アサイチ大作戦
かわばたあらし
アサイチ大作戦
「ぜったいワンコのほうがかわいいよ!」
俺の相方はそう強めに言いやがった。
俺たちは中学生で相方は家庭の事情で新聞配達をしてからいちばん乗りでこの教室に入って寝ている。
そして俺が現れて労をねぎらう。
それで朝村衣知子、略してアサイチというわりには三番目に彼女が現れて、また朝早い無駄話となった。
「俺、にゃあにゃあ言ってるんで、しゃがむと寄ってきたんで撫でてやったよ」
「猫ちゃんかわいいよね。うちのこは帰ると玄関先でおかえりしてくれるよ」
「うらやましい。俺、猫飼いたいんだけど、家族は猫につれなくってさ。こいつみたいに」と相方に指を向ける。
「猫なんて自分勝手じゃんかよ。野良猫でも俺を見るとさっと逃げていくよ」
「おまえみたいな荒いやつからはそりゃさっと逃げるさ」
「俺はまえうちで犬飼ってて、もう死んじゃっていないんだけど、俺が帰るとしっぽふってとびついてきたなぁ。散歩もよくつれていってやったし」
「そうなんだ。いまは飼わないの?」と衣知子。
「家族はもういいっていうんだ。としとって死んじゃうのみるの悲しいだろ。それがいやだって」
「散歩つれていくのめんどくさくないか。うんちも処理しなくちゃいけないし。猫なんて一回トイレおぼえると一生忘れないっていうぜ。ねっ」
衣知子が頷く。
「おまえらにはわかんねぇんだよ。犬のよさが!」といって、ふて寝しやがった。
俺は衣知子と肩をすくめあったものである。
それはいいとして、あいかわらず相方がいちばん乗りで二番目は俺、そして三番目が衣知子のはずが彼女は来なくなった。他のやつらがぞろぞろきたあとにくるようになった。
その理由はわからない。きいてつれないことを言われたくないのだ。それにしつこいとも思われたくない。
そのように衣知子の背中をみつめもんもんとしていた。
でもよくよく考えると、あの一件というかいぬねこ会話のあと彼女がこなくなったわけで、これは粗暴な相方のせいではないかと思われてきた。
こいつさえいなかったら……。
一回こいつ休んでくれないかと顔をふせている相方をみてしみじみ思えた。
でもこいつは馬鹿は風邪をひかないというように風邪一つひかない。
しかしこいつどうやったら風邪ひくんだ?
そもそもひいているところみたことないし、ひいたことあるのか?
「おい」相方をつついた。「おまえって風邪ひいたことあんの?」
「馬鹿言うな。俺はひかないように気をつけているだけだ」
「いつ以来ひいてない?」
「中学に入ってからひいてないかもな」
知らないはずだ。こいつとのつきあいは中学になってからだ。
「おまえは思いっきり寒がりなのか、それとも風邪ひかないように気をつけているだけなのか?」
というのもこいつは体がでかいうえにけっこう着こんでいるようで邪魔なくらいに膨らんでいた。
「両方だ」
そうか、両方か。俺は思案をめぐらした。
俺は考えに考えたあげくスケートに誘うことにした。俺の町にはけっこうでかい屋外スケートリンクがあるのだ。
「おまえ、スケートできんの? おまえ、やったことないだろ。おまえの滑っている姿が想像できない」
「馬鹿言うな。俺だってある。そんなこと言うなら見せてやるよ」
で、休日にけっこうにぎわっているスケートリンクに行ったら、こいつは口のわりにすってんころりんしやがる。
やれひさしぶりだの、とか言いやがって。
負けず嫌いで見栄っ張りのこいつはこんなことだと思った。
俺は俺でそれほどうまくはなかったけど、こいつみたいにむだな力が入らないぶん、ましだった。
「おい、そんなに着ぶくれているからだめなんじゃないか。ぬげよ。そんな汚い服なんかだれも盗らないだろ」
「おまえ、ひとこと多いんだよ」と言いつつも脱いでいく。
汗もかいているようで、
「なんかひんやりして気持ちいいな」とぬかす。
でもすぐヘクションとくしゃみしやがる。
「さみーな」と逆もどりに服を着やがった。
まあこれくらいにしてやろう。
「俺が風邪ひいたらおまえのせいだからな」
と捨て台詞を聞いて別れた。
で、月曜、アサイチの教室が閉まっていて狂喜してしまった。
職員室に鍵をとりに行って、
「どうした?」
とやつにメールをうつ。
「なんか体調悪い。風邪かも。おまえのせいだ。休むことにする。あとはたのんだ」
と返信してきた。
なにがあとはたのんだだ。
期待は衣知子がくるかどうかだ。
これほど次だれがくるのかどきどきしたことはない。
二十分後、がらりと開いて入ってきたのは……、
「あれ、おまえ一人?」
とノーサンキューな太田という野郎だった。
俺は午前中の授業のあいまにトイレに行った帰り、ちょうど衣知子とすれちがうことになったので、
「あいつ風邪で休みがった。俺ひとりだったよ。なんだかさびしかったな。朝村、最近朝早くこないね。また来なよ」
「えっ、う、うん」と苦笑? すると行ってしまった。
まあいい。チャレンジはした。あとは火砲、いや果報は寝て待てだ。
翌朝はどきどきした。あのバカがすぐ来ないかと心配だったが鍵は俺が開けた。
メールうつとまた馬鹿の一つおぼえに、
「あとはたのんだ」だと。
それからというもの衣知子を待ったが、また同じのありがたくない野郎・太田がくる。
「なんでおまえなんだよ!」といってやったが「知るかよ!」と返され、口はきかなかった。
そしてもっとショックだったのが衣知子が学校を休んだこと。
これでは意味なし。風邪か?
