薔薇、木春菊、彼岸花


愛されていた。

私たち三人は世界から愛されていた。


手を振ると皆が喜んでくれていた。


アリスは歌を、マーガロと私はギターを弾いていた。

アリスはベースも弾けていたけど歌の方が好きだった。

歌っている時は俗世から離れられる、と中学生の時に自慢げに話していた。

俗世って何だよとからかいながらも、私はアリスの歌を愛していた。


心の中で「俗世から離れられる」という単語へ引っ掛かり、共感しながらも、三人でずっと一緒に居た。

三人で一緒に死ぬつもりだった。

そのくらい一緒に居た。


バンドを解散したのはアリスが高校に上がった時だった。

丁度その頃マーガロも高校を卒業した頃で、私達三人の心は遠く離れてしまった。



アリスが高校を卒業した時、大泣きしながらこう言った。

「__が警察に捕まった」


耳を疑った。

__はアリスの恋人だった。

彼女が危ない橋を渡っているということは知っていた、いつかはそうなると理解していた。

けれど受け入れられなかった。

マーガロも目を見開いて驚いていた。


二人でアリスを抱き締め頭を撫でた。

しかしアリスは二度と歌を歌えなくなった。

隠れ家全員が絶望した。

これではアリスが、彼女が苦しんだまま生きなければいけなくなる、と。


その頃に隠れ家でとあるルールが決まった。


性別についてとやかく言われたくない人達に対して「その他」という選択肢を設け、隠れ家の人間は何も聞かない、聞いた瞬間全科や余罪、情報全てをばら蒔いて追い出すと。

トランスジェンダー男性、トランスジェンダー女性。

無性別や中性、両性、不定性。

そんなカテゴリーは必要ない、ただの人間でしかない。

そう思おう、と。


このルールを決めたのはイロハだった。

「私の恋人が少しでもそういう話題で苦しむなら他の人間を皆殺しにする」と、泣き疲れぐっすり眠っている彼女の恋人、昔から性に対して疑問や不快感を持っていたクロエの髪を撫でながら。


イロハは自分から進んで隠れ家の中を整理し、自らの私財を投じてでも維持に勤めた。

胸を張り凛とした彼女は美しく、隠れ家一同はイロハの事をこう呼ぶことにした。

「帝王」と。


アリスも喜んでいた。やっと受け入れられる、と。

私達も嬉しかった。

私の家族も、喜んでいた。

カルマだ。

「男だと自称するのにも女だと言うのも飽きた」と言いながら、イロハと同じように…自らの恋人、私の義理の家族にあたる人物、リリーの頬を撫でていた。

リリーはニヤニヤと笑っていた。


雪はそんな皆を見ながら本を読み、よそ見したせいで紅茶を溢し高い声で叫んでいた。

ラフはそれを見て「前よりも高い声出たじゃん!」と何故か喜んでいて…。

アリスの居場所はここだと、心の底から思った。


アリスの辛い過去や恋人との事が時間と共に消えていけば良いと思った。


新入りが来た。名前は「アヤ」。

アリスはアヤへ歌を教えていた。

私があげたギターを大事に抱えているアヤへ、歌を教えていた。

アヤは嬉しそうに微笑みながら何度も質問し、アリスは何度も答えていた。


二人が付き合えば良いのに。


そう私が言った時、真っ先に否定したのはアヤだった。

首を横に振り「相応しくない」なんて言っていた。

アリスは顔を真っ赤にしながらも「悪い気はしない」と笑っていた。

こんな日常が続けば良いのに。





それから数年後、アリスは死んだ。

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