第3話
別れと出会いは世の常です
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「……フィィィィィ…… た、助かったのか?」
手足は自由に動いた。
目を開くと砂埃が入ってくるため、御岳は目を閉じたまま起き上がり、体に積もった埃や石をはらった。
「まったく、ここはどこなのじゃ? 黒(くろ)うて、まったく見えんのじゃ。」
「ん? 誰かいるのか?」
「そっちこそ、名を名乗るのじゃ」
「ん?」
「のじゃ?」
御岳は、自分の口から二人ぶんの声が出ていることに気がついた。
「な、なんだ!? か、体が小さくなっているぞ!?」
「これは妾の体じゃ!! そちこそ、人の中に入ってきて何をゆうておるのじゃ!!」
キンキンした甲高い幼女の怒声が頭の中で響いた。
御岳は頭の中で体がどんと跳ね飛ばされる衝撃が来た。
目に見えないが、何やら御岳の腰辺りぐらいまでの高さの子供がちょろちょろと彼を押し出そうと動き回っては押し付ける感じがする。
「っこのぉ!! じゃあ、俺の体はどこなんだよ!?」
「そんなこと、妾の知る所ではないのじゃっ!! はよぅ、出てゆくのじゃ!!」
「うっはぁ。なんだよこれ、女の子なのか?」
押されながらも手近に転がっていたハンドライトを手に取り、自分の体を確認した。
重たいものを持ったことがないような美しい真っ白な両手といかにも高級そうなロリータっぽいワンピースが目に入った。
ポンポンとその体を叩くように確かめると薄い身体だったが、とても柔らかく、体温が高く、かすかにいい匂いがした。
「まるで、ホワイト○リー……ったぁ!?」
「言わせんのじゃ!! わが口でおぞましい背徳の言を発するな!!」
膝裏に鋭いローキックが入り、四つ這いになった。
「お前、自分の体に遠慮呵責がねえぞ!!」
「うるさいのじゃ、とくと往ね!!」
御岳は立ち上がり、動き回る子供をつかもうとするが、見えないものはどうにもできない。
カンでつかもうとするがうまくゆかない。
「ちょこまかと!! ここかっ!!」
手を広げてつかもうとしたが、慣れない小柄な体のバランスがうまく取れない御岳は地面のくぼみに足を取られて転んだ。
その時、何か見えないが小さくて柔らかいものを押しつぶした感覚があった。
「しめたのじゃ!! 」
カーーーーーン!!!
御岳が乗っ取った体がなぜか被っていたサクラヘルメットに重い石に当たる音がして、ひたいと首に強い衝撃が響いた。
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「フゥ………… 元に戻れたのじゃ」
気絶から目覚めたカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツは謎の男から取り戻した体を思い通りに動かすことができるか、確認をした。
「これのおかげじゃ。にしても、なんでこのようなものをかぶっておったのじゃろうなぁ?」
カロリーネはサクラヘルメットを外し、頭を振って、長い絹のように細く滑らかな金髪を整えた。
目を閉じて自分の頭の中に意識を向けるとあの男の声は響いてこない。
しかし、男の記憶は頭の中に残っていた。
「みたけ、こーあんと申すのか、24歳、無職、未婚とな?ふむ、家族からも腫れ物扱いだったとな。まあ、そうじゃろうなぁ。ん? にほんとな? ふむふむ、チハたん? それは何者って………」
カロリーヌが振り向くと、握りしめていたハンドライトに照らし出された巨大な鉄の塊が闇から浮かび上がっていた。
「な、なんじゃー! こりゃー!! ま、魔物なのかーーーっ!! 誰かーーー!! であうのじゃーーーっ!!!」
カロリーヌの呼びかけにも誰も答えず、彼女は今、自分が一人きりであることを知った。
「……」
「な、なんじゃ? 誰か、呼んだか?」
微かな声が聞こえた。
カロリーヌはその声がする方へと歩み寄った。
声は鉄の塊の中から聞こえた。
恐る恐るカロリーヌがそれに触れてもただ冷たい鉄の感触だけが伝わってきた。
「な、何もせぬよな。したらいかんのじゃよ。」
答えるとは思っていないが、思わず問いかけた。
すると、目の前の九七式中戦車、チハたんは主砲である九七式五糎七戦車砲(97しき5せんち7せんしゃほう)を上下に動かした。
「お、お前、妾の言葉がわかるのか?」
それに答えるように戦車砲が再度上下した。そして砲塔の上にあるキューポラのハッチがひとりでに開いた。
「……」
「また声がするのじゃ。中にいるのかの?」
思い切ったカロリーヌはチハたんの車体をよじ登ることを決意した。
存外高い車体に張り付いては何度かずり落ちたが、やっと登りきり、彼女が中を覗き込んだ。
だが、そこには誰もいず、小さな椅子の上には無線機のものと思われる大きなヘッドホンが置かれていた。
少し考えたカロリーヌは足から中に降りた。
中は小柄な少女の体でも狭い車内でヘッドホンを手に取った彼女は御岳の記憶に残る知識でそれが頭にかぶって耳に当てるものだと理解した。
「師団長どの、お久しぶりであります」
