ユニークな祖父の宝物。

@r_417

ユニークな祖父の宝物。

***


 春休みに入る直前。

 従姉妹・玉木美晴たまきみはる姉さんから珍しく連絡が来た。


「もしもし、柚実ゆみちゃん。元気してる?」

「美晴姉さん!?」


 美晴姉さんの親は長兄。

 そして、私の親が末弟ということもあって、私たちは十歳違う。学校の友だちのように毎日の連絡もしないし、年に一度会えれば良いくらいの付き合いしかない。だけど、美晴姉さんと私の仲はとても良好だった。

 面倒見の良い美晴姉さんと祖父の家の側に流れている川で水遊びをしたり、畑で野菜を収穫したり……。一緒に昼寝をしたこともあれば、宿題を教えてもらったこともある。『祖父の家=夏休みの思い出』という方程式が成り立つくらい楽しい思い出がいっぱいだ。


「うーん。それにしても柚実ちゃんがセーラー服を着ている姿、未だに想像が出来ないよ」

「いやいや、美晴姉さん。私、春から最上級生ですよ?」

「ええ! そっかあ、もう受験生なんだ! 本当に他人の子の成長は早いなあ。最後に会った時はまだランドセル背負っていたというのに……」


 小学生がランドセルを背負うなんて、当たり前。だけど、何となく気恥ずかしく感じてしまう。そんな気持ちを振り切るように美晴姉さんに質問してみる。


「ところで、美晴姉さん。いったい何があったの? 美晴姉さんが私に電話をするってただごとじゃないよね?」

「……うーん。相変わらず、柚実ちゃんは察しがいいわねえ」


 口ごもりながらも真面目な口調で、美晴姉さんが話し続ける。


「柚実ちゃんは、お祖父さんの宝物って知ってる?」

「……え? お祖父ちゃんの宝物?」


 『祖父の家=夏休みの思い出』という方程式が成り立つくらい祖父の家には思い出も思い入れもある。そんな私にとって、家主である祖父もまた美晴姉さんと同様に大好きな存在だった。

 何と言っても、美晴姉さんの血縁者。この事実だけで祖父のユニークさと人の良さは十分に伝わるだろう。何より祖父と私は末っ子同士。語らずとも通じることも多い相性の良さも大きかった。


「いきなりどうしたの?」

「うーん、実はね。お祖父さん、生前贈与を開始したらしいんだけど……」


 末弟として生を受けた祖父に対して、代々伝わる土地の相続は一切ない。従姉妹たち親戚が大勢集まれる広さの一軒家があると言っても、家の側には遊べるくらい綺麗な水が流れるくらい山の中に建っている。

 それにも関わらず、生前贈与が発生する理由はただ一つ。祖父が豊臣秀吉もびっくりのサクセスストーリーで歩んでいたからに他ならないだろう。──祖父のサクセスストーリーはまた追々。


 美晴姉さんによると、祖父の生前贈与はとても合理的らしい。

 現金は祖父の実子や孫へ。田畑は近隣に住む親族へ。蔵書類は趣味仲間へ。

 自分の持つ財を最も活用できる相手をチョイスし、分与について告げる瞬間。皆に祖父が一枚の紙とともに尋ねることがあるという。


「それがお祖父ちゃんの宝物を当たろ、ってことなの?」

「そうなの。だけど、私は分からなくて……」


 そう言って、美晴姉さんは言葉を続けていく。


「叔父さん、絶対に柚実ちゃんには言いそうにないけれど」

「うん。一切、言っていないねえ」

「やっぱりそっかあ」


 ケタケタと笑う美晴姉さんの予想通り、父から相続に関わる話は何一つ聞いていない。銀行員をしている私の父はプライバシーの尊重を何よりも大切にしていて、子どもの机さえ決して覗かない。

 美晴姉さんの発言がアウトかセーフか。ひとまず置いておくことにして……。

 祖父からの話は、年長者から順番に話が回っていると考えて良いだろう。


「というわけで、もしも柚実ちゃん。お祖父さんの宝物が分かったら、教えてね」


 もちろん、祖父に伝えてからで構わないから。

 そう言って、美晴姉さんは電話を切った。


***


 美晴姉さんと話した後、祖父の宝物をあれこれと想像してみる。

 祖母と結婚と同時に住み始めた今の家? それとも、手塩にかけた今の土地?


