アサイチ盟探偵 となりのころし
かわばたあらし
となりのころし
朝の学校はひんやりしている。日中になると生徒であふれかえってにぎやかになり、うるさくひといきれで暖かくなる。
俺は職員室に寄ることなく、自分の教室にむかった。いちばん乗りではないことはわかっている。いつも先にあいつが来ているのだ。
そろっと戸を引くとやはり鍵はかかってなく開いた。
鍵がすぐ目の前の鍵かけにかかっているのが見えた。
そして奥の方に目をやると机に顔をうずめている頭が見えた。
「おい」
と声をかけたがぴくりともしやがらない。
俺は横の席に座り相方を突っついた。
顔をすこしもちあげ薄目をあけて、こちらをむいた。
「あ、なんだよ」
毎朝のことだが、こいつは先に教室まで来て寝ている。
家が裕福ではなく新聞配達をしていて家に帰って寝ると起きれないとそのまま教室に来て寝ているのだ。
「おまえ、きのうの晩、観たか?」
俺はそのことを話ししたくて早く目がさめて、こいつに言いたくて早く来たのだ。
「なんだよ。きのうの晩なにかあったか?」
「あっただろ。おまえ観なかったのかよ。大ヒットドラマ『よみがえる』を」
「ああ、あれか。どうせ再放送すんだろ」
「わかってねぇな。おまえは完全に世間からのりおくれてるぞ。どんだけネットでもりあがっているのか」
「しらねぇよ。そんなことより――」
信じられない。ムラサキコウ主演で『探偵ガリレイ』などで人気沸騰の人気女優がでているのに。
「じゃ、おまえ知らないんだな。コウちゃんがどうなったかを」
「知るわけないだろ」
「俺はショックだった」
「なにが?」
「おまえ観てないんだろ。ネタバレになるしな」
「じゃ言うなよ」とまた顔をふせようとする。
「俺はショックだったんだよ。コウちゃんが死ぬなんて」
「死んだのか? ふ~ん。まあ、死ぬこともあるだろうよ」
「おまえ嘆き悲しまないのか?」
「俺はムラサキコウが好きでも嫌いでもないんだよ。わかるだろ」
「おまえにも好みというのがあるだろうからそれもわかる。それよか、俺がこれだけ言っているのに冷め過ぎじゃないか。ちょっとは聞いてやろうという気はないのか」
「わかった。再放送を観てからにしてくれ」
と顔をうずめやがった。
「つまらねぇ野郎だなぁ」
俺はすこしまえの席に目をむけた。もちろんまだ誰も来ていない。
その席は朝村衣知子の席で彼女はなぜか朝早く来ることがあった。
彼女とならこの感動を共有できるかもしれない。
しかし彼女はあの大人気ドラマを観ているのだろうか?
そういう想念にとらわれていると相方が顔をあげこちらを見ていた。
「それよか他のことが気になってしかたなかったんだよ」
「なんだおまえらしくもない。くだらないことなんだろ」
「それかどうかは聞いてからにしてくれ」
相方のいつにない真剣なまなざしにどきりとした。
「となりの家の声とかよく聞こえてくるだけど、たまに家族三人の大喧嘩の声とかがして、うるさいときがあんだよ。それできのうの夜もうるさかったんだ。俺は新聞配達するから早く寝なきゃいけないの知ってるだろ。早く寝ないと起きれないんだよ。遅れるとおやっさんからこっぴどく叱られんだ」
「おうおう、ご苦労なこったな」
「そんで窓をぴったり閉めて寝ようとしたら、「殺す!」という大声が聞こえたあと、急に静かになりやがったんだ」
「やったのか?」
「もしかしたら……」
「そのあと静かなままか?」
「そう。なかなか寝れなかったけど朝起きてもまあ朝だからかもしれないけど静なままだ」
「やったのか?」
「知らねぇよ。でもやったのなら気になってしかたないだろ」
「やった死体どうすんだろな。庭はあるのか?」
「ちいさいながらね」
「そこに埋めやがるかも」
「いやなことをいうなよ」
「もしかしたらやったあと自ら命をたったのかもな。それでその臭いがおまえの家をおおう」
相方は身震いして「おまえ、そういういやなこと言うの天才だな」
