遠いところへ来てしまったと思うことがある
1
私の退部は学校中に知れ渡った。
前代未聞の出来事らしい。特待生で入部した生徒のほとんどは、日本代表やプロ入りを果たしている。それが『つまらない』で蹴ったのだから、さぞ衝撃だったろう。
一緒に入部した同級生や、私をライバル視する先輩たちは休み時間にこぞって引き止めたし、なんとか繋ぎ止めようと市民マラソンも誘われたけど、一年に数回のイベントに本気になれなかった。
もう決めたことだから!
ガンっとして断る私を、みんな諦めてしぶしぶ帰った。
だけど、走る以外に能がない私は、明らかに浮いていた。都会とは無縁のド田舎で育ったせいか、東京での生き方がまるでわからなかった。
周りの人は、裕福な家庭もあってかすぐに慣れてオシャレを楽しんでいた。そうでない人は夢に向かって邁進している。
どちらもない私は、情報過多のこの街で途方に暮れた。
三日を過ぎた頃から自然と孤立し、入れ違いに逆風くんが話しかけてきた。もっぱら「バンドに入れ」「次こそ勝つ」ってばかりだけど、お互いに一匹狼なせいか、昼食時など一緒になることが多くなった。
辞めて一週間が過ぎた昼休み。白百合ゆうりさんが入ってきた。
ゆうりさんは性別性格に関係なく、分け隔てなく他人と接することができる明るい人だ。少しぽっちゃりしてるけど、可愛らしい顔立ちで、すぐにみんなに好かれた。
「クラスのみんなが聞きたいことがあって……その、お邪魔だったかな?」
「ううん」「まったく」
私たちはほとんど同時に答えた。
ゆうりさんは目をぱちくりして驚いたあと、きゅんとする笑顔を見せる。
「二人が付き合っている噂があるんだけど、ほんと?」
え、ええ!?
戸惑う私をよそに逆風くんが、
「付き合っているというより、競争している」
「いや、勧誘されてるんだよ!」
白百合さんは不思議そうに首を横に傾げた。
「仲いいね、二人とも」
「そうかなあ? 普通だと思うよ」
「いやいやいや」白百合さんが手を振って否定。「普通は男女で意識するって!」
逆風くんの右目と視線が重なり、お互い同じ方向に首をかしげた。
私は男女関係がとにかく疎い。近くの異性は、同い年の幼馴染か弟しかいない。ずっとマラソンばかりで、少女漫画や恋愛ドラマに興味がなかった。
そして、逆風くんは私をバンドに引き入れること意外眼中にない。ボーカルさえいれば、男でも女でも関係なさそうだ。夢追い人はいつだって自分の目的のためなら寄り道しないものだ。
戸惑う私たちをよそに、女子のクラスメートが遠目でちらちら見ている。
結果を気にしているのかぁ?
逆風くんはあからさまに悪態をついた。
「世の中は馬鹿ばっかりだな。恋愛なんて与太話に夢中で」
「でも、愛は地球を救うんじゃない?」
「それが馬鹿なんだよ。愛で地球が救われるなら、千年前から戦争は起きない」
すごい果てしないことを説いている。やっぱこのクラスの人間はおかしい。
いや、彼だけ特別おかしいんだろうか。
「私、てっきり月下さんが夢より恋を選んだのかなって思った……」
「へ?」一瞬頭が変になった。「いや、ないない!!」
逆風くんの顔をちらっと見たけど、まるで反応がない。当然だ、あっては困るぞ。
「長距離を捨てたのは、走るが好きだったからだよ」
その回答に白百合さんが戸惑い、逆風くんの右目が大きく開けた。
「やっぱ不思議がるよね。好きなことなら続けたいのが普通だし。
でも、なんで好きなことに妥協しなきゃいけないのかな。誰かが決めた勝手なルールに、自分を捻じ曲げるほうがおかしいよ。私は、自分の好きなことを、何の束縛もなく自由にやりたい。それができないなら、全部捨てていい」
白百合さんは深く息をついた。
あれ? 私変なこといったかな?
「やっぱり、月下さんって天才なんだなぁ」
「変態の間違いだろ」
ツッコミを入れた逆風くんが憎くて、思わず頭にチョップをかました。
「それは君もでしょ!」
白百合さんは私たちのやりとりを見ながら、両手を重ねて笑った。
「そっかぁ! 二人とも天才だから息が合うんだ」
邪魔してごめんね。
そういって、白百合さんはすっきりした顔で離れた。
硬直する私だが、
「逆風くんは天才なの?」
当人は肩をすくめて呆れる。
「バカいえ。何かを成し遂げた後にそいつは天才と呼ばれるんだ。いまの俺は何もしちゃいない」
「なるほど。だから私もしっくりこないんだなー」
その発言に、逆風君はあんぐりと口を開けた。
「お前、その調子だといつか殺されるぞ」
え、なんで???
返事を無視して逆風くんは食事を再開する。
ほんと、よくわかんない子。
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