「(だとしたら、近隣に住む親族への生前贈与の説明が付かないよねえ)」


 ならば、実業家として大事な人脈? それとも、家族との絆? まさかのお金!? ……って、そんなわけないか。


「(これじゃあ、実子や孫への生前贈与の説明が付かないし……)」


 悔しいけど、わからない。どんなに考えてもしっくりくる答えが見つからない。

 いったい私は祖父の何を見ていたのだろう。祖父に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 祖父の宝物を探しが堂々巡りになり始めた時。

 ついに私の元に、祖父からの連絡が届いた。


***


 久しぶりに出向いた祖父の家の周りには綺麗な菜の花が咲いていた。

 直に山の緑も色濃くなり、田植えもはじまることだろう。


 緊張しながら玄関を開けば、祖父がにこやかに出迎えてくれる。

 そして、挨拶もそこそこに美晴姉さんが言っていた通りの展開がはじまった。


「柚実は、私の宝が何か分かるかね」


 一枚の紙とともに、祖父は予想通りの質問を投げかけてくる。

 渡された紙には一言『玉は木』とだけ書かれていた。


 確かに私も、祖父も名字は『玉木』。

 ついでに言うと美晴姉さんも『玉木』。

 名字を残すことを重要なミッションと考える家系も数多く、先祖代々続く名字を宝と見なすケースも知っている。だけど、『玉は木』から『玉木』の名字が宝とは考えづらい。

 第一、祖父自身が玉木家に生まれた末弟だ。元々、祖父には相続する土地さえ与えられなかったと聞いている。だからこそ、まずは一心不乱に田畑を開墾し、祖父が今も住んでいる一軒家を含めた生活基盤を整えたことも。そして、大地主として成功を収めた祖父は人脈と資産を活かし、実業家の道にも進み始めたことも……。

 常に一歩も二歩も時代の先取りをする祖父のユニークな考え方を理解できない人は多かったと聞いている。田舎の異端児として、ウソつき呼ばわりされる不遇の時代もあった、と。実際、田舎であるがために不遇の時代の祖父を知る人の親族も多く、『害のないウソつき』として未だ『ウソつき』のフレーズだけが一人歩きしていたりすることも知っている。

 だけど、周囲のバッシング程度でへこたれるような祖父でもなかった。敵に回す言動こそしないが、理解なき人にまで理解を求めることもしなかったと言っていた。言い換えるなら、多角的な視野を持つ祖父だから一代で財をなすことが出来たとも言えるだろう。


 そんな常人の理解を超える頭の柔らかさを持つ祖父のことだ。

 ここは『玉木』の名字と思わせるミスリードと考えた方がいいだろう。


 何と言っても、祖父は実業家的側面もあったとてもユニークな人であり、『害のないウソつき』として未だに名高い人なのだから……。と思った瞬間、ふとひらめく。


「そっか、お祖父ちゃんの『宝は米』ね!」


 『玉は木』これだけでは意味が分からない。

 だけど、『ウソつき』呼ばわりされた不遇の時代を経て、未だ『害のないウソつき』として、『ウソつき』という形容詞とともに生きてきた祖父に纏わる重要なキーワードが『ウソつき』だと思えば、合点がいく。


 祖父のユニークさは最大の魅力であり持ち味だ。だけど、決して武器にはしない。ユニークさが主役になることはなくても、ユニークさが祖父の人生をラッピングのように彩っていたことは紛れもない事実だろう。


 『玉は木』。

 これにキー(鍵)となる『ウソ』を付けてみれば『宝は米』。


「大地主のお祖父ちゃんにピッタリな暗号ね!」

「おおっ! 柚実は解けたか!!」


 私の答えに、祖父はとても満足そうな笑みを浮かべている。

 しかし、私の中ではまだ疑問が残っている。


「……それでお祖父ちゃん。何でこんなバリバリの暗号なんか用意してるの?」

「そりゃあ、ただただ『ウソつき』という形容詞とともに死んでいくなんてしゃくだからな。ここは一つ、余興に使ってみた」

「え? それだけ?」

「ああ、それだけだ」


 キリッと言い切り、高笑いする祖父を見ていると、時代の一歩も二歩も先を読むような祖父らしいと素直に思えた。気付けば祖父の笑い声につられて、私もお腹を抱えて笑い転げていた。


【Fin.】

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