第28話 コットンキャンディーの夢

 ふわふわの綿飴にくるまれている。


 イチゴやオレンジ、ラムネやメロン。色んなフレーバーのコットンキャンディーが私を包んでいる。ふわふわのコットンキャンディーに包まれながら、くるくるくるくる回っている。


 不思議。


 コットンキャンディーなのに、ベタベタしないの。

 くるくるくるくる回っても、目が回らないの。


 甘い香りが混ざり合うけど、気持ち悪くない。全部良い香り。


 蛹が見る繭の外の世界って、こんな風なのかも知れないな。きっと夢を見ているんだろうな。大人になって飛ぶ空は、七色で良い匂いがして、幸せに溢れているんだって。


 そんなに、いいもんじゃないよ、ご愁傷様。


 気持ちよく空を飛んでいたら、蜘蛛の巣に引っかかるかも知れないし。

 羽を休めていたらトカゲにペロリと食べられちゃうかも知れないし。

 美味しい蜜を吸ってたらカマキリの鎌に捕まるかも知れないし。


 いい人見付けて卵を産んだら、死んじゃうし。


 ――でも、人間の世界も似たようなもんかぁ。


 独り占めしてた王子様が、絶世の美女に変身しちゃったんだよ。笑っちゃう。


 私の恋は宙ぶらりんのまま、化石になってしまったよ。


 シンデレラ姫も白雪姫も、馬鹿にしたふりをしてたけど、本当は憧れてたんだろうな。王子様にちゃんと迎えに来て貰えたんだもん。


 私はこれから、どうしたらいいんだろう……。


 くるくるくるくる回り続ける。


 溢れかえる色の洪水。その中に吸い込まれて、溺れてしまいたい。

 身体がどんどん、溶けていく。身体の外側も内側も全部、色の洪水に溶けていく。


 ――生まれ変わる時が来るわよ。


 どこからか、声が聞こえた。


 生まれ変わる時が、来るわよ。


***


 淡い光の中で目を覚ます。

 光に刺激されて、頭に激痛が走る。ああ、二日酔いの奴だこれ。


 左の腕が、重いんですけど。そう思って見下ろすと、私の腕枕でまりあがすやすや眠っている。ネグリジェを着て無防備に眠るまりあは、王子様を待つお姫様のようだ。


 って、まてよ。

 ナニユエ私まで、ネグリジェを着てるんだ?


 雨の中、むぎゅーっとまりあと抱きしめ合ったら、急に酔いが回ってきたんだ。その後のこと、何にも覚えてない。


 どうやって、部屋に帰ってきて、ずぶ濡れの服からネグリジェに着替えたんだろう?大体、自分からすすんでこんなもん着るわけないんだけど。

 

 謎を知るただ一人の人物は、人の腕を枕に爆睡中。なんだか笑えてきた。ほっぺたをツンとつつこうとして、思いとどまる。


 ――窓から拭く風が心地よくて、社会の先生のボソボソ声が子守歌のようだった。うつらうつらしていたら、隣の席でかくんと身体が揺れた。


 立てた教科書に隠れるように、自分の腕を枕にして居眠りを始めたシンを、そっと見つめていた。長い睫も、少し開いた唇も、とても愛しくてこのままずっと眠っていて欲しいと思った。


 この世界が、二人だけのものになればいい。

 この時間が、永遠に続けばいい。


 そんなことを、思っていた。


 ――同じなんだよ。


 同じ寝顔が、ここにある。

 世界は二人だけのものではないし、あれから随分時が流れた。


 だけど、ずっと、ずーっと、あなたは私の傍にいた。


 シンはどこにも行っていない。ここにいるまりあとシンは、同じ人。私が勝手に別の人間にしただけ。


 あの日、真っ赤な傘の下で一番大事な秘密を打ち明けてくれたシンのことを、私は心から愛おしいと思った。だから、誓ったんだ。私の人生全部を掛けて、シンを守ってみせるって。


 私の愛しい人は、ずっと私の傍にいた。それは、これからも変わらない。

 

 まりあの頭に、頬を寄せる。まりあのお気に入りのシャンプーの匂い。ローズよりも甘い、ピュアピオニーの香り。


 愛おしいんだよ。

 そんな言葉が浮かんで、泣けてくる。


 いつか、別々の幸せを見付けるんだろうか。私もまりあも。

 お互い以上に大切だと思える人を見付ける日が来るんだろうか。


 ずっと、このままでいたい。

 でも、幸せになりたい。


 ――ああ、私たちはまだ、蛹なんだろうな。


 真っ白な繭の中で、この期に及んで信じてる。外の世界は、幸せに溢れているなんて。馬鹿だなぁ。


 思わず笑って、重たくなってきた瞼を閉じる。


 馬鹿でもいいや。無防備だって笑われても、信じていたい。これから歩んでいく世界が凄く美しくて、沢山の色でキラキラ輝いているのだと。


 瞼の向こうの朝陽が、七色に変化していく。身体がふわふわと浮遊していく。


 光の方から、声が聞こえた。


 ――大丈夫よ。女の子にはちゃんと、生まれ変わる時が来るわよ。


 聖母マリアの格好をした矢木さんが、七色の光の中に現われて、私に向かってウインクをした。




〈了〉


***

最後までお読み頂きありがとうございました。


那帆とまりあはこの先もしばらくは二人でイチャイチャ幸せに暮らして行く事でしょう。


この物語は「あの娘が空を見上げる理由-憧憬-」のスピンオフになります。

クールビューティーモードのまりあが家具職人さんに天蓋付きベッドを作って貰うお話しです。よろしかったら、こちらのお話しも読んでくださると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816700427307638781/episodes/16816700428520058034


まだ蛹の二人ですが、いつか蝶々になる姿を書きたいな、と思っています。その時には是非、那帆とまりあに会いに来てやってください。


皆様にも、七色に輝く美しい未来が訪れますように。

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今宵聖女の見る夢は 堀井菖蒲 @holyayame

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