それとももしや俺に声をかけられたことがいやで? そんなストーカーあつかいされるすじあいはないはずだが。
それともけっこう嫌われていたのか。
俺は落胆して、まさに肩をおとして帰った。
その夜、もうすっかりあきらめた。
でも朝おきると今日こそは? と期待感が膨らむ。
で、戸をひくと開いている。
覗くと相方が顔をうずめている。
とうとう来やがった。
「おうおう、もう大丈夫なのかよ。うつしに来たんじゃないだろうな」
むくりと顔をあげると、
「熱はさがった。もういいはずだ」
「確信がないのに来るなよ」
「俺が休むと販売店に迷惑がかかるんだ。新聞配達だけ行って学校休むのはおかしいだろ?」
「まあそうかな。いやそうでもないか」
「とにかく俺は配達したあとにここに来るのがルーティーンなんだ。あそこから家にそのまま帰るのはおかしな感じがするだろう」
「もういいわ。好きにしろ」
もうこいつは中学卒業するまで休まないだろう。
そして衣知子と二人っきりで話す機会も……。
戸ががらりとひらき、どうせまた野郎だろうとみると、なんと衣知子が立っていた。
にこりと「おはよう」といってくる。「あいかわらず仲いいね」
「そんなこと。こいつまだやばいかもよ」
「私も風邪だったんだ。でももう治ったし」
「そうだったんだ。それはよかった」
でもなんで同じときに風邪で休むんだよ。
もしや……。
「新聞配達どうしたの?」
「そりゃ休んだよ。休むと他の人に負担がかかって迷惑になるんだ」
「そうなんだ。でも治ってよかったじゃん」
「俺、体だけは丈夫なんだよ」
「みたいだね」
と二人でハハハと笑う。
なんか気にくわないこの感じ。
二人で同時に休むとはもしや……。
これじゃ「美女と野獣」じゃないかよ。
俺は覚悟した。
美女と野獣カップルが誕生することを。
もしや俺は邪魔なんじゃないか?
ふたりはこいつ休まないかと思っていないか?
俺はとりあえず遅めに来ることにした。
相方は「おせーな」といったっきりだった。
俺は中学に入ってサッカー部に入部したがゲームのやりすぎで部をさぼってばかりでクビというかやめさせられた。
で、授業がおわるとそうそう帰るのをモットーとしていた。
相方は夕刊があると特急でさっと消える。
俺はひとりとぼとぼと自転車置き場にむかっていると(家がけっこう遠くて自転車通学が認められている)、うしろに気配がして振り返った。
うしろに衣知子がいて仰天した。
「帰るの?」と声をかけられた。
「う、うん」
「朝、こないね。小野くんとふたりになってしまったよ」となんだかにやけているのがちょっとはらだたしい。
「また来なよ。あんたとふたりでしゃべるチャンスはなかったけど」
「だ、だよね。あいつ気のきかねぇやつだからいいかげんにしろと俺からいっとくよ」と軽口をたたく。
「でもうちに彼がきてびっくりしたな。ピンポン鳴らして同級生の小野ですって、おかあさんが勘違いしちゃったよ」
「げっ、あいつが! 君の家に!」なんてことしやがるんだ。よりによって実家に。俺でさえその場所を知らないのに。ほんと新聞配達って油断ならねぇ。それに直に話しに行くのは俺の親友だとしてもそんな権利はない。
「そう。ちょっと一分話しいいかって。ピンポンまえにでていったら、「俺、明日、風邪で休むから朝早く教室行ってやってくれっていうんだもん。あいつが待っているからって」と顔を赤らめる。
えっ、あの野郎がそんなことを?
「それでゲホゲホするから風邪移っちゃったよ」
「そ、それはすまない。あいつのいっていたのはそれだけ?」
「それであんたが私のことを……」
つばをごくりとのんだ。
彼女は顔をさらに赤らめて顔をふせる。
「ああ、そのあとはもういいよ! あいつ、しょうがねぇ野郎だな。とにかく明日朝早く行くよ。また三人で話そう。じゃ、ね、また明日!」
俺は顔のほてりを感じながら自転車をとばし、風の冷たさがなんとも心地よかったのだった。
アサイチ大作戦 かわばたあらし @kawabataarashi
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