触手で恋は掴めない

弥良ぱるぱ

五月皐月

「なぁなぁ長谷川の奴、最近ヤケにモテるじゃん」


「そうなんだよ、加藤に水無月、柏木に宮田、それに隣のクラスの加古川かこがわさんまで……ホント信じらんねぇ」


「羨ましいよなぁ。一人暮らしのアイツんち、ぜってぇヤリ部屋になってるぜ」


 次の授業の準備をしていた矢先に、ふと男子達の声を拾った。いつものように聞き流せば良いものを、私としたことが長谷川君の名前が出た瞬間ついつい反応してしまったのだ。しかしこれほどまで下品に長谷川君をけなされると、心なしか教科書類の扱いが手荒になってしまう。


「ねぇ、皐月、皐月ってば」


 聞きなれた声と共に、突然後ろから肩を叩かれた。


「なに深雪。今ちょっと機嫌悪いんだけど」


 半ば無視するように次の授業の準備を続ける。


「そう言わずに聞いてよ皐月ぃ。隣のクラスの加古川さん、もう別れたらしいよ」


「えっ! いつ!」


 耳を疑う重大ニュースに慌てて後ろに振り返る。すると深雪は驚いたのか、短い髪を弾ませながら姿勢を後ろへと仰け反った。


「うぉあびっくりした。昨日だよ昨日、ウチらの教室の前で長谷川君がバッサリ切り捨ててたところ見ちゃったの。……でも加古川さん、かなーり性格が歪んでたし__」


「__流石の長谷川君でも三日も持たなかった」


「そゆこと。……まぁそれはそうと皐月ぃ、やけに嬉しそうじゃん」


 気づかぬうちに反り上がっていた口角をそっと指でなぞる。嬉しくない訳ないじゃない。


 下品な男子達の会話よろしく、ここ最近彼の隣には常に女の姿があった。一人当たりの期間はまちまちだったが、私が覚悟を決めて、いざ告白を決行する頃には既に別の女が幅を利かせていたのだった……。


 そんな彼の隣に空きが出来たのが、つい昨日のことだという。つまり運が良ければまだ私にも告白するチャンスはあるはずなのだ!


 ようやく告白の挑戦権を得られた喜びとこれから実行しなければならない緊張感が同時に押し寄せる頃、スカートに忍ばせていたスマホが振動しだす。メッセージを受け取った時の独特なものだったので急いでスマホを取り出すと、画面には電源を入れるまでもなく短いメッセージが映し出されていた。


  【うちの学校の姫川って子、今日長谷川君に告白するらしーよ】


 っええええぇぇぇぇ!


 信じらんない信じらんない信じらんない信じらんない。ってか姫川って子はどこで長谷川君がフッた情報を入手したの?


 スマホの画面は仕事を終えたと言わんばかりに電源が落ちる。けれども私は状況が上手く呑み込めず、ただただ黒い手鏡と化したスマホに映る呆けた自分と目が合っていた。


「ねぇ皐月ぃ、大丈夫?」


 電源ボタンを入れ直し、すかさず深雪に見せる。

 

「はえー、凄い情報通もいたもんだ。でもでも、相手はウチらの学校じゃないんでしょ? だったらさ、それより先に皐月が告っちゃえば良いんじゃね?」


 深雪の提案にはたと気づく。そうだ、その手があったんだ!


 奪わなければ、奪われる。そんな当たり前のことにも理解できずに、ただおめおめとしていた今までの自分がとてつもなく情けなかった。


 今度こそ、長谷川君をモノにする。

 

 決意を固めた丁度その時、授業れんあい開始のチャイムゴングが鳴った。






 辺りが赤く色ずく夕方、私は見知らぬ場所を歩いていた。こんな時間だというのに子供の遊ぶ声もしない、まるで空き家が連なっているかような物悲しい街並みが続く。けれど決して迷子になった訳ではない。だって私の目の届く距離には、目的の長谷川君が歩いているのだから。


 告白する機会を得るために、いつしかこんなところまで付いてきてしまった。もう帰り道なんてとうに忘れてる。しかしようやく彼が一人になったこの状況は何事にも代えがたかった。


