が回転を始め、砲身の向きの調整が入った。
「アニカさん!! 耳を塞いで!!」
「テーーーーッ!!!」
グロリアの叫びに反射的に両耳を手で塞いだ瞬間、体を震わせる轟音と砲口から火が散った。
あっと思うまもなく、砲弾は馬車の手前に着弾した。
そばにいた小鬼(ゴブリン)は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
驚いた冒険者や小鬼(ゴブリン)はその場に立ち尽くしていたが、小鬼(ゴブリン)の一匹が先に立ち直り、怒りを表して、チハたんへと向かってきた。
「機銃、発砲!!」
ロリの命令に車体前面の機銃から魔力弾がばらまかれた。何が何やらわからないうちに小鬼(ゴブリン)は数を減らした。
パニックから立ち直る余裕すら与えられず、ジゼルとユズの狙撃隊がモンスターへの狙撃を決めた。
射撃の音に小鬼(ゴブリン)たちが体の割に大きな頭を巡らせて、狙撃者の位置を割り出そうとするも、弓の名手であるエルフのジゼルは一発ごとに場所を移動し、姿をくらませていた。
人間の生き残りたちは既に戦場から離れ、ロリたちの様子を伺っていた。
そこへ大きな小鬼(ゴブリン)が大きな石で作られた盾を片手にチハたんへ突っ込んできた。
ジゼルたちの攻撃でさすがに盾は削れるが、岩のように分厚い盾を貫通するまでは至らない。
「円爆(フォイエル・ヴィントホーゼ)!!」
グロリアが魔力を練り上げて打ち込んだ火の魔法は小鬼(ゴブリン)を炎で包みながら竜巻のようにオークを舞い上げて地面へと叩きつけた。
「やったか!?」
ジョルジュの声にチハたんの車内にいたロリは渋面を作った。
「ええ加減にせぇ。どうして『ふらぐ』ばかり立てたがるのじゃ。」
石の盾は叩き割られたが、小鬼(ゴブリン)は全身火傷だらけでブスブスと煙を上げながらも立ち上がり、さらに突っ込んできた。
「まったく、チハたん。引きつけて、徹甲弾を撃て!」
「了解であります。」
正面の機銃が腹にあたり、血を撒き散らしているが、それでも構わずに突進してくる小鬼(ゴブリン)の狂気に満ちた表情が目の当たりにできるような距離で、チハたんは主砲を撃った。
テーーーーーーーッ!!!
ドゥオゴーーーーーーーン!!!!!
割と姿勢の良いフォームで走ってきた小鬼(ゴブリン)の頭が弾け飛んでいた。
噴水のように汚れた血が吹き上がり、後ろ向きにゆっくりと倒れた大型の小鬼(ゴブリン)は活動を止めた。
「勝った。」
「フヒッ。」
「ここまでするつもりはなかったのですがねぇ。」
全員がため息をついたところで、逃げていた冒険者の一団が戻ってきた。
「た、助かったぜ。」
「いえ。こちらは冒険者の緊急条項に従ったまでです。」
「あんたがたは冒険者、なのか?」
「ええ、こちらは『夏至の暁』パーティーです。私はロートバルト市冒 険者ギルドのサブギルドマスターのアニカです。ギルド依頼からの帰路の途中でした。
ところで何があったのか、事情を説明していただけませんか? 一応、そこまでが業務なので。」
「お、おう………」
「あと、何人かで生き残りはいないか、確認してください。」
「ああ、もう無理だろうよ。あいつらは奴隷だったんだ。奴隷商が自分が 逃げるために俺たちを餌にしてその間に自分だけ馬に乗って逃げたぜ。」
「…………もしそうなら、法律違反として取り締まりの対象になります。ジゼル、書類などもありましたら、それも集めてください。証拠にします。」
「はい。」
ジゼルとユズが血なまぐさい現場を探索していると、フィムの馬が戻ってきた。
「お疲れ様です。後続はいませんでしたか?」
「大丈夫だろう。あと、一人救出しておいたよ。」
馬上で報告したフィムが身をずらすと、後ろにはぐったりとした少女が乗せられていた。
「ユズさんが回復魔法を使えたはずです。頼んできてください。」
「あいよ。」
アニカが事情聴取を終え、ジゼルたちも探索を終えた頃には、日もすっかり登りきっていた。
そこから、見つかると面倒なためにチハたんの車内で隠れているロリを除いた全員で街道上の荷馬車をどかし、穴を掘って死者を弔った。
生き残りの冒険者たちはロートバルト市の隣町を拠点にしているパーティーで、彼らはそちらに向かうことに決めたようだった。
チハたんのことはみな胡乱げな瞳で見上げていたが、特に問うこともなかった。
重傷者はいなかったのが幸いだったが、一応、ユズから回復魔法を受け、食料を分けてもらい、歩いてゆくとのことだった。
唯一、重傷のようにみえた奴隷の生き残りの少女はアニカが預かることにして、そのままフィムの馬の後ろに乗せて運ぶことにした。
「のうアニカよ。あの少女はのちのち揉め事の種にならんのか?」
「奴隷を肉の盾にして逃げた時点で奴隷商の鑑札は外されます。女の子は犯罪奴隷でないのでしたら、相殺されて開放でしょう。
と言っても、その後の生活の保護はないのですから、良し悪しですよね。」
「難しいね。」
「のうアニーよ。奴隷、とやらの説明を頼むのじゃ。」
「ああ、そういえばロートバルトではあまり見かけませんですね。
犯罪奴隷や借金奴隷、戦争奴隷などいくつか種類がありますが、一番多いのは生活に困窮して、自分や家族を売りに出す借金奴隷ですね。
自分たちで奴隷商にゆき、それまでの借金などをすべて清算してもらう代わりに市民権の制限を受けて、契約年度分の労働で支払われた金額を返還します。
各国には奴隷法というものがありまして、休息日や食事、衛生などの補償を奴隷主に義務付けていますよ。
年に一回は査察が入りますから、雇う側も大変だという話を聞きます。」
「ふむ。『しゃちく』のようなものじゃのう。給金はもらえるのか?」
「もらえませんね。年期明けに祝い金というものを出す雇い主もいますが、ほとんどの奴隷はそのまま継続して雇用されて、お金を貯めるようです。中には奴隷主に気に入られて、そのまま働くことを勧められたり、側室になるそうです。
ところでシャチクとはなんですか?」
「うむ、気にすることはないぞ。」
「ロートバルトの城壁が見えてきたぞ!」
ロリは誤魔化すように大げさに伸びをしてキューポラから身を乗り出した。フィムのいうとおり、夕焼けに照らされ、レンガ色の城壁がさらに赤く照らし出されていた。
「昼前には着く予定だったんですけどねぇ。」
「うむ、ジョルジュとジゼルのせいじゃ。」
「なんで!?」
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