第9話 初めての殺人事件1

私達が温泉旅行から帰ってから数日、現在私は事務所で優雅にコーヒーを嗜んでいるところだ。


今日は平日で、春も学校に行っており事務所は現在、私のみ。

なんて静かで落ち着くのだろうか。

この時間がずっと続けばいいのになんて思ってしまうほどだ。


「はぁ~…平和だ」


ガチャ…


「すいません…ここって探偵事務所であってますか?」


コーヒーを嗜んでいる所に、20代程と思われる若い女性が扉を開けて入ってきた。

おっと、どうやら依頼のようだ。

私はコーヒーを机に置いて、依頼者を席へと案内する。


「えぇ、間違いありませんよ。こちらの席へどうぞ」


私は、にこやかに依頼者を席へ座らせお茶を提供し、対面の椅子に腰をかける。


「それで、本日はどのようなご依頼で?」


私は、飲みかけのコーヒーを口に付けながら依頼の内容を聞く。


「はい…実は、我が家で起こった殺人事件を解決してほしいんです」


ブッ…!!


私は依頼の内容に驚き、コーヒーをカップに吹き戻してしまった。


「ゲホッゲホッ!殺人!?あなたのお宅でですか?!」


「はい…そうなんです」


まさか、うちの事務所に殺人事件を解決して欲しいなんて依頼がくるとは…てっきり人探しとかそういうのだと思っていたんだが…


「とりあえず、詳しくお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」


「はい…実は」


訊いたところによると、亡くなったのは、彼女 赤澤七奈美(あかざわななみ)さんのお父さん、赤澤冬持(あかざわとうじ)さんだそうだ。


死因は転落死、自宅の2階のベランダから転落し、頭から落ち、出血と首の骨を折って亡くなったとの事だ。


けれど、警察は事故とみなして捜査を打ち止めしたらしい。


「なぜ、警察は事故と判断したのですか?」


日本の警察は、細かいところまで調べあげ、そう簡単に事故と断定したりしないはずだ。

それなりの理由があったのだろう。


「実は…お父さんが転落した部屋には鍵がかかっていたんです。その上ベランダには柵があったのですが、ちょうどお父さんの落ちた部分だけ壊れていて、壊れた柵からお父さんの指紋も出てきたので…」


成る程、密室で犯人の出入りができない上に、柵が壊れてたまたま七奈美さんのお父さんはそこから落ちたと、警察は判断したわけか…


「ならばなぜ、事故と断定した後なのにわざわざ依頼を?」


「納得できなかったんです!本来父は、仕事の関係上すぐに動けるようにするため、自分の部屋に鍵をかけたりしない人でした。それなのに事件の日に限って鍵をかけていたなんて…何かあるとしか思えなかったんです」


「何かとは?」


「わかりません…でも、そうでもないとあの父が事故にあうなんて考えられないんです!父は何をするにも慎重な人で、どんな些細な事でも危険と判断したら避けるような人でしたから!」


