第48話 Love Affirmation skip over
「プロポーズの仕方がわかんない!?」
ビールを煽った勢いそのままで平良から飛んで来たツッコミ。
お前それはいくらなんでも無いだろう!と呆れた眼差しを向けられて、こちらもビールを煽ってから言い返す。
「それは分かる!てか一般常識として誰でも知ってるだろう!」
「まーねー。跪いて結婚してくださいってのは今時、幼稚園児でも知ってる」
うんうん頷きながら芹沢がつまみのたこわさびを摘まむ。
プログラマーの講演会に参加した帰り道、ちょっと飲んで行かないか?と声を掛けたのは宗方だった。
今日は平日のど真ん中水曜日。
定時退社日で、そのまま直帰で出てきている。
週末は宗方の家に来る事が多い(性格は連れ去る勢いで持ち帰る)美青も、今日は間宮のヲタク街巡りに付き合う約束があると言っていた。
さっちゃんもぜひにー!と呼ばれて、断り切れずに祥香も付いて行くことになったので、平良が早く帰る理由もない。
芹沢は誘えば大抵付き合ってくれるので、案の定すぐさま、いーねー行こうか、と返事が来た。
3人で飲みに行くのは久しぶりだ。
会社の飲み会で2次会に流れるのは最早固定メンバーだが、最初から3人というのは珍しい。
相談という程でもないが、平良が電光石火で祥香に結婚を承諾させた手腕が知りたかった。
美青と祥香はタイプが違うので、当てはまるとは思えないが、参考位にはなるだろうと踏んでの事だ。
同僚に先にゴールインされる事が決まって、癪に障ったとかいうわけでは・・ない。
「違う、そうじゃない。俺が聞きたいのは・・」
「俺はねー、半ば強引に結婚迫ったよー。もう泣き落としの勢いだった」
聞きたかった回答がコロンと転がり落ちて来て、思わず宗方は目を丸くする。
「は・・?」
道を歩けば振り向かない女子はほぼ皆無な色男。
社内だけに留まらず取引先にまでファンがいるという人気ぶり。
声を掛ければものの数秒でお持ち帰りが決定する、恋愛とは切っても切れない縁で繋がっているこの男が、強引に、泣き落とし。
どうせ完璧なプランニングで人気のレストランかなんかでサプライズしたんだろうと思っていたのに。
それは芹沢も同意見だったようで、興味深そうににやりと笑う。
「泣き落としってそれも凄いな。百戦錬磨のモテ男に泣き落としさせるなんて、今井さんってそんないい女なんだ」
「俺にとっては祥香以上の相手なんていないよ。どうしても一生俺の側に欲しいと思ったから、付き合って何年か経ったら捨てるつもり?そんな軽い気持ちで付き合ってるの?俺の事なんて遊びなの!?俺は全力の本気だよ、将来なんて最初っから考えてるよ!って言い募った。んで、ちょっとしたハプニングがあった時に、責任取らせてくださいってお願いした」
「わー・・なに、盛り上がって、まさか付け忘れた?」
「お前・・それは」
一番思い当たるのがおめでた婚だろう。
祥香の様子に変わった所は見受けらないが、妊娠初期という可能性もあり得る。
一番確実ではあるが、美青の性格を考えると納得してくれそうにない。
「それは無いよ。俺はいつ出来てもいいと思ってるけど、祥香の人生もちゃんと考えてあげなきゃいけないし。まあ、キャリア志向ではないから、ここの仕事が終わって家庭に入ったらいずれは・って感じかなー・・」
「妊娠は不味いだろ・・・さすがに・・」
「考えてないわけじゃないって顔だけど?」
そもそも宗方以外と付き合った事の無い美青だ。
そういう知識はせいぜい中学生レベル。
宗方が言いくるめられない事もない。
が、今の美青の事を考えると、そもそもあの華奢な身体で産めるのか?と思ってしまう。
不安定な体調で、妊娠の可能性は限りなく低い気もする。
妊娠の前に結婚だ、いやいや、結婚の前にプロポーズだ。
だから、美青が頷いてくれるようなプロポーズを考えたくて・・
ぐるぐると思考がループし始めた宗方のグラスに、自分のグラスをコツンとぶつけて、平良が眉を上げた。
「あのね、宗方。お前がどんな答え望んでんのか知らないけど、俺も必死だったからね。全然カッコ良くないし、サプライズとかそんな余裕無かったよ。参考にならなくてごめん。あ、でも、訊きたい事は言ったから、ここ奢りでいーよな?」
「ちゃっかりしてるよお前は・・・いいよ。奢る。お前がなりふり構わずプロポーズしたってだけでもかなり勇気出たしな。イケメンが足掻いてるなら、俺が足掻かないわけいかねぇよなあ・・」
「・・お、前向き発言が出て来た」
「良かった良かった。これで俺たちも美味い酒が飲めるな。店員さーん、すみません、生3つ追加でー」
嬉々として平良が店員に新しいビールを注文した。
”とにかく、結婚に関しては、男はひたすらお願いするしかないと思うよ?
