死神

「や、やるな、お主!持ってけドロボー!」

 座布団を一枚放り投げると、七度狐は、わーんと泣きながらどこかに去って行った。

【座布団一枚獲得!総座布団数1】

「やったね!初めてにしては上出来だわ」

「あれで良かったのか?」

「面白かったわよ。そのマヌケ面が役に立った」

 与太郎は不愉快だったが、女性と会話できるとなれば我慢するしかない。

 その後、二人はしばらく東へ旅を続けた。日が暮れる頃になり、一軒の屋敷に辿り着いた。

「今夜はここで厄介になるしかなさそうね」

 キセガワが掛け合うと、家のおかみさんらしき人が出てきた。今主人が病に臥せっているのであるが、空き部屋があるので一晩くらいなら泊まっていっても構わないという。

 廊下を渡る際に襖が少し開いていたので中を垣間見ると、なるほど青白い顔のお爺さんが布団で寝ていた。

(ありゃ、長くないな。ナマンダブ、ナマンダブ)

 陰気に念仏を唱える与太郎。一方キセガワは、何か引っかかるところがあるようだった。

「どうしたい、キセガワさん」

「う〜ん、どこかで見たような気が」

「他人の空似ですよ、きっと。それより早く休みましょうや」

 部屋に着き、キセガワが布団を敷いてくれた。

「え、布団は一組ですかい?」

「そうよ。それで十分でしょ?」

(おいおい。てことは、キセガワさんとアレか?ぐへへへへ)

 下卑た期待を膨らませる与太郎だったが、すぐに失望に変わった。

「おやすみ〜」

 キセガワは妖精の姿に変わって、天井付近で飛びながら寝るというのだ。

(ちぇ、がっかり)

 世の中そううまい話はないというのが身に染みて分かっているはずの与太郎だが、それでも奇跡に期待してしまう。バカなのである。

 旅の疲れもあって、すぐに眠りに落ちた。が、尿意を催して目が覚めてしまった。

「ちぇ、はばかり行きたくなっちまったな」

 でも布団を出るのを躊躇う与太郎である。外は街灯などはない。真っ暗で寂しい所だ。

(さっき、はばかりは外だって言ってたよな)

 行きたくないなと思いつつ、布団の中でモゾモゾしていると、背筋をゾクゾクっとしたものが走り抜けた。枕元に、何やら人の気配がある。

「ギャー!!」

 驚いて跳ね起きる与太郎。ボーっとした明かりに、げっそりと痩せこけたお爺さんの青白い顔が浮かび上がった。

「で、で、出たーっ」

「わ、私ですよ、お客さんっ。この家の主人です!」

「な、何だ。脅かすないっ。この家の主人が一体何の用でいっ」

「いやね、私がはばかりに立ったところ、お客さんが行きたくなったなんて言う声が聞こえたものですから、提灯をお持ちしようと」

「な、何だ、そうだったのか。あー、びっくりした。それじゃ何か?あんた一緒にはばかり行ってくれるんだな?」

「左様でございます」

 にやっと、薄暗い笑いを浮かべた。

「ちょっと待ちなさい!」

 花魁姿に変わったキセガワが厳しい顔をしていた。

「あんた、どっかで見た顔だと思ったら、死神ね!」

「ほっ、一体何のことでしょう」

 するとキセガワは不思議な呪文を唱えた。

「とぼけたって無駄よ。アジャラカモクレン、テケレッツのパー!」

 主人の体からシュワシュワと白い煙が出て、姿が変わっていく。たちまち老人は大鎌を持った死神の姿に変わった。

「うわっ、化け物!」

 ビビる与太郎。

「こいつはね、こっそりあんたの座布団を持って行こうとしてたのよ。妖喜利バトルもやらずにね」

「イッヒッヒ、バレてしまっちゃしょうがない。面倒くさいが正攻法で行くとするか」

「バトルが始まるわ。用意はいい?」

(ええっ?お、俺、はばかり行くとこだったんだけど!?)


【妖喜利バトル】

ハイハ〜イ、キセガワよ。はばかりに行きたい人は、我慢せずに行ってから続きを読んでね。それじゃ問題、行ってみよ〜。良かったらコメント欄を使って楽しんでみて。

(お題)

人間誰しも死神には会いたくないものね。そこで私が死神になって皆さんのところにやって来るわ。「お前の命を奪いに来た」と言うから、何か一言続けてみて。

(与太郎の回答)

「お前の命を奪いに来た」

「うん?一昨日来た奴に渡したはずだけど?」

…じゃあ、あんた何者よ。


※死神…古典落語の噺。病人の枕元に座っている死神を見る能力を授かった男は医者を始めるが…。

※アジャラカモクレン…噺の中に登場する死神退治の呪文。

※はばかり…トイレのこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る