そこで戸がばっと開いて二人してとびあがった。
振り返ると朝村が入ってきていた。
あいかわらず一日二食かというほどほっそりして黒髪が長い。
「おはよう」とだけ言うと俺らと離れた前方の席に座る。
俺はせきばらいして声をかける。
「朝村、きのうの晩のコウちゃん観た?」
「そっちかよ!」と相方がつっこんでくる。
「ものには順番があんだろ」と小声で諭す。
席は遠くても他に誰もいなく、ほかがしずまりかえっているので十分声が届く。
朝村は振り返っていて、
「観たけど。あんたコウちゃんのファンなんだ」
「ええまあ」俺はみすかされてどぎまぎした。「まさか死ぬなんて」
「そうだよね。あのタイミングでね」
「朝村も見てくれててよかった。こいつは早寝早起きだから観てないんだよ。あんなにおもしろいのに」
「小野くんって新聞配達してるんでしょ」
「うん」
「たいへんだよね。雨の日とかもあるし」
「ああ」
俺はこいつが気遣われていることに軽く嫉妬し、さえぎる。
「おまえ、きのう気になることがあったんじゃないのか」
「そうそう」しゃべりはじめる。馬鹿のひとつおぼえみたいに俺にしゃべったことと寸分たがわず。
朝村はふんふんと聞いていた。
ひととおり話したあと、俺がつけくわえる。
「だからいってやってるんだよ。こいつの家に死体に臭いがただよってくるかもってね」
「それはどうかな」と即座に朝村は返してくる。「おとなりそのときなにをしてたんだろうね」
「さぁ、なんだろ。いつもうるさいけど」
「なんか他の音しなかった?」
「そんなにあばれる音とかは聞こえなかったけど」
「テレビの音は?」
「テレビの音? さあ、いつもテレビの音は聞こえきたことないな。とにかく声がうるさいんだよ。父親の」
「他の家族の声は聞こえた?」
「聞こえなかったな。だいたいそこの家族は親父以外は奥さん、娘とそれほどうるさくもないんだよ。だから聞こえてもたまにぐらいで」
「そう……」
「警察いったほうがいいかな」
「それなら俺がついていってやるよ」と俺は男気をみせる。
「ドラマ観ていたのかもしれないね」
「ドラマ?」
「ちょうどその時間帯でしょ」
「ああ、そうかもしれない。ちょうどそのころに寝ようとするんだ」
「おじさんもあんたみたいにムラサキコウの大ファンだったのかもね」
俺に言われてどぎまぎする。
「そりゃ世の男どもはたいていコウちゃんのこと好きさ」
「ネットでもすごかったんでしょ」
「そう。祭りだよ。俺もずいぶん書き込みをしたし。ムラサキコウ ロスで検索したらえぐいほどでてくるよ」
「ムラサキコウ ロスねぇ。もっとみじかく言う人いないの?」
「そうだな。コウ ロスかな。言うとしたら?」
「じゃ、いってみて。コウ ロスって」
「えっ、俺はコウちゃんのことを呼び捨てにはしないけどいってやるよ。コウロス!」
「あっ!」
横で相方がびっくり顔でかたまっている。
「どうしたんだよ。いきなり」
「も、一回いってみてくれ」
それで何回も言わされるはめに。
「いいかげんにしろよ。俺は機械じゃないんだ」
「おまえ気づかないか?」
「ん、なに? あっ!」
俺の頭でもむすびついた。
コウロス→殺す?
「となりの親父、コウロスって叫びやがったのか?」
「それでショックをうけて静かに?」
「そうかもしれない。一週間前の同じ時間帯もうるさかったのを思い出したし」
「なんだ、人騒がせだな。静かに観ろよ」
朝村は微笑むと勉強でもするのか教科書を机の上に並べはじめた。
相方がその日帰ってから、いつものようにとなりから声が聞こえてきた。
それでも心配で窓からチラ見したら、誰一人として動いてない人はいなかったそうだ。
アサイチ盟探偵 となりのころし かわばたあらし @kawabataarashi
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