竜の嫁
白鷺緋翠
始まりと終わり
見渡す限り、火の海。人々の悲痛な叫びがその海に溶け込む。地獄だ。
残虐な王は、その酷い有様を城の上からほくそ笑みながら眺めている。その後ろに、敵がいることも知らずに。
◇◆◇◆◇◆
世界で一番平和と言われる王が統治する小さな国、それがシェレビア王国だ。十数年前の内乱をきっかけに新たな王が即位。それから国はたちまち活気溢れる豊かな国となった。
この国の王はかつてこの地を治めていたヴィエータ王国という国で、とある貴族が抱える傭兵として生きていた男だった。
ヴィエータ王国とは三百年ほど統治していた国である。彼らの政治を一言で言うと冷酷で王が絶対的な権力を持った政治だ。事細かに定められた法律。国民の自由を認めているようで実は鳥籠に閉じ込めているような、そんな政策だったのだ。そして王族がこのような権力を所持したことによって、貴族含め誰しもが王族の奴隷のような扱いだった。
そんな王国を滅ぼし、新たな国を建てたのがカイデル・シェレビアという平民出身の男だったのだ。カイデルは城を新たに建てて首都を変更。首都を中心として人々は自由を手に入れて活気づいた国へと成長している。
部外者が城に入ることを恐れ、城をわざと森の奥にある山の頂上に建てたヴィエータの王族。一方でカイデルは、どんな者でも何かあった時にすぐに城に来れるように、と首都のある街の中心に城を建てたのだ。
ヴィエータの旧城は滅亡後、無惨にも廃城と化したまま残されている。
平民生まれであり、身分差別撤廃に力を入れたり、法律を大きく変更したりしたことでカイデルは身分問わずに大勢からの支持を得た。またカイデルは即位直後、ヴィエータ王族を民の前で処刑した。血の繋がる者、ヴィエータを支持していた者、仕えていた者全てを。
人々は歓喜した。これまで散々自分たちを苦しめてきた王族の血が繋がる者がこの世から消え去ったことを大いに喜んだのだ。
しかし、この世からヴィエータの血が完全に途絶えたわけではなかった。ただ一人、ヴィエータの血を持つ幼き姫がこの世に残っていた。カイデルはその姫を見つけることはできなかった。
姫の名を、エレノア・ヴィエータという。腰まで伸びる銀髪に、何も知らない純粋な目は紫色。幼き姫は、たった独りで森から眩しい都市を見つめていた。
エレノアは大変静かな子であった。かの残虐な血が混じっているとは思えないほど、お淑やかで笑顔が似合う。しかし、ふと見せる凛とした表情は父の面影を感じさせる。そんな娘を残虐な王は確かに愛していた。
エレノアは、ヴィエータ最後の王アルゼル・ヴィエータと公爵家の令嬢べルーア・メティウとの政略結婚で生まれた一人娘であった。周りの声で仕方なく作った子供。だが、産まれた子は世継ぎのできる男ではなく女だった。権力を持つ貴族はアルゼルに何度も次の子を産むように説得した。しかし、アルゼルは夜にべルーアの部屋へ行くことはあれから二度となかった。
なぜならアルゼルが初めて、何かを愛したからだった。唯一の自分の血を引く存在に心を奪われてしまった。恋とは全く違う感情なのは確かだった。この新しく誕生した姫があまりに小さく、それでいて可愛らしくて。今まで残虐に人を殺してきたこの手で娘に触れるのが何とも怖かった。
アルゼルは姫に王位を継承すると公言した。前例のないことだった。女が王になるなど。貴族は猛反対するもアルゼルはそれを許さず。たちまち反対の声をあげる者はいなくなった。次期国王として、エレノアは厳しい教育を受けながらも両親や周りの大人からたくさんの愛情をもらった。
それでもアルゼルが残虐でなくなることはなかった。厳しい法律に従わなかった者は有無を言わさずに処刑。それが例えどんな身分の者であろうとも。
およそ三百年続いたヴィエータ王国は、王が初めて愛した姫が王位に就く前に滅びた。
アルゼルはエレノアへ王として、父としてある言葉を遺した。
「復讐などする必要もない。我々は誇り高きヴィエータ。お前が手を汚す必要はない」
そうしてエレノアは五歳にしてたった一人になってしまった。
今日も誰も来ない森の奥にあるとても王族の墓とは思えないほどのちっぽけな墓で両親の冥福を祈る。
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