リセットの代償

「次の、幽体は12歳の男の子でした。」


私は、宮部さんにそう言いながら話し出した。


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あれは、私が、27歳の夏。


たまたま、通った道で男の子は真っ赤な屋根の家を見つめていました。


人ではないのは、すぐにわかりました。


裸足で、真っ黒な手をしてる彼に誰も気にも止めないからです。


私は、少しだけ疲れていました。


TV映えする幽体を考えてこちらやこちらと赤羽あかばねさんに指示されていたからでした。


めんどうだなと初めて、幽体に思ってしまった。


それでも、私以外に彼の存在に気づく人はいない。


だから私は、思い切って彼に近づきました。


「どうしましたか?」


『見えてるの?』


「はい」


『リセットしたんだ。なのにね、なのに、元に戻らないんだ。』


「リセットですか?」


私は、彼の手を取りビジョンを受け取った。


「あー。もう、君は死んでいますよ」


夏目佑依なつめゆい、一家全員を殺害し、家に火を放った子供の幽霊でした。


「行きましょう。ここは、もう夏目君の家ではありません。」


私は、夏目君を家に連れて帰った。


「私は、三日月宝珠みかづきほうじゅといいます。夏目君、お話をしましょう。何故、リセットをしたのでしょうか?」


『三日月さん、初めまして』


まだ、あどけない顔で笑う少年の奥に潜んでいる殺意が私には見えなかった。


「初めまして」


『僕ね、成績がいつも悪くて、お兄ちゃんやお姉ちゃんに馬鹿にされてばかりだった。』


「はい」


『そんな時、同級生の椎名君が、お家でゲームをさせてくれた。』


「はい」


『それが、スカッとする程楽しいゲームなんだ。』


「はい」


『銃でね!殺すんだ!沢山の敵を!それで、負けたらリセットを押してやり直す。そしたら、復活してまた戦えるんだ。それを、何ヵ月も繰り返し遊んだ』


「はい」


夏目君は、私をジッと見つめた。


『そして、気づいたんだ。家で、お父さんにどうして佑依はこんなに馬鹿なんだって責められてね』


「はい」


『リセットしたら、優しいお父さんになるんじゃないか?って』


私は、夏目君を見つめた。


『最初は、想像だったんだ。でもね、お婆ちゃんもお爺ちゃんもお母さんもお父さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、僕を駄目な人間だ。馬鹿だ!クズだ!って言うのはかわらなくてね。』


「はい」


『リセットボタン押したんだ。』


「リセットボタンですか?」


『うん。ここにあるでしょ?』


そう言って、私の胸に手を当てる。


「それは、リセットボタンではありませんよ。」


『そうだったみたい。だって、みんな何日待っても帰ってこないんだ。』


「だから、火をつけたのですか?」


『そうだよ!僕も行かなきゃリセットされないって思ったから』


「ただ、こうされたかった。だけでは、ないのですか?」


私は、夏目君を引き寄せてギュッと抱き締めた。


『三日月さん』


「リセットボタンなど、人間には存在しません。一度きりの命なのです。だから、佑依君は家族を殺した殺人犯ですよ。でも、佑依君をそこまで追い詰めたのも家族です。もう、これ以上家族を待たなくていいのですよ」


『ワァーー、ワァー』


大声を出し、大粒の涙を流し夏目君は泣いた。


『頑張ったねって褒めて欲しかった。大丈夫だよって抱き締めて欲しかった。ただ、それだけだったんだよ。殺したいなんて思ってなかったんだ。』


「わかってますよ。佑依君は、よく頑張りました。家族をもう5年も待ち続けた。」


私は、そう言って夏目君の頭を撫でる。


『三日月さん、僕悪い人間?』


「いえ、そんな事ありませんよ。佑依君は、愛を教えてもらえなかっただけです。次の世は、佑依君にとって素敵な世になるといいですね。大丈夫。もう、充分すぎる程。罪は、償いましたよ」


私は、夏目君を抱き締めて背中を擦った。


「三日月先生、さよなら」


夏目君は、抱き締めた腕の中で消えていきました。


成仏したのか、そうではないのかはわかりません。


ただ、私の前には二度と現れませんでした。

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