 今だ、皐月。

 行くんだ、私。


 先程まで必死に抑えていた足音を解除し、大股で長谷川君に近づいていく。そして歩調と連動しているかのようにうなり始める私の心臓。


 彼との間隔はおよそ2mを切る。もう声を掛ける適正距離だ。今にも爆発しそうな胸に拳をあてがい、意を決して口を開いた。


「は、はしぇがわ君!」


 やばい噛んじゃった。


 長谷川君はそんな素っ頓狂な声に驚いた様子で振り返る。


「おえっ? ああ、なんだ五月いつきか。お前の家もここの近くなの?」


 彼の見開かれた目が私だけを見てくれている。もうそれだけで嬉しかった。


 さあ、後は告白するだけ。あとほんのちょっとの勇気で済むんだ。


 がんばれ私、長谷川君に気持ちをぶつけろ。


「う、うん。……あ、あのね長谷川く__」


「__じゃあいいや、途中まで一緒に帰ろうぜ、ここら辺ひと通りが少ねぇしさ、不気味だったんだよ。いやぁお前がいてマジ助かったわ」


 長谷川君はにこやかに笑うと再びスタスタと歩き始める。私も彼に遅れまいと止まった足を動かした。


 告白失敗。


 一歩一歩進むごとに実感していく激しい後悔。しかしまだ完全に終わった訳ではない。飽くまでタイミングが悪かっただけだ。


 今度こそ、今度こそ成功させてみせる。


「ねぇ長谷川君、ちょっと聞いてくれるかな」


 長谷川君の手を強引に掴んで彼を止める。


「なんだよ、そんな改まって」


「あのね、私……ずっと、ずっと貴方のことが……」


 好き、好き、大好きだったの。


 言え、言え、言うんだ私。これまで他のライバルに先を越された悔しさを全てぶちまけろ!


「貴方のことがス__」


「__あれ? もしかして、お邪魔だった?」


 真横から女の声がした。


 完全無防備な状態での不意打ちによって、全身すっかり固まってしまった。その中で何とか首を動かして声がした方向を確認する。するとそこには制服を着たお嬢様が公園の前に立っていた。顔の造形からして私とは住む世界が違うくらいの美人。しかしそんな人物がなぜこんな辺鄙へんぴな場所にいるのだろうか。


「そ、そんなことねぇよ、コイツはただのクラスメイト。単にさっきそこで会っただけだ。じゃあな五月」


 え?


 唖然としている最中、ふと手に伝わる暖かな感触が消える。気づけば長谷川君は美人の方へと駆け寄っていた。


 凄く仲の良い、別々の制服を着た男女。私はこの時初めて、この美人の正体が姫川であると確信した。しかし既に時は遅く、薄暗い公園を腕組をして去っていく二人の背中を、ただただ目で追うことしか出来なかった。






 辺りはすっかり日が暮れて、点々と佇む電灯にはもう明かりが宿っている。それでも私は見知らぬ土地の見知らぬ道をただ当ても無く彷徨っていた。私の目的であった長谷川君はもういない。あの姫川に取られてしまった。容姿が良くて上品で、女の私でさえ惚れてしまいそうな逸材。


「……こんな私に勝てっこないよ」


 ポロっと出てきた独り言は、変えようもない真実だった。度重なる幸運も、頑張ってきた努力や勇気も、全てあの姫川の前では無意味でしかない。そう痛感させられた。


 けど……

 でも……


「やっぱり長谷川君が好きなの……」


 抑えきれない感情はとうとう声だけでなく目からもこぼれる。ポロポロと頬を伝う涙は真っ直ぐに落ちていき、地面と触れ合うその前に、球形のまま空中で止まった。


 ???


 現状起きたことが理解できず、とりあえず身を屈めて静止している涙を触ってみた。


 硬い。成分は水で間違いないのに、水晶みたく硬かった。


 こんな現象、まるで時間が止まったかのような……いや、だったなんで私は動けてるんだ?


