花に成るにつれて(糸蘭)



傷は、困惑していた。

向日葵という自らの恋人と、自らの知り合いである花屋が体を絡めている姿を見て。

上がる湿度に高くなる媚声。

傷は困惑すると同時に、激しく嫉妬していた。


向日葵は眠っていた。

傷は花屋の着ているタートルネックの襟部分を掴み、怒りに任せて責め立てた。


花屋は「向日葵はこういう子なんだ」と言ってから、黙り込んでしまった。

心を読める傷は、花屋が向日葵に対して抱いている感情を少し前から理解していた。

だが実行はしないと思っていた。信じきっていた。

なのに、裏切られた。

裏切られたのだ。


「何故僕の恋人に手を出した!!」

怒号を浴びせる傷へ、花屋はこう呟いた。


「向日葵とはずっとこういう関係だった」

「向日葵は愛されていたい人間で、自分もそうだから」

「お互いの隙間を埋め合ううちに離れられなくなってしまった」

「貴方だって向日葵の事は理解している筈だ」


傷は、妙な気持ちになってしまった。

花屋から手が離れる。

隙間?向日葵の隙間はなんだ?

それを知らなかった、否、理解しようともしなかった僕はこの二人を責められるのか。

向日葵の隙間を理解していない自分が、向日葵の側に居るに相応しい人間なのか。

心を読める自分が、理解しなければいけないはずの自分が何をしているんだと。

何もかもが分からなくなった。



「……向日葵の、隙間は、セックスで…埋まるのか」

「埋まりません、応急処置にしかならない」

「……お前の、隙間は」

「……埋まりません、未来永劫」

「……そうか」


傷は、同情していた。

隙間という単語に覚えがあるからだ。

自らの背にある傷、そして…花屋の腕に刻まれた、小さな細かい傷。

向日葵の心にある、大きな傷。

その隙間へ、覚えがあったのだ。


「…」

傷は、跪いた。

大きな花屋の手を握り、傷は目を見つめた。


花屋は、彼の瞳を綺麗だと思った。


何を思ったか、傷は、花屋の頬を親指で撫でた。

伸びた襟元から見える長く逞しい首。

目を見開きじっと制止している花屋の首を。

喉を…薬指でそっと撫でた。

泣きそうな瞳で、自らの首を、喉を、体を必死で隠す花屋。

「……ッ!!!!」


傷は、花屋を理解した。


目覚めた向日葵


三人は、見つめ合い、理解した。


花屋が首を隠す服を選んで着る理由を


二人が寝ている姿を、覗き見していた自分を


お互いへ劣情を抱いていた自分達を、理解した




花屋の空色の髪が濡れる


傷の背を大きな手が這う


向日葵の太ももが痙攣し、三人はお互いを理解した。




「…いい、場所があるんです、私達を理解してくれる…場所が」

花屋は二人へ隠れ家を紹介した。


二人は、グッと手を握り、花屋はタートルネックを着るのをやめた。






あの夜、花屋は二人へ打ち明けた

既に知っていた傷は、向日葵は、目を伏せ、目尻に溜まる涙を拭った





「私、」

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