第23話 弾丸の雨に打たれて

 「ばっかやろー!このくそやろー!」


 叫び倒しながら、ブランコを立ちこぎする。9%のハイボール3缶一気飲み後のブランコで頭はぐるぐる回っていた。


 「男なんて!みんな死んじまえ!バカヤロー!!」


 マンションの向こうの空に、稲光が光った。弾丸かよと突っ込みたくなるくらい大粒の雨が、地面にも公園の木立にも私にも降り注いでいる。カクチュールドレスの裾が、太ももにへばりつく。風に靡いているように軽やかにスタイリングしたウルフカットから雫が垂れる。顔を手の甲で拭うと、黒い水が付いた。マスカラもアイメイクも流れてパンダみたいな顔になってんだろうな。


 シンデレラには、なれなかったよ。


 ドスンとブランコにお尻を付けた。


 「ひとぉりーで生きてくなんてーでーきなーいーとー……。」


 外灯に浮かび上がる雨のしぶきを見つめながら、無意識に口ずさむ。地面が滲んでいるのは、何のせいかな。酔っぱらっているせいなのか、雨が目に入ったのか、涙なのか、よく分からない。


 別に、凄く悲しいわけじゃない。彰のこと、めっちゃくちゃ好きだったかって聞かれたら、「別に」って答える。ただ、悔しい。惨めったらしくて悔しくて、自分が嫌になる。矢木さんとまりあと沙也香に綺麗にして貰って、この様だよ。格好悪くて仕方ない。


 少なく見積もって三股の、一番下段に自分はいたんだな。多分。


 ふわふわな髪の、甘い匂いがしそうな女の子だった。誕生日を過ごす女に選ばれたのは。がさつな親父系女子は、性欲処理のスペア品だったようだ。ああ、腹が立つ。


 こっちだって、おまえなんか趣味じゃないし。


 「泣いてすがれば……、ネオンがぁ……、ネオンがしーみーるー……。」


 私が好きなのは、王子様みたいに色白で、綺麗な顔の男。あんな狐目の男なんて、好みのタイプじゃない。でも、王子様系男子には、もう二度と恋はしない。好みの男を避けるから、本当に好きな相手に出会えない。


 どっちがいいんだろう。


 いつか消えてしまうかも知れないと恐れながら本当の恋をするのと、そこそこ好きな相手と一緒にいるのと。


 そんなこと、よく考える。でも、そこそこ好きな相手にこの仕打ちじゃ、様はない。


 「こんな私でいいなら、あげる……。なーにも、かーもー……。」


 なんて思える相手になんか、一生会えない気がする。雨を見つめながら、溜息をついた。そして、視覚と体感のずれを自覚した。


 あれ?おかしい。

 こんなに雨が降っているのに、身体が濡れていない。


 地面に視線を落とすと、私の影が傘をさしていた。


 「なんで、大阪しぐれやねん?」


 背後で声がした。

 え、と顔を上げて、自分が赤い傘の内側にいることに気付いた。


 「まりあ……?」

 「ぴんぽん。」


 ひょこっと目の前にまりあの顔が現われる。綺麗にカールした睫の内側で、瞳が心配そうに私を見つめている。まりあは隣のブランコにすわり、傘を私の方に傾けた。


 「公園でくだ巻いて。通報されるよ、下手したら。」


 遠くで雷鳴が響く。稲光が夜空を切り裂くように走って消えた。それもそうだな、と思った。思ったけど、どうでも良いじゃんとも思った。警察が来たら来たで、警察官相手に思いっきりくだを巻いてやる。


 まりあはじっと私を見つめていた。私を傘に入れようとするから、まりあが雨に濡れている。私は傘をまりあの方に押した。


 「風邪引いちゃうよ。」

 「それは那帆も一緒。」


 まりあは私の力に抵抗する。


 「風邪の方が怖がって逃げてくよ。か弱いまりあは、本当に熱出しちゃうよ。」

 「何言ってんの。那帆もか弱い女の子でしょ。」

 「口、曲がるよ。」


 思わず笑ったこの口がきっと歪んでいる。か弱いなんて、私のどこにも当てはまらない。


 地面を蹴ってブランコを揺らした。傘から身体がはみ出して、弾丸みたいな雨が降り注ぐ。


 「三股掛けられてたさ!マンション行ったら、違う女といちゃついてた!」

 弾丸に向かって顔を上げ、叫ぶ。


 「頭突き食らわして、顔面グーで殴って、股間蹴っ飛ばして仕上げに顔ひっかいてやった!」

 「わお!」

 「沙也香のネイルチップ、最強!」


 驚きの声を上げるまりあに向かって、高らかに笑ってみせる。雨が口の中に入ってきた。なんか、塩っぱい。


 「ほんと、見る目ない男よね!こんないい女独占しないなんて!」


 まりあは空に真っ赤な傘を放り投げた。地面を蹴って、ブランコを勢いよく漕ぐ。まりあのスカートの裾が揺れる。


 「いい女って、まりあに言われると嫌味にしか聞こえなーい!」


 私はまりあに負けじとブランコを漕ぐ。私のドレスの裾も、風を孕む。


 「何言ってんの!那帆は凄くいい女よ!」


 まりあの身体が私よりも高く舞い上がる。


 「どこがよ!」


 私は足を前に強く放り出し、更に強い力で膝を曲げる。ブランコに推進力が付き、まりあの身体を追い越していく。


 「初めて会ったときから、那帆はいい女だった!強くて、潔くて、格好いい女だった!」


 高らかな声でまりあはそう言って、私の横をぶんと通り過ぎていく。まりあの髪とスカートがひらひら揺れる。


 「那帆みたいになりたいって、ずっと思ってた。ううん、今も思ってる。」


 まりあの身体が戻ってきて、すれ違い様に鮮やかな笑顔が見えた。


 「私が本当に男だったら、絶対那帆を好きになってた!」


 まりあの声が、胸にざっくりと刺さった。


 「ばかぁ!まりあのばかぁ!」


 そんな事、今言うなよ。

 そんな残酷なことを、今。


 ブランコを止めて蹲る。背中に容赦なく打ち付ける雨に溶けてしまいたい。そう思いながらわんわん大声で泣いた。

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