第2話
ここからの脱出
御岳弘安は無職だった。
御岳弘安は引きこもりだった。
腑抜けた様子で無聊をかこっていた弘安に業を煮やした祖父から早めの遺産として、曽祖父から受け継いだ海なし県の人里離れた集落の土地と山をもらうことになった。
弘安の曽祖父は当時の陸軍でも、格段に高い地位にいたと祖父から聞いていた。
その曽祖父が残した遺産を父を飛ばして自分が受け継ぐことになった弘安は昂(たか)ぶった。
大学の就職課もあてにならず。
エントリーシートも受け取ってもらえず。
圧迫に次ぐ圧迫の企業面接。
祈られること数えきれず。
どれだけ見てもらえるかわからないエントリーシートを手書きしすぎ、腱鞘炎となり、友人にゲームのしすぎではと笑われること数度。
これを機会に暗い過去から脱却できる。
そして新しい自分につなげるきっかけになるはずだ。
祖父のお膳立てに彼は貯金をはたき、こみこみで五十万円の日に焼けた白い塗装の軽バンを購入し、両親と妹に祖父から譲られた土地で自活すると宣言した。
就活に失敗してからというもの、アルバイト一つするわけでもなく、一月に一度、カウンセリングに出かけるだけの引きこもりがちだった長男のやっと見せた積極的な行動に歓喜の涙を浮かべた両親と妹だった。
早朝、出立する時間も知らせない彼は自分の知らぬ間に用意してくれていた母親の心ばかりのお弁当を詰め込んだボストンバッグを片手に、朝霧立つ中を寝ている家族を起こさないようにこっそりと出発した。
高速道路を利用して、夕方には現地に到着したが、そこは立派な廃村であった。
朽ちて自然に戻りかけの木造家屋を覗くと理由はわからないが、ちょっとそこまで出かけましたよといわんばかりに、ちゃぶ台の上に食器が埃をかぶって残っていた。
よく見ると茶碗にはまだご飯らしき塊が半分ほどこびりついている。
薄気味悪さを感じつつ、彼は一晩を車の中で過ごした。
熊よけとあとはいくら初夏でも山の夜は寒いだろうとの判断でエンジンはつけ、付属のAMラジオをつけっぱなしにしていたため、受験勉強以来久々に深夜放送を聴きながらの睡眠となった。
次の日に残された地図を見ながら彼に所有が移った山に入った。
背中のリュックにはお茶と経口補水液のボトルと栄養のバランスが取れたブロック状の栄養食品が入っている。
急な山道を登り、大きな洞窟が霧の中から姿をあらわした。
その洞窟には御岳家の家長となるべき人間が代々保管するお宝があるとのことだった。
それが九七式中戦車(きゅうななしきちゅうせんしゃ)だった。
九七式中戦車(きゅうななしきちゅうせんしゃ)。
ミリタリー好きには愛称のチハたんで呼ばれるその戦車は、作られてすぐはそれなりの戦車であったが、あっという間に時代に取り残され、それでもあがき、もがき、敵わぬ敵にも雄々しく向かう愛らしいフォルムに人気がある戦車の一つである。
彼はハンドライトに浮かび上がる鉄獅子の思いの外大きなフォルムに首をひねった。
「どうするつもりだったんだ?」
御岳は洞窟の端に山積みにされた木箱を開けた。
「うわっ!! これは三八式歩兵銃か? こっちの箱は双眼鏡や水筒、毛布か。そして……こっちは軍刀に銃剣と………いぇあっ! マウザーか、曾祖父さんはいい趣味してんな。全部、実動するんか? まったく、ヤベェもんを残してくれたもんだな。警察にバレたら全部取り上げられるな。って、いうか博物館に売ったらいくらになるんだ。いや、そもそも売れるのか、これ?」
ふとハンドライトは洞窟の壁を照らした。そこには旧漢字と旧仮名遣い、そして古めかしい文語体で長々と文章が書かれていた。
文学部だった御岳がざっくりと読み取ったのは、敵軍の上陸作戦に備えて当時の本土に残されていた備蓄のうち、機甲師団一個ぶんの戦力をここに隠し、必要時には使えとのことだった。
後半部分は海軍への恨み節や同じ陸軍でも下克上をやらかし、勝手に大陸で戦端を開き、大陸や南方といった各地で好き勝手をやらかし、自分の作戦の失敗を他人に押し付けた挙句、腹切りを求めるのが常道となった某参謀たちや大陸からの引き揚げで最低な秘密協定を結んだ高級将校たちへの恨み節だったので読むのをやめた。
他に書かれているものがないかとあたりを探索すると、床に白いペンキで何やら記号が書かれていた。
よく見ようと彼はそれの中に踏み込んだ時だった。
「なんだこりゃあ!?…………ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」
突然の地震だった。
逃げるにしても洞窟の奥だったため、御岳は慌てて木箱からヘルメットを取り出して被った。
「ウワァァァァァァ……………………………………ッ!!!!!!!!!!!!!!」
大量の砂埃と小粒の石が通称サクラヘルメットと呼ばれる陸軍の鉄帽に降りかかった。
御岳は死をさとった。
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