学園祭
1
夏の暑さが色濃く残る9月の下旬。
2日間にわたるわが校の学園祭が始まった。
両日ともに天気は良好。
制服姿にエプロンをつけた女子や、ツンツンヘアにした男子、中には着ぐるみを着たり、何かのキャラのコスをしたり、はっちゃけた人たちが見て取れた。
私といえばクラスの出し物「たこ焼き屋」のため、看板をもって校内をうろうろしつつ、ときどきステージを覗いた。吹奏楽部やギター部の演奏、お笑い同好会やマジックなどあったけど、どれも目を引くものはなかった。
やはり最大の敵は――逆風くんだ。
かれこれ一週間、私たちは手の内を見せるのを恐れて一言も話していない。中立の立場にある最果先生は学園祭が近づくにつれて身体がやつれ、しまいにはゾンビみたいになっていた。先生いわく、五分五分まで持ち込んだ――らしい。
正直、その評価に驚きを隠せなかった。自惚れかもしれないけど、私たちが練習した楽曲は、誰もが耳を傾けるほど完成度が高かった。めちゃくちゃ勝つ自信があった。
二日目の軽音部発表の日。
開演時間、午後1時。場所は体育館の大舞台。プログラムは2チーム合わせて30分だ。前半のOutside(逆風くん側)と後半のJudgment(私たちだ)が二曲ずつ演奏する。
初日にクラスの仕事をした私たち軽音部は、ステージ発表のこともあって、二日目はドフリーだった――が、緊張のあまり、出し物を楽しむ余裕はなく、待機時間まで練習した。
午後12時34分。暗幕垂れる暗い体育館に来た。昼食を食べ終えたのか、半数くらいの保護者や生徒が体育館に来た。仕事を抜け出してきたクラスメートもいる!
「あれ、君は案内係?」
後ろから声をかけられた。二人組の男性だった。一人は二〇代くらいの長身で短髪。ギターより小ぶりなハードケースを持っている。もう一人は四〇代くらいのオールバック。こっちは手ぶらだ。どちらもテレビ俳優みたいに顔立ちがよく、その容姿を引き立てているかのようにスーツが似合う。
「いえ、違います……」
「そうか、すまないねぇ。席を予約しているんだが、スタッフを知らないかな?」
「えぇ……と、あ、あそこです!」
腕章をつけた男子生徒が目についたので、指をさす。
「グラーツィェ!」
オールバックの男性は優雅に四本指を上げると、スーツを翻して前へ歩いて行く。
「いやー、タクシー使ってよかったよ。駅から歩いたら間に合ってない――」
イケメン男性は付き添いの二〇代の男の人と軽快に話している。
……誰かの親だろうか。てか、さっきの挨拶は何語なんだあ?
まぁー、私の知り合いじゃないから誰でもいいか!
生憎、いまは収穫時期で忙しく、娘の晴れ舞台どころではないという。
うん、いいことだ。演奏を聴かれたら恥ずかしさで死んでしまう!
もうすぐステージに立つのだが、不思議と緊張感は薄い。きっとマラソン大会などの経験もあって、勝ちたい気持ちが強いほど、緊張感は力に変わるんだろう。
こそこそと暗幕の裏を通って舞台裾の控室にいく。
引き戸を開けると、私以外のみんな集まっていて、無言で弦を調律したり、スコアを睨めっこしたりしている。
……熱い、熱いよ、この部屋。気合入りすぎだよ。半ば殺気だっているし。
「月下、さっき結晶たちと調整した。ギターの音量は同じでいいか?」
「あ、うん……」
久しぶりに聞く逆風くんの声。冷たい。
一寸もこっちを見ていないのに、なぜか私の胸があったかくなる。まずいなぁ、変に拗らせている……。殺伐としているのに、私の心だけ桃色だ。
「けっこうお客さん集まってきたね……。逆風くんはもう慣れてる?」
「演奏会に出たことあるから、そこそこは。俺より根暗のほうが不安だ」
みちるちゃんは、威嚇する猫みたいにキッと逆風くんを睨んだ。あぁ、ガチガチだ。
「結晶くんはどう?」
「僕も何度か発表会や合唱祭で弾いたから少しは慣れてるかな。少人数での演奏は初めてだけど。月下さんは平気?」
「どうかなあ……?」演奏会の経験はほとんどない。「でも、中学の全国大会とかは普通だったよ」
大勢の観衆を相手にするのは慣れているつもりだ。
逆風くんは脱力したみたいに嘆息する。
「初めて人前で歌う舞台なのに……。どういう神経してるんだ」
「ひど!」
私の反応に結晶くんがクスクス笑う。
「仕方ないよ、逆風。月下さんは宇宙人なんだから」
「ちょ、味方に裏切られたんだけど!」
「この前、自称してたじゃない。いまさらでしょ」
私と結晶くんが愉快気に笑うと、逆風くんとみちるちゃんが同時に嘆息した。
「月。はしゃいでもいいけど。勝つのは私たちだから」
「あぁ、二人に絶望を教えてやる」
敵チームの挑発が入るところで、先生のドラムスティックが勢いよく机を叩きだした。私たちが一斉に向くと、
「逆風、明。勘違いするな。勝つのは私だ」
あんたは中立じゃねーか! 私を含めて全員の目がそう言っている。
ちょっと和やかになったせいか、ふと逆風くんと初めて話したことが脳裏によぎった。
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