「成る程、石橋を叩いて渡るような人だったと…」


「いやいや、石橋を叩き砕いて、自分で新しい橋を作って渡るくらいの人だったんじゃないですかね?」


いやいや、そこまで慎重な人なんて普通いな…


「…って、いつの間に来てたんだ!?」


依頼者の後ろの出入り口から、いつの間にか春が事務所に入ってきていた。


「!?…?」


七奈美さんまで驚いてるし…


「ついさっきですよ」


「…が…学校は?」


「もう夕方ですし、今日は部活動お休みでしたから」


ふと気がついて外を見てみると、いつの間にか空が夕焼けに染まっていた。


「い…いつの間に」


「そんなことよりも先生…」


ズカズカと春は機嫌が悪そうに私の前にやってくる。


「どうして、ようやく私が待ち望んだ探偵らしい依頼が、私の居ないときに限ってやってくるんですか!!」


「知らないよ!!と言うかそれで、怒られても困るんだが!?いつものペット探しや浮気調査も立派な仕事だろう!!」


「殺人!強盗!凶犯罪!これを解決する事こそ私の理想の探偵なんです!」


「危なすぎるわ!!」


「あの…この娘は…?」


七奈美さんが、気まずそうに私達に訊いてきた。


「すいません。私の助手です」


「小鳥遊春といいます!どうぞよろしく!」


「は…はぁ…」


七奈美さん、完全に引いちゃってるな…


「というか、ホントにいつから居たんだ?」


「先生がコーヒーを吹きこぼした辺りからです」


「ほとんど最初からじゃん!!」


というか、気付かなかった私もどうなんだろうか。


「あの…事件の方は…?」


「あぁ、すいません。とりあえず、現場の方を確認したいので、一度赤澤さんのお宅にお邪魔させてもらいたいのですが、ご希望の日とかありませんか?」


「はい!学校が休みの日がいいです!」


君には訊いてないんだが。


「君は関係ないだろ」


「私も事件現場が見てみたいんです!」


欲望丸出しじゃん…


「えぇ、じゃあ今度の土曜日にでも、なんなら泊まって行ってもらっても構いませんよ」


「シャァァァ!!部活休んででも行きますよぉぉぉ!!」


「何でそんなところで気合いを入れるんだ!!」


「すみません!その日に更に何か事件が起こる予定はありませんか!?この夢見先生がズバッと解決いたしますよ!!」


「事件の予定ってなんだ!?何人被害者増やすつもりだ!これ以上余計な事件が起きてたまるか!!」


「ハ…ハハハ…」


赤澤さんもドン引きしつつ、乾いた笑いしか出てないし。


「わかりました。では、家の者にはお客様がいらっしゃると伝えておきますので」


ん?…家の者…普通そんな呼び方するだろうか?


とりあえず、その日は赤澤さんには帰宅してもらい、今週の土曜日に赤澤さん宅にお邪魔させてもらうことになった。


「さてと、私は今、君を赤澤さんの家に連れていくべきかヒジョーに悩んで…」

「連れて行ってくれなきゃ、先生の喉元刈っ切って魚の餌にします」


殺人宣言!?…目がマジだ。


という訳で、私は春の同行をしぶしぶと了承する他なかった。





そして土曜日、私達は赤澤さんの家の前…正確には家の前にある門の前に居るわけだが…


「デカッ…広っ、家じゃなくて屋敷じゃん」


「ワオ!ゴージャス!」


何で英語?


赤澤さん宅は予想以上に広く、ただ家が建っているだけなのに、威圧されてしまったような気がしてたじろいでしまう。こんなに広い屋敷はテレビの中の世界だけかと思っていた。

案内状が届いていたから、その住所までやって来たが…間違えたのかな?


にしても…


「春、その巨大なバックの中身は一体なんだ?」


私は隣に居る春が持っているバックの中身をジト目で見る。


「え?これですか?これは、今回必要そうな物を、いーっぱい持ってきたんですよ」


必要そうな物?着替えとかかな?でもそんなに沢山は必要ないだろう…せいぜい旅行カバン1つくらいで足りると思うんだが。


「で?中身は?」


「某人気ミステリー漫画50冊と、ミステリー&サスペンスドラマDVD100枚と、後は…」


全部要らねぇ…つーか使えねぇ…


「それは、いつ使うんだ?」


「似たようなトリックがあったら、すぐに調べられないかと思いまして」


探し出すのに何時間かかると思ってるんだ。なら普通にトリックを考えるわ


私が頭を抱えていると、家の前の門が開いた。


「あの…門の前で一体何を騒いでいらっしゃるのでしょうか?もしかして不審者ですか?」


気の弱そうなメイドさんが現れて、私達二人の顔を交互に見やる。


「す…すいません。本日こちらに伺わさせてもらうことになっていた夢見です。赤澤七奈美さんはご在宅でしょうか?」


「お嬢様ですか?」


「おおおおぉ!?」

「お嬢様!?」


私と春は、目を丸くさせて驚いた。


何だってこんな立派な屋敷のお嬢様が、うちの小さな事務所に依頼なんかしに来たんだろうか?他にも依頼できる場所なんてたくさんありそうなものなんだけど。


「先生!聞きましたか!?お嬢様だそうですよ!お嬢様!私がそう呼ばれたいですよ!」


「いや、春がどう呼ばれたがっているとか知らないんだが!?」


「確かにお嬢様は現在屋敷の中にいらっしゃいますが…ホントにお嬢様のお知り合いですか?」


疑われている!?まぁ、第三者から見れば確かに怪しさマックスかもしれない。主に誰かのせいで。


「いえ…私達はホントに…」


「どうしたのかね?君」


気がつけばメイドさんの後ろに、白髪の燕尾服姿で、歳を感じさせるが凛としたたたずまいの初老の男性が立っていた。


「あっ、真中(まなか)執事長」


「「執事長!!?」」


またエライのが出てきたな…メイドの次は執事ってか…何なんだ一体。


「この方達がお嬢様の知り合いと申されているのですが…」


「ふむ…」


メイドさんから説明を受けた真中という男性が、顎に手を当てて私達を交互に見て口を開く。


「申し訳ないが、あなた方のお名前をお伺いしても?」


「あっ、夢見です…」


「小鳥遊春と申しますですわよ」


ですわよ…?