「な……んと、そなたは何者じゃ?」
「だいぶ見た目がお変わりになられたようでありますな。私は第一0一特殊機甲師団司令部付きの九七式中戦車であります」
記憶と照合して、カロリーヌは驚いた。
御岳の知識では『せんしゃ』というものは自分から話しかけるものではなく、人間が作った道具、『きかい』というものだ。それが自分で話しかけるということは…
「や、やはり、そなたは魔物なのか?」
「魔物と言われても私は理解できないであります。我々は帝国陸軍参謀であります羅須野 聖男(らすの たかお)大佐の特殊な能力と大佐殿が有していたシベリア渡りの魔術の秘儀を用いて、武器である我が身が勇猛なる兵に依存せずとも自ら判断して吶喊(とっかん)できるようにしていただいたのであります」
魔術の秘儀を用いて武器が話すことができるとのチハたんの言葉を聞き、カロリーヌは記憶の海の底からあぶくのように浮かび上がってきた言葉があった。
「魔道具じゃな。しかもインテリジェント・デバイスじゃのう。それがどのくらいあるのじゃ?」
「戦争末期でありましたので、九七式中戦車が三六両、九五式軽戦車が三六両、九七式軽装甲車が三六両、一式自走砲一二両、四式十五糎自走砲一二両、試作車の生産が間に合った対空戦車ソキ車が十両、その他トラック、工兵用車両、軍用乗用車や自動二輪、輜重車などが合わせて四五両、しめて一八七両あります。」
「そ、そんなにあるのか? それはいま動くのか?」
「いえ、私以外はまだ眠りについていますが、徐々に覚醒しているであります」
「そ、そうか……」
「はい。あの、師団長どの」
「シダンチョウ? 妾の名前は違うぞ。妾はカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツ。黒き薔薇の……黒き薔薇の……」
「師団長?」
カロリーネは自らの名乗りをあげる途中で言葉に詰まってしまった。青ざめた顔にチハたんは心配げに声をかけたが、彼女はそれに気がつかない。
「妾の名前はカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツ。歳は一二歳。父の名は……母の名は……生地は……」
「どうされました?」
どのように力を込めて思い出そうとしても自分の親兄弟や生まれたところ、友人や身の回りの人物の顔や名前も思い出せない。
どうして自分がこのようなところで一人でいたのかどころか、今までこの歳になるまで何をしていたのか、何が好物で何が嫌いなのか、何も思い出せない。
それでいて、チハたんのことや御岳弘安のぼんやりとした記憶や彼の住んでいた日本という国の知識が残っている。
どうしたのじゃ。
何もわからんのじゃ。
ここはどこなのじゃ?
妾は何者だったのじゃ?
どうにも、心細くてかなわんのじゃ。
知らぬうちに身が震えてくるのじゃ。
うっ、うっ、うっ、うっ、うっ……
うわぁあああああん、あああああ〜〜〜ん。あ〜ん、あ〜ん。あ〜〜〜〜〜ん。
「思い出せないのじゃあああああああ、何も思い出せぬ。これはどうしたことなのじゃあああああ!!」
カロリーヌはこれまでの自分のことが何も思い出せないことに衝撃を受けた。
キューポラから上半身を出して号泣しながら、何度も何度も両のこぶしでチハたんの砲塔を叩いた。
どのくらい泣き喚いたわからないくらいの時間、カロリーヌは我を忘れ、自らの身に降りかかった不幸を嘆いた。
涙も枯れ果て、声も出せないほど叫んだあと、彼女はぐいっと顔をあげた。唇を噛み締めた彼女は枯れ果てた声で呪詛を漏らした。
「あの『くそにーとやろう』、ゴミムシにも劣る薄汚い『ぺど』のくせに……消え去る間際に妾の記憶を抜き去ってゆきおったのか……煉獄に叩き落としても気が晴れんのじゃああああああ……」
「引きこもりの幼女趣味者がどういたしましたか? 」
「妾のこの無垢なる至高の美を体現した体を乗っ取ろうとして失敗したら、妾の記憶を奪っていったのじゃ。」
「ハァァァ。御岳准将はご立派なお方でございましたのになぁ……」
「今頃、地獄の獄卒の前でその罪を数えさせられておるじゃろ。それにしても、楽に死なせるのではなかったのじゃ」
そうは言うものの、何の事は無い弘安の自爆であった。
カロリーヌにここまで貶められるほど人格破綻者ではなかったのだが、理解不能な状況に落とされ、理由もわからずに一つの体を二つの精神が争い、結果的には勝ったものの、自身の記憶の代わりに異世界の知識を植え付けられてしまったストレスのはけ口は亡くなった彼しかなかった。
ちなみに弘安の身体は土砂崩れにより損壊が激しく、精神はカロリーヌに追い出されてしまい、無事に彼岸へと渡った。
彼が目撃した機甲師団はカロリーヌに所有が移ってしまい、彼の世界の洞窟はただのくぼみとなってしまっていた。御岳弘安は数週間後、家族の依頼を受けた捜索隊によって発見される。
これでこの物語での彼の出番は終わりである。
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