3
クソみたいなオチがついたところで私は三花姉の家を出る。
逆風くんに釘を刺されたのもあるけど、無駄な時間を過ごすわけにはいかない。
いつもなら走るか歩いて帰るところを、時間短縮のためにきょうはボロボロのママチャリを借りてきている。それにしても全然疲れない。乗り物って便利。
ペダルを回すだけで風が颯爽と吹いて気持ちいい。
心地いいのは、胸の内がすっきりしたのもある。
私が逆風くんに対する気持ち。
辰巳に対するわだかまり。
大人になる意味……。
それらがうまく整理されて、いまは喜びしかない。
チェーンが回るカラカラという音と、一定に刻む呼吸のリズム。胸の奥はふわふわと暖かく、ときにキュンとつぶれる。
無意識にメロディが浮かんでくる。音に出したくなる。
やっぱりだめだ。誤魔化しきかない。
禁止されてたけど、曲を作ろう。
いまのこの感覚は、いま
あーーーまずいなぁ。
作りたいと思った矢先に、気持ちが加速する。
淡々と前に進もうとしたけど、やっぱ無理!
だって全力じゃないと落ち着かないもん! 限界を超えないと気が済まないもん!
腰を伸ばして立ちこぎする。前髪から汗がたれてくる。
呼吸が乱れる。
楽しい!!
早く、速く、疾く、戻らなきゃ!
一本道の畑道を全速力で駆け抜ける。
何かが弾けて消える。花火みたいに色鮮やかで一瞬で浮かび消える。
それはきっと名もない音の形。感情の色彩。私の想像力の源。
「あああああああああ」
思わず叫びした。
「勝つんだ!!」
誰に対してだろう!
逆風くん? 結晶くんやみちるちゃんや先生? それとも辰巳? 大多数の人が設定した常識? もしかしたら運命かもしれない!
努力して努力して努力しまくってやるんだ。
息をぜぇぜぇ吐いたとき、自分の家が遠くに見えた。
パンパンになった足に鞭を打って、息切れしている呼吸になおも酸素を入れてペダルを回す。
苦しい。辛い。
それでも前へ前へいく自分が楽しい!
息が切れたところで家の前に着いた。自転車を降りて、車輪をカラカラと回して庭へ向かおうとしたとき、玄関で立っている辰巳がいた。
「「あ……」」
おもわず声が被った。
気まずい。昨日、今日だから何を話したらいいかわからない。
ただ、辰巳は私とのわだかまりを解消させたくて来たんだろう。私だって辰巳を傷つけた自覚はしてるし、反省もしてる。理解は求めないけど、せめて和解はしておきたい。
「あの、その…………ごめん………」
辰巳は半分泣きそうな瞳で私を見ていた。許してほしい、そういっているみたいだ。
――――――――私の涙腺がもろに来る。辰巳の切なさが胸に伝わってくる。
あぁ……。やっぱり辰巳は辰巳だ。
私と辰巳は言葉を交わさなくても互いの気持ちがわかる。
相手が何で苦しんで、何をしたら救えるか。私たちは互いに支え合って生きてきたからほんの少しの表情で理解し合える。
「こっちこそ辰巳のこと傷つけた。ごめんね」
「ちがう。俺は自分のことしか考えてなかった。美尋が何で悩んでいたか考えてなかった」
「いいよ、平気。私のこと宇宙人だって三花姉がいってたし、わかんないよね」
「いや、それがわかるのが――――幼馴染、だろ」
辰巳が戸惑っている。私のことを友人以上、もしかすると異性として好きなのかもしれない。でも、その確信がなくて、一緒にいるのが当たり前すぎて、踏み出せないでいる。
――もし、私に、逆風くんという存在がいなければ、私は自らその一歩を踏み出していたかもしれない。辰巳のすべてを受け入れる覚悟あったかもしれない。
「……ごめん。私は、前に進みたいんだ」
言葉にした途端、あたりが静まり帰って、蝉の鳴く声がやけに響いた。
「昨日、あれだけ罵声を浴びせて、辰巳の気持ちを踏みにじって、また元の鞘に納めようとする図々しさをもってない。昨日の私は紛れもなく辰巳を傷つけた。君に一番酷いことをいった」
「それは俺が悪いから!」
「ううん。仮にどっちも悪くなかったとしても、私は縛られたくなかった。過去にも辰巳にも」
話しているうちに目が熱くなった。
私と辰巳の関係は、水みたいに透明できらきらして、ただただ純粋に尊かった。
一緒にご飯を食べたこと、競争したこと、進路のことで相談したこと……全部全部、かけがえのない美しい時間で、どんな宝石よりも輝いていた。
でも。もうそれを終える。
どれほど稀有で貴重で世界に一つとしてないものでも、私は自分の夢に人生を賭けたかった。
「……ごめん、ね」
いいながら泣き出してしまう。
はあ、相変わらず泣き虫。また逆風くんに心配されちゃうな。
こんなことおもったら彼に甘えちゃうのかな。私、悪い子かな……。
「もう辰巳に甘えられない。頼らない。一人で、踏ん張って、幸も不幸も全部背負い込む。だって私は、音楽が、やりたいんだから」
辰巳は優しい瞳でため息をついた。
「そっか」そっと頭に手をあてる。「美尋がそういうなら、そうなんだな」
「ごめん、私のワガママで……」
辰巳はにぃっと子どもっぽく笑う。
「美尋はいつもそうだったから関係ないよ。俺はそんな美尋に憧れてたんだ。昨日、反省してわかったんだ。俺には俺の人生があるし、美尋にもある。お互い大人になるときなんだなって」
「私は――」
「大人じゃないっていうんだろ。わかってるよ、何年幼馴染やってんだって。俺はさ、親に反抗してまで、自分の運命を切り開く覚悟がなかった。サラリーマンが嫌でここに引っ越した両親が、俺を産んで育った。でも、俺はここが嫌じゃなかったんだよ。ほかにやりたいこともなかった。ただ、隣の家に住む美尋が輝いて見えた」
辰巳は私の頭に置いた手をいったん放して軽くチョップする。
「きょうが分岐点。俺は俺の道を行って、美尋は美尋の道を選ぶ。これが、月下美尋の最初のファンになった幼馴染の、最後の後押し。わかった?」
「ありがと」
熱くなる瞼を抑えながら精一杯笑った。それが辰巳に対する最大の敬意だ。
なんて優しくていい人なんだ。ずっと辰巳といて私は幸せだった。
感情の浮き沈みはなくても、陽の光みたいに自然で暖かくて守られていた。
「じゃあ、俺は帰るわ。親の手伝いもしなきゃならないし。時間取って悪いな」
「ありがとう。本当、ありがとう」
辰巳は踵を返して、手をあげてぶらぶらした。それから不意にこちらを向いて、
「頑張れよ、美尋。愛してるぜ」
冗談っぽく告げて、もう私を振り返らずに帰っていった。
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