第26話 シンが生きる世界は

 お母さんはシンが五年生の時、シンが性の違和感に悩んでいることに気付いた。


 それから出来るだけ男らしく成長しないように気をつけてきたらしい。バスケットボールをやめたのも、筋肉を発達させないためだった。


 ジェンダー外来にも同じ時期に通い始めている。お母さんはシンのために情報を集め、最大限出来ることをしていた。お母さんはどうせなら、シンがとびきり美人な女性に成長するようにサポートしてきたのだ。


 性同一性障害の診断を受けた人が望む性別を生きるために、戸籍を変えることができる。戸籍を変えれば名実共に世間でその性別の人間として扱われ、結婚だって出来る。生殖機能が備わるわけではないので子供を産むことは出来ないが、養子縁組をして家族を作ることも出来る。


 戸籍を変えるためには、性適合手術を受けなければならない。手術費用は、少なく見積もって200万円程だ。嫌、性適合手術は医療保険適応なのでその三割で受けることが出来る。しかし、実際に三割負担で手術できる人は、皆無に等しい。


 男性の身体を持って生まれた性同一性障害者が、性器の形を変えるだけで女性の外見を手に入れることが出来るだろうか。


 答えは、否だ。


 男の身体は骨格も脂肪の付き方も何もかも女性のものとは違う。声だって低くなるし、髭だって生える。身体全体を女性化するためには、ホルモン治療が必要だ。だが、ホルモン治療は保険診療ではなく自由診療だ。同一の病名で、自由診療と保険診療を併用することはできない。


だから、ホルモン治療を受けた性同一性障害者が性適応手術を受ける時に、保険を使うことはできない。性適応手術を望む性同一性障害者の殆どがホルモン治療を受けているのに。


 本来生きるべき性別で生きていくためには、お金が掛かるし身体への負担も掛かる。偏見や差別に晒されることもあるだろう。シンのお母さんは、それらを乗り越えてシンが一人の女性として生きていって欲しいと願い、レールを敷いていった。


 しかしシンは、心と合致しない身体に生まれてしまった事実も違う性別に向かって身体が変わっていく恐怖も受け入れられずにいた。そんなシンに、将来像など描けるはずはなかった。


 「目隠しをされたまま、お母さんに手を引かれてでこぼこの道を進んでいるようだ。」


 あの雨の日、シンはそんなことを言った。

 



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