「泣き止んでくれたかい? お嬢ちゃん」


 またしても女の声が聞こえた。けれど今度はもっと大人びている。ライバルではないと悟った私は声のする方に姿勢を正す。


「はい、もう大丈夫で……」


 思わず言葉に詰まった。なにせ目の前に佇む女性は明らかに異常者だったから。裸体の上から赤黒いタコに似た触手が何本も重なり合うように張り付いていた。その醜悪な服は女性だけに留まらず、女性の足元に四つん這いになっている男性にも着せられていた。あいにく顔は触手で覆われ、誰なのか判別も付かった。そんな男性の首には野太い荒縄のリードがくくられており、縄の先は女性がしっかりと掴んでいる。


 これではまるで犬の散歩だ。


 しかし彼女は微塵も気にせず、肩まで伸びる白髪を指でいじっていた。


「でもボクはそうとは思わないなぁ。だってお嬢さん、フラれちゃったんでしょ?」


「⁉ み……見てたんですか?」


「いんや? 知ってるだけ。でも分かるよ、愛しい人を取られる気持ち。ボクもそれが辛くて魔法使いになったんだ……。だからね? お嬢ちゃん、君には特別に魔法使いになる権利を与えよう。それなりの“代償”はあるけれど、なってしまえば呪文ひとつで何でも思いのままになる。さあどうだい?」


「そんな、どうだと言われても……」


 確かに今の私では絶対に姫川には勝てっこない。それは紛れもない事実だ。けれどもし、彼女の言う通り魔法使いになれたなら、長谷川君を惚れさせるのも容易なのだろうか。


「一応聞きますが、その“代償”って何ですか」


「本当に好きな人からは好かれない」


「そんなの絶対に嫌です」


「即答は傷つくなー……。でも、まぁいずれ君も受け入れるさ。じゃあここからはボクがいつもしてる提案だけど、君にボクの魔法の一部を与えよう。ただ魔法使いではないから呪文の効果も一種類。それに唱えるごとに“代償”も発生するけど、魔法使いになるよりかはずっと軽い。“代償”はそうだなぁ、この前は男の子だったから……よし、君の場合は“男運が悪くなる”にしよう」


 端から私は長谷川君にしか使う予定がないし、それに“男運が悪くなる”なんて、おみくじでしか見たことがない。そんなデメリットなんて初めからあってないようなものだ。


 私は魔術師の提案に静かに頷いた。


「よし、じゃあ交渉成立だね。じゃあ肝心な呪文は……」







 家に着いた頃にはもう夕食が並んでいた。心身ともに疲れ切っていた私は素早く料理を平らげて、早々に自室へと戻った。


 おぼつかない足取りでベッドに近づき、そのまま倒れるように身を沈ませる。まるで疲労がベッドに吸われていくかのような感覚を味わいながら、だんだんと明瞭になっていく脳ミソで今日の出来事を思い出していた。


 深雪から教えてもらった長谷川君への告白チャンス。放課後に尾行までしてやっと手に入れたそのチャンスを、あの姫川という圧倒的な存在に奪われてしまった。


 その後に出会った魔法使いから呪文を教えて貰ったはいいが……。


「こんなバカバカしい呪文どうやって使えばいいのよ」


 こうして一人で思い返していたとしても、すぐに顔が赤くなるほどだ。しかしこれを長谷川君に聞かせなければならないのだから、なお困る。その時の私は一体どうなってしまうんだろう。正直、質の悪い罰ゲームをやらされる気分だった。


 罰ゲーム……。その言葉を引き金に緊張が走る。


 この呪文を本人に聞かせたとして、もし、仮に、万が一に、効果が無かったとすれば?


 それこそ笑い話にもなりやしない。どうしよう、ここに来て不安が一気に押し寄せて来た。ただ誰かで試す訳にはいかないし、一体どうすれば……。


「クゥン……?」


 愛犬のコタローが中途半端に開いていたドアをその巨躯でもって押しのけて、私の部屋へと入って来ていた。


「あぁコタロー。ほら、こっちおいで」


 渋々ながら半身を起こし手招きをすると、コタローは尻尾を振って駆け寄って来た。ベッドの上に飛び乗って、撫でろと無言の催促を始める。いつもの事だと割り切って、老犬に似つかわしい硬く曲がった背中を撫でていたら、ふと悪魔的なアイディアを思いついてしまった。


 試しにコタローに呪文を掛けたら?