苗字変わるのも生活変わるのも人生変わるのも相手の男次第なんだからさ。
だから、もう全力でお願いしろ”
万年モテ男のイケメンのアドバイスとは到底思えない、ざっくり過ぎる言葉に背中を押された、というか、覚悟を決めた。
”まー、あの橘がお前捨てて別の男とどうこうってまず想像できないから、大丈夫だよ。
宗方だから、引き受けらる所が大いにあると俺は思う”
芹沢の分析は尤もで、尤もなのだが、出向先の会社の一件もある。
間宮みたいにするする近づいて、美青が作り上げた馬鹿高い境界線の塀の向こう側に飛び込んで、我が物顔で懐いてしまう男がこれから現れないとも限らない。
付き合うようになってからもいちいち付きまとう不安は、美青が自分から近づいて来てくれたという実感が乏しいせいだ。
もっとこう、にゃんにゃん言って甘えて来る感じを、俺はどっかでイメージしてたんだろうな・・
過去の彼女を思い浮かべてみても、共通して甘え上手なタイプが多かったように思う。
”同業種の女は、理系で無駄に頭良くて可愛げなくて融通が利かないからパス”
部署の誰かが言っていた台詞だ。
感情に振り回されるのも大概面倒くさいけどな、なんてその時は思っていたが、怒って泣いて胸の内を吐き出してくれたほうがなんぼかマシだと今なら思う。
無言で黙り込まれる事が一番怖い。
美青の頭の中で弾かれている数字が導く答えが、自分との破局だったらどうしようと不安に思う事がある。
追っかける恋愛ってしんどいな・・・
捕まえたら終わりってわけじゃねぇんだよなぁ・・
だからこそ、このままの付き合いが続いてしまう事が怖い。
大の男が怖いとか馬鹿かと思っていたが、怖いものは怖いのだ。
腕の中に確かにあったはずの温もりがある日突然、消えてしまうんじゃないかと怯えてしまう。
じゃあなにか、一日一回美青の口から”好きだ”と言わせれば満足なのか?
それも違う気がする。
寄るな触るな近づくな、と威嚇しまくっていた美青が、宗方のお節介に鳴れて、二回に一回は食事を摂るようになって、時々食事に誘えるようになって、警戒心が少しずつ解けて行って、恋愛なにそれ美味しいの?という現実主義の彼女の中に、必死に恋愛感情を芽生えさせようと四苦八苦した。
伸ばした腕の中に飛び込んできてはくれなくても、そっと指先を握り返してくれたから、それだけで良かった。
そうだ、俺は美青から執着されたかったのだ。
付き合う事になったあの時のように、確かに美青が自分を必要としていると実感したかったのだ。
その先の未来も望んでいる事を、伝えて欲しかったのだ。
放っておけば名ばかりの”オツキアイ”になりかねない美青を宥めて、どうにか家に上がり込めるように仕向けて、二人きりの距離感に慣れてくれるように働きかけた。
初めての時も、怖がらせない様に、戸惑うたび立ち止まって、確かめたつもりだったけれど、俺なりの手加減も、美青にとっては強引の範囲から出ていなかったのかもしれない。
そもそも未経験の相手にどこまで譲歩すれば良いのかなんて、ネットで検索したデータだけでは分からない。
これまでの経験総動員で優しくしたけど・・・優しく・・
何となく予想はしていたが、翌朝ベッドから起き上がる事が出来なかった美青の罵詈雑言も一身に受け止めて、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
もうほっといて!と喚き散らす美青を宥めて、慰めて、照れて不貞腐れた美青は終始布団に潜りっぱなしだったが、それでも一緒に過ごした時間は最高に幸せだった。
追いかけて、追いかけて、どうにかその手を捕まえて胸の内に引きずり込んだと確信が持てた朝だった。
逃がすもんかと、抱き潰さない様に手加減しながら、絶対に逃れられない力加減で閉じ込めて、ほっと一息ついた週明け、いつも通り仕事をこなす美青の姿を眺めながら、激的に何かが変わる訳ないか、なんて思ったりして。
けれど、一緒に過ごす時間が増える度、ほんの少しずつだが美青の機微が読み取れるようになって、甘えようとする仕草や、素直になれずに口ごもる表情が、どんどん可愛くなっていって。
目に見えて変化が現れるようになったから、功労者として胸を張る一方で、どうにも胸の奥が落ち着かなくなった。
あの空っぽの薬指を、この左手に絡めて繋ぎ留めなくては、本当に美青を捕まえたことにはならないんじゃないか?
誰が見ても売約済みと分かるような証が欲しい。
おもちゃのペアリングじゃなくて。
未来永劫誰にも奪われませんという確約が。
美青から強請ってくれればいいのに・・・
”あんた、いつまでこのままでいるつもり?”
彼女の口から出る訳がない台詞。
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