第18話 群青

 キューの本名は問曽といって、なぜキューかといえば彼のSNSのアカウントがキューという名前だからであり、アカウント名は問曽の「問」、クエスチョン、Question、からきている。どうしてアルファベットではなくカタカナ表記なのかは分からないが、おそらくビリヤードとは関係なさそうだった。キューはビリヤードをほとんどやったことがなく腕もからきしであり、なぜそれを知っているかというといつか四人でビリヤードに行ったことがあるからで、四人とはここにいる三人、つまり自分とオスワリと言いだしっぺの粕島、そしてキューの顔ぶれだ。頭の中で息切れがした。


 視界に意識を向けると、眼球が錆びたように軋んで動いた。正面には反応を待つ粕島がいる。今までずっと目が合っていたのかもしれなかった。オスワリの視線も自分へ伸びているのを感じた。


「いつ?」

「三年前の、ちょうど今日」

「今日」

「なんで今言うんだ?」


 オスワリが問うた。怒っているのでも呆れているのでもなく、ただ純粋に問うていた。粕島が苦々しい顔をする。


「俺が言いだせなかったんだ。申し訳ない。そもそも三年前、大学からサークルに連絡があったんだ。問曽が除籍になったからサークルの名簿からも外れるって。本人と連絡がつかないし、ちょっとでも経緯を教えてほしいって頼んだら……そういうことだった。病気とか事故とか、死因は分からなかった。詳しく伝えないのは家族の意向らしい。大学側は知ってそうだったけど教えてもらえなかった。それで、学祭前の総会でみんなに伝えたんだけど、その時ちょうど日ヶ士が休んでたんだ。伝えるなら俺からちゃんとした場で……というか、誰かが話してるのを偶然聞くみたいな形で知ってほしくなかったから、みんなには日ヶ士には言うなって伝えた。みんなそれを守ってくれた。総会にいなかった奴が、今頃どうしてるかみたいに言うことはあったけど、その時は――」

「ヒモになったんじゃなかったの、ってね」


 オスワリが言い、粕島が目を閉じて開いた。


「顔を合わせて言うべきだって分かってた。でも、いつどうやって伝えるか迷ってるうちに卒論だなんだで忙しくなって、卒業してからもあっという間で……」


 壁に取りつけられた棚に骨董品じみたものが並んでいる。ランプの傘の青とも紫ともつかない色に、水族館の水槽のライトアップと、それに見入る横顔を思い出した。


「よかった」


 恒樹は首を何度か縦に振った。


「よかった。教えてもらえて」

「申し訳ない。何か聞きたいことは……って言っても、知ってることは全部伝えたつもりなんだけど」

「いや」

「そりゃまあ、すぐにはそうだよな。申し訳ない、本当に」

「いいんだよ」


 なんの感情を込めるでもなく、語気を強めるでもなく、ただそう言い渡した。粕島が軽くうつむく。


「粕島さ、言えてよかったじゃん」


 オスワリが箸袋を小さくたたんでねじっている。


「どうしても言わなきゃって散々チャット送ってきてたじゃん。でサシはきついから、おごるから隣に座っててくれって」

「言うなよ……」


 粕島が吐息とともにこぼし、お冷やに口をつけた。恒樹もほとんど空になったグラスを傾けた。

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