 一応これでも分類上はオスだ。それに犬なのだから、たとえ失敗したところで呪文の意味も分かりはしない。


 やる価値は十二分にあった。


 意を決し、私を見つめていたコタローの頬を両手で包み込む。

 

「きっ、キ……キスキスキスみー、らぶらぶユー」


 こ、声に出すと余計に恥ずかしい。


 でも何故か妙な達成感を得られたよう__


「__バウッ!」


「きゃっ」


 私目掛けて飛び掛かるコタロー。その余りの勢いにコタローもろとも後ろに倒れてしまった。全体重を預けているのか、凄く重い。


「ハッハッハッハッ……」


 やけに荒い息遣いと共に、何かが私に高速で当たったり離れたりを繰り返している。もしかしてこれってコタローのおチ__


「__や、止めて!」


 コタローを力いっぱいに押しのけた。するとコタローは真横に転がり、ベッドの下で仰向けになった。怒られたからなのか、相手にされなくなったからなのかは不明だが、諦めた様子のコタローは自分の股間をペロペロと忙しなく舐めていた。


 老犬になって随分と経つが、この行動は間違いない。コタローは確かに発情している。相手は恐らく……この私だろう。


 コタローの異常な行動を目の当たりにして、ようやく呪文に効果があるのだと実感した。あとはこれを実際に長谷川君に使えばいいだけだ。自信と期待を持ちながら、別れ際、魔法使いが残した助言を思い出していた。


『明日も同じ時間あの公園に行くと良い。大丈夫、彼はもう君のモノだから』






 夕暮れを遮るように立ち並ぶ木々。その薄暗さはまるで日常から切り離されたかような不気味さを放っていた。道案内を務めてくれたスマホをポケットに仕舞い込み、覚悟を決める。


 恋之森こいのもり公園。


 そう刻み込まれた石柱を横目に中へと足を踏み入れた。面積はそれほど広くなく、薄汚れた木目の長ベンチにサビだらけになった鉄棒、それに動物を模した子供用の乗り物が等間隔に設置されているだけだった。


 必要歩数わずか十二歩。


 これにて散策はほ終わりを迎える。しかし肝心な二人の姿がどこにも無い。魔法使いに嘘を吐かれたのかと疑い始めたそんな時、奥から微かに声がした。その方向を目で追うと、一軒の公衆トイレがあった。長方形のコンクリート造りでとても古臭い見た目をしており、普通なら絶対に近寄りたくない不潔さを漂わせている。しかし断続的に聞こえるその声は、確かに公衆トイレから漏れていた。


 つい興味本位で近づいてみる。五、六歩あるいた頃だろうか。私の鼻が公衆トイレ特有のアンモニア臭を察知し始めると、耳はその声を姫川のものであると断定した。それに近くまで来て分かったことがもう一つ。それは姫川の声に混じってもう一人の低い声がするのだ。あの姫川よりも、もっとずっと聞き馴染みのあるあの声。


 長谷川君、彼で間違いなかった。


 誰も来ない閉鎖的な場所で、好きな者同士が、断続的な声を上げている。それはつまり……。


 自分の意に反して脳内ではコタローの異常行動が繰り返し再生される。


 嫌だ。嫌だ。それだけは、それだけは信じたくない。

 違う、違う。長谷川君はそんな下品なことをするはずが無い。


 そうだ、まだ中を確認するまで分からない。


 救いを求めた私の体は前へ、前へ、と微動する。

 