「夢見様と小鳥遊様…成る程、あなた方が本日伺いに来るというお客様でございましたか」


どうやら赤澤さんの家は、ここで間違いなさそうだ。いっそ間違ってた方が落ち着けたかもしれないが…


「先生…ここで間違いないみたいですわよ」


さっきから、そのですわよって何なんだ。


私が奇妙な物を見るような目で春を見ていたのに気がついたみたいで、春が私の顔を見返してきた。


「どうかいたしましたのですか?ですわぁ先生」


喋り方無茶苦茶だし…


「さっきから、君の口調がどうにも気になってね」


「こう言う場所では、このような喋り方が一番と思いましたのですわよ。似合ってますで…」

「気色悪い」

「ヒドイ!?」


だって、いつもの春を知ってる身としては、そんなしゃべり方をされると身の毛がよだつんだから仕方ないだろう。


「ハッハッハ!面白い方々ですな。いつまでもお客様を立たせておくわけにはいきません。さぁ中へどうぞ、君は仕事に戻っても構わないよ」


「かしこまりました」


真中さんは、メイドさんを屋敷に先に戻すと、私達を案内しながら屋敷の中に入る。


屋敷の中といっても、まだ庭の中を歩かされているだけであり、外に居ることに変わりはない。

外から見えている屋敷だが、あまりにも遠く感じる距離だった。


「その…ものすごく広いお屋敷ですね…もっと一般的な家庭をイメージしてたんですが…」


「広すぎて迷子になりそうです」


真中さんの後ろで、圧倒されながら歩く私達を見て、真中さんは笑いながら答える。


「えぇ、それは先代の赤澤財閥のご当主さまが建てたお屋敷ですから、これくらい広いのは当然でございます」


「ご当主さま…というと」


「…亡くなられた旦那様のお父様つまり、お嬢様の祖父にあたるお人でございます」


まぁ、そうだろうな。この流れなら誰でも思い浮かぶ。


「なら、私が今からここの当主ということに…なりませんかね?」


ならってなんだ。なりませんかね?じゃない。なるわけないだろ。君は一般の女子高生なんだぞ。


「ハッハッハ!そうなる未来があっても面白いかもしれませんね」


「あれ?意外と好印象?」


「建前だよ建前」


「先生はもう少し私を労ってくれてもいいと思うんですが!?」


「労っているだろう?給料は出してる」


「時給900円で!?そんじょそこらの安いアルバイトと同じじゃないですか!!」


「押し掛け助手をしておいて、言うじゃないか」


「押し掛け助手ってなんですか!?」


「お二方、そろそろお着きになります。くれぐれも中にいらっしゃる方々にご迷惑のないようにだけお願い致しますね」


当たり前の事だな。私達はいわば一般の庶民で、相手は貴族だ。

そんなことをしたらどうなるか…考えたくもないな。


「先生、迷惑ってどこまでが迷惑なんですかね?」


「主に君がいつもやっていること」


「私、迷惑しかかけないと思われてる!?」


今現在も、充分迷惑をかけていると言っても過言じゃないと、私は思っているね。


「お二人とも、お静かに…では、扉をお開けいたします」


そう言って、真中さんは屋敷の扉を開けてくれた。


屋敷の中…予想以上に広いな。


私達が中に入ると、七奈美さんが急ぎ足でこちらにやって来た。


「お出迎え出来ずすいません!事件の日に集まっていた人たちを本日はお呼びしていまして…せっかく来ていただいたのにそちらにまで手が回らなくて」


「いえ、気にしないでください。押し掛けるように来たのは自分達なので」


「スッゴく綺麗です!」


「あ…ありがとうございます。それではこちらへどうぞ、あちらの部屋で皆様を集めておりますので、どうぞご遠慮なく」


そう言われ、私達は七奈美さんに客間へと案内されて行った。

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