初めての挫折をした幽体
私は、
『三日月先生』
「うーん。誰ですか?」
『
「あー。幽体さんですか。いらっしゃいませ」
この幽体も、幸せに
『三日月先生、お疲れではないですか?』
「いえ、大丈夫ですよ。」
私は、起き上がった。
明日が、休みでなければ仕事を休んでいた。
崎村さんは、私の隣に座った。
『私は、結婚して二年目の専業主婦です。』
彼女は、私の手を握りしめた。
「初めての挫折だったのですね」
『はい、人生で初めてです。』
「欲しいものは、全て手に入ってきましたね。努力をすれば、何でも手に入ってきましたね。」
『はい、そうです。』
崎村さんは、努力で欲しいものを全て手に入れてきた幽体だった。
誰もが羨むハイスペックだと言われる旦那さんも、努力を続けてゲットしたのだ。
高級なマンションも手に入れ、家族にも愛され、友人にも愛され、幸せな人生だった。
「努力をしても、手に入らないものを見つけたのですね。」
『はい』
私は、彼女から見せられたビジョンに泣いていた。
「病気に気づいたのが遅かったのですね。」
『まだ、25歳だったので過信していました。』
「気づいた時には、温存治療が出来なかったのですね。」
『はい。全摘出になりました。私のここにはいずれだらりと伸びた腸で埋まったでしょうね。』
彼女は、泣いていた。
「それでもいいじゃないかと、旦那さんは言っていましたよ。崎村さんが望むなら養子も視野にいれて行こうとも…。」
『嫌だったんです。私が、養子は…。彼の子供を産んであげたかったんです。女としての人生に×がついたんです。街ゆく家族を見て、お前には二度と手に入らないと言われてる気がした。被害妄想かもしれない。それでも、私は、彼と私の血を分けた子供が欲しかったのです。それは、いけない事ですか?』
私は、首を横に振った。
『努力すれば、何でも手に入ったのよ。両親も言っていたわ!努力は、優奈を裏切らないって!嘘じゃない、裏切ったじゃない。』
そう言って、崎村さんは泣いていた。
「裏切ってないじゃないですか、崎村さんの病気が治ったじゃないですか…。違いますか?」
彼女のビジョンから見えた余命宣告。
彼女は、お医者さんに言われていた。
【素晴らしいです。こんなに綺麗に完治するなんて】
『そうだったわ。三日月先生、私忘れてた。病気を治したんだった。』
30歳の夏に、彼女は死を選んだ。
「病気が治った事よりも、埋まらなかったのですね。崎村さんの心が…。」
『三日月先生、そうなの。ずっと、埋まらなかったの。努力しても手に入らないものを見つけてしまってから心が埋まらなかったの』
「崎村さんは、悪くないですよ」
私は、崎村さんの髪を優しく撫でる。
彼女は、私に色んな話をし始めた。
『子供、子供っていい加減にしろよって言われたの。優奈の気持ちはわかるけど、無理なものは無理なんだ。わかるだろ?って私は理解したくなかった。わかれば、自分が女として無価値だって知ることになるから…。それから、いい雰囲気になったらスッとかわすようになったの。抱かれた所で子供は授からないのに、何でこんな行為をしなければいけないのかわからなくなったの。』
崎村さんの苦悩を私は、感じていた。
何でも手に入る時代にいながら、努力で手に入ると教えられながら、彼女はそれを掴み取る事も叶わなかった。
その痛みや苦しみを、誰にもわかってもらえなかった。
人は、一人として同じ痛みも悲しみも苦痛も愛も喜びもないのだ。
ただ、似た形だから共鳴するだけに過ぎない。
それを人は、自分と違うと叩く。
たいした事ないとあしらうのだ。
そんなものは、誰に決められたくもない。
自分でしかわからないものなのに、ただ少し、ほんの少しだけ、わかるよって言ってもらいたいだけなのに…。
黙って聞いてもらいたいだけなのに…。
私は、崎村さんの話を黙って聞いていた。
彼女は、スッキリしたようで帰っていった。
死にたい理由も、様々だな。
私は、もう一度眠りについた。
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