第16話 錆び

 日報を書いていた辺りから腹が重い。駅までの道やホームの上で気づくとみぞおちに手をやっていた。


〈お腹が痛いんですか?〉


 隣で吊り革につかまる九洞からメッセージが飛んでくる。


〈少し食べ過ぎた。自業自得。病気じゃないから大丈夫〉

〈身から出た錆ですか〉


 スタンプのシロクマが困った顔をしている。


〈それ〉


 腹を抱えて笑ううさぎを返す。シロクマが顔を覆った。


〈すぐよくなるよ〉


 ポケットにしまったそばからスマホが震える。九洞かと思って画面を見ると、送信してきたのはサークルの同期のかすじまだった。つぶやきで生存確認はできていたものの、最後にまともに連絡をとったのは一年以上前のことだ。アイコンも変わっているような気がする。


〈久しぶり 突然だけど次の週末会える? オスワリも来る予定〉


 何回か読み直してから画面を閉じた。一対一は少し気まずいが、三人目――しかもオスワリ――がいれば心強い。粕島にしても同じ考えかもしれなかった。


 粕島もオスワリも、失踪した後輩と瓜二つの九洞を目にすれば混乱するに違いなかった。となれば九洞には申し訳ないが、仕事の時のように、自分にしか知覚できないようにしてもらうほかない。


「というわけなんだけど……いい?」

「はい、もちろんです。お邪魔になるのはよくないですから」

「よかった。それじゃ、悪いけどよろしくね」


 鮭の皮を剥いで一口分を大きく分ける。今日はサラダの他に、買ったまま忘れていた人参をごま油で炒めただけの副菜もある。幾度となくつくってきた、料理と呼べるかも怪しい一品だが、今回は火を通しすぎず青臭くもない指折りの出来だった。


「二人とも卒業してから一回会ったかどうかだな。ほんとに久しぶりだよ」

「そうなんですね」

「粕島はサークルの幹事長で、まじめで面倒見がいいけどたまに抜けてる。オスワリは別に幹部じゃなかったけど、合宿とか学祭には必ず参加してたかな。本名がなんだけど、犬がする伏せにちなんでオスワリってあだ名――あだ名っていうかアカウント名」

「サークルというのは研究会のようなものですか?」

「はは、うちはそんなお堅いやつじゃないよ。本を読んだり旅行に行ったり、あとはボランティアとかもやったな。やりたいことやってるような感じ」

「楽しそうですね。仲間と色々なことをできるのは」

「うん、楽しかった」


 人参に箸を伸ばしかけ、ふと九洞に目を移す。


「食べてみる? 炒めただけだけど」

「では、一口だけ」


 渡した箸を九洞がぎこちなく動かし、何度目かで短冊切りの人参をつまみ上げた。繰り返し咀嚼してから丁寧に飲み込み、やや間をおいて微笑する。


「いい歯ごたえですね」

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