 鳴り止まぬ心臓に拳を宛てて必死に押さえつけ、荒くなる呼吸には息を止めて我慢した。猫のように足音を無くし、一歩、また一歩と近づいていく。


 やがて入口にあたる角から、そっと首を伸ばして確認した。


 悪夢のような光景だった。二人分の異なる制服が個室の仕切りに掛けられており、床に敷いた段ボールの上には長谷川君が姫川に覆いかぶさり、しきりに腰を打ち付けていた。


 逃れようのない現実が容赦なく私の胸を貫く。裂かれた心から溢れ出た大量の絶望は、全身を速やかに蝕んでいった。


 これじゃあ魔法を使っても、何の意味も無い……。


 今に倒れそうな足取りで後ずさる。けれども二、三歩後退ところで、まるで糸が切れたかのように足の力を失った。


「おっとと、また会ったね、お嬢ちゃん」


 額に白い髪が掛かり、後頭部に伝わる柔らかな感触。私はどうやら魔法使いに後ろから抱き支えられたらしい。


「さぞかし辛いものだろう、愛しい人を取られた気持ちは。でもまだ救いの余地はある。君が魔法使いになればいい」


「で、でも……」


「抵抗する気持ちは分かるよ。だって魔法使いになる“代償”は『本当に好きな人からは好かれない』だからね。言うなれば恋愛における死刑宣告に等しい訳だ。でもこうとも捉えられないかい? 心は無理でも体なら、ってね」


 魔法使いは優しく私を抱き寄せる。


「大丈夫。彼はもう君のだから」


 揺れ動いていた私の気持ちは、もはや完全に振り切れた。


「……お願いです。私を魔法使いにしてください」




 しばらくすると、公衆トイレから長谷川君が現れた。急いで制服を着たためか、ボタンがところどころ掛け間違っている。


五月いつきに……お前は魔法使い! なんでまた現れたんだよ!」


「おやぁ? そういう君は長谷川君じゃないか、実にお久しぶりだね。でも今回は君に用があった訳じゃないんだ。紹介しよう、ボクの新しいお友達さ」


「……五月が? 何かの冗談だろ。おい香央、行くぞ」


 手を引かれて出てきたのは、同じく制服を着崩した姫川だった。長谷川君と手を繋いでいるからだろうか、彼女の口角は常に少しだけ緩んでいる。


 好きな者同士が醸し出す独特な空気感。私はそれが一番嫌いで腹立たしかった。


「キスキスキスみー、らぶらぶユー」


 私は心の中で姫川の死を願った。


「ひっ……イギぃやァァァァアアアアアア!」


 突如地面から現れた赤黒いタコのような触手に姫川は全身を絡み取られ、まるで雑巾を絞るかのように何度も何度もじれた。やがて肉片となった元姫川は触手と共に地面の底へと消えていった。


 邪魔者が姿かたちも無くなったので、視線は自然と長谷川君の方に向く。凄惨な光景を間近で見ていた彼は、呆然と立ち尽くしながら失禁していた。


 可哀そうな長谷川君。怖くてこんなに怯えちゃって。でもそんな姿もとっても可愛い。もっと近くで見てみたいな。


「ヒッ……い、五月、やめてくれ、頼む。お願いだから殺さないで……」


 長谷川君は途端に号泣してしまい、その場でうずくまってしまった。長身の彼を見下すような場面は普段なら絶対にありえない。だからこそ希少なこの体験は、私の支配欲を存分に刺激させた。


「大丈夫だよ、長谷川君はもう私のなんだから」






 あれから私はちゃんと学校にも行ってるし、深雪達ともたくさん喋る。いつもと変わらない日常だ。一方で変わったことと言えば、私の住む場所が彼の家に変わったことと、みんな長谷川君の存在を急に忘れてしまったことだ。


 でもそれは全部私の魔法によるもので、現に彼は私の隣で横になっている。手足を触手で縛っているから動けることはまずありえないし、それに目も覆っているから本人は何も見えやしない。だからなのか、肌の表面を軽く指でなぞっただけで、彼は甘い声を出しながら全身を大きく震わせる。でも最近はこの声すらも鬱陶しく感じてしまった。いっそ姫川を絞め殺した野太い触手を一気に喉元まで突っ込んでしまおうか。多少乱暴に扱ったところで魔法でまた直せばいい。


 ……だって私の物なんだから。


「キスキスキスみー、らぶらぶユー」


 私は彼の耳元で、そっと優しく囁いた。

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