第46話 とびきりの変化は、布団のなかその2

「いつも布団でテレビ見てたんだっけ?点ける?」


「要らないです・・あの・・龍ちゃん、私に全部合わせなくていいんですよ?いつもお部屋でどんな風に過ごしてたんですか?」


祥香が転がり込んでからこちら、平良の生活リズムは一変してしまった筈だ。


常に祥香優先の平良の思考は、彼自身の事を置き去りにしてしまっている。


それが、平良の意思であっても、ふたり暮らしをしている以上、譲り合いは必要だ。


「えーどうしてたかなぁ・・大抵テレビ適当に流し見しながら、芹沢とオンラインゲームやったり、スマホゲームしたりしてたかな」


「じゃあ、ぜひそれやりましょう。テレビも点けて大丈夫ですよ。ここは、龍ちゃんの家ですから、私に遠慮なんてしないで」


「もうふたりの家だよ」


やんわりと訂正されて、胸の奥が痛いくらい苦しくなった。


「・・・」


家賃も払ってないし、食費だって殆ど出して貰っている。


最近、祥香が自腹を切ったのは補充用の洗剤やシャンプーの詰め替えくらいだ。


でも、そういう現実的な事をいうと、可愛げがないのが更に酷くなる気がして、唇を引き結んだ。


同棲の定義がイマイチよく分からない。


どこまで甘えて、どこから線引きをするのが正解なんだろう。


「難しい顔しないでー。大体考えてる事わかるけど」


「え!?」


「わかるよー。家賃とか生活費払ってないのに、そんなおこがましいこと、とか思ったでしょ」


「・・・はい」


「俺がねー勝手に言い出したんだから、そこはどーんと預けてよ。それじゃ不安?」


「不安は・・・ないです」


不安のある相手とは一緒には暮らせない。


自分を預ける相手を見定めるだけの力は、もう手に入れているはずだ。


だから、平良の手を取った。


祥香の返事にほっと息を吐いた平良が、抱きしめる腕に少しだけ力を籠める。


つみじにキスが落ちて、そのまま彼が囁き声で切り出した。


「あーよかった。それが聞けたから俺も安心して眠れる。俺はね、祥香にこの家に帰って来て欲しい。この家の権利は確かに俺が持ってるけど、家主の俺がこの家の一員って決めたから、祥香はもうこの家の住人だよ。だから、ここは俺と祥香の家、わかる?」


「・・・はい」


「どうせすぐ財布ひとつになるんだから、今からそんな事気にしなくていいんだよ。この家ではめいっぱい自由にしてよ。それで、俺にもっと祥香の事教えて」


財布ひとつに、の所は聞かなかった事にした。


平良の覚悟や心積もりはともかく、同棲を始めて間が無いのに、未来を夢見すぎるのはよろしくない。


今だって現実味があまりないのに。


「十分自由にさせて貰ってます・・」


「そう?ならよかった」


「お布団取り上げられた事以外は」


これだけは一応伝えておこうと進言すれば、平良が腕の力をほんの少しだけ緩めた。


反省の表れだろうか。


「・・・それはー、だってずっとこのまま別に寝るのとか絶対嫌だから・・ごめんね、怒った?」


「怒ってはないです。ごめんなさい」


「何で謝るの?」


「だって!これまでの彼女さんはもっと素直・・・んむ」


平良が人差し指を祥香の唇に押し当てた。


「前の話はしなーい。昔の恋愛とかどーでもいいよ。ふたりきりのベッドで話す話題じゃないよね?俺はね、余所見も浮気も絶対しないよ。祥香の事しか考えてない。だから、ちょーっと強引になったのは大目に見てね、ごめんね。でも、ベッドの寝心地も悪くないと思うよ?祥香が苦しくないようにぎゅってさせて」


平良が少しだけ腕に力を込めた。


起きている時に抱きしめられるよりは弱い力。


こんな絶妙の力加減どこで覚えたの?と言いかけてやめた。


どんどん嫉妬深くなる自分が嫌になる。


「で、でもベッドでゲームしても構いませんよ?」


「しないよ。祥香がいるのに。テレビも別に見ないし。俺ね、生活にこだわり全然ないんだよ。だから、祥香が一番居心地良い生活リズムを教えて?俺も同じようにしたいから」


前髪を梳いた平良が隙間から覗く額にキスを落とした。


つまり祥香が眠るまでこのままでいるということだ。


「あの、私っ、寝相良くないですよ?寝言とか言うかもしれないし、夜中急に目が覚めちゃうこともあるし。あ、安眠妨害になる・・かも」


「うん、大丈夫、構わないよー」


「アラーム鳴ってもなかなか起きないし」


「俺寝起きいいから、これからは起こしたげるよ。あと心配なことある?思いつく事何でも言ってよ、何でも聞きたい。祥香が俺と一緒に寝るのに不安があるなら、それを一個ずつ潰していこう。祥香が安心して俺と一緒に眠れるように」


ハチミツみたいな甘い眼差しが促してくる。


不安?戸惑い?


「もう・・ない、です・・」


言い訳も逃げ口上も出尽くしてしまった。


敗北決定だ。


最初から勝敗は見えていた。


腹をくくるしかない。


平良の掌は絶妙に祥香を怖がらせたりしない。


だから、残っているのは羞恥心だけだ。


明日の朝、どんな顔で私は彼におはようを言うの?


祥香が口を噤んだ後で、平良の唇が頬に触れた。


「よし、大丈夫だね。じゃあ・・・祥香がよく眠れますように」


閉じた瞼の上にも唇が触れた。


囁き声がさらに小さくなって、それでもちゃんと聞こえる距離にいることを思い知らされる。


ドクンと胸が鳴った。


背中を撫でる掌が、後ろ頭を包み込んだ。


手のひらの温もりに身体からじわじわと力が抜けていく。


指が髪の隙間を滑り落ちる。


視覚が塞がっているせいで、平良の指をいつも以上に意識してしまう。


項を軽くなぞって、髪を払った親指が顎の輪郭を優しく辿る。


駄目だ、拉致があかない。


「っ・・おやすみなさい」


意を決して告げた就寝の挨拶に、平良が柔らかい声で応えた。


「うん、おやすみー」

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