君に世界は救えない。

稲荷玄八

始 未だ世界は救われない

 まず初めに光があり、闇があった。

 それぞれは独立したものであったが、やがて少しずつ混ざり合い、次第に溶け合っていく過程で、父なる神が生まれた。


 光と闇は父なる神が生まれたことによりその姿を変え、光は空に、闇は海へと変わっていく。そしてやはりその変化の途中、空と海との境界で母なる神が生まれた。父なる神は母なる神の、そのあまりの美貌に心を奪われ、母なる神を自分の妻として娶る。


 彼らは昼夜問わず交わり子を成した。子の神は増えていくが、一方で母なる神は衰弱してゆく。父なる神は衰弱する母なる神の姿に動揺し、子の一人に言った。


「母のため、肉となり身を捧げよ」


 子は父に従い、母なる神にその身を捧げる。

 しかし母なる神はその肉を一口食べると涙を流し、


「我が父にして我が最愛の夫よ、我が子を食べてまで生きながらえたいとは思わない。肉となってしまったこの子と共に海に下り、土となりましょう」


 母なる神は肉となった子を抱き、海へ降りて大地となった。母なる神の喪失である。

 父なる神は己の行為で愛する妻を亡くしたと七日七晩泣き続けた。どんなに子らが慰みの声をかけても父なる神の後悔は尽きず、ついには涙と共に体まで溶け、世界中に降り注いだ。父なる神の喪失である。


 残された子の神達は主神を失い狼狽した。そして父なる神の見様見真似、自分達の手で父なる神と母なる神を復活させようと考えに至る。彼らは母なる神の大地を使い色んな生き物を創造した。

 海を往くもの、空を往くもの、大地を往くもの。

 だが一向に父なる神と母なる神を復活させるには至らない。一柱、また一柱と復活を諦め大地に降り、母なる神へと還った。

 最後まで残ったのは、物の造形を司る物質神とその物の性質を決める性質神。彼らは残された力で自らの形に模倣した、大地を、海を、空をも往く生き物を作ると、力尽き、折り重なるように眠りについた。


 夢の中にある彼らは夢の中でさえ願っていた。父なる神、母なる神と同胞が、いつか戻ってくることを。

 その夢は未だ醒めず、ついにはこの世界から神が消失した。




 マグベルトに残された碑文を読み解き、独自の解釈を加えて記したものである。

 世界の謎に挑み続ける志高き者達よ。世界の深淵は、未だ見えていない。

 願わくは、この書物が、挑戦者達の手に取られる事を祈る。

                  

                  創世記序文、一部抜粋。著エルエル・カフプ    

   

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