隠キャカップルの生態

0248

第1話

「ママー、これ何?」

12才の娘が懐かしのiPhone15を持って私に見せて来た。

私の思い出の箱を無理やり穿り出して携帯を見つけたのだろう。

そこに映っていたのは中学時代の私と彼氏がウチの実家で打ち上げしていた時の画像だった。


「ママー若い!隣にいるの彼氏?」

「そうよ。青春だったなあの頃」

「青春って何?」

娘はポカンとした顔でこちらを見ていた。


そうよねこれから通る道なのだから

「青春てのはね――」





陽キャが教室の10分休みの間に仲間たちと楽しく談笑してる間、私涼森茜は「●の青春ラブコメは間違っている」の6巻を黙々と精読していました。


相変わらず主人公の生き方は素晴らしい。周りに流されず、狎れ合おうとしないが、みんなが嫌がる汚れ役を買って出て大義を果たすその行動を馬鹿騒ぎしているこいつらに読ませてやりたい。


なぜ国語の教科書は夏目漱石の「こころ」とか中島敦の「山月記」とかを載せるのだろうか。●ガイルの方がよっぽど現代の若者の感情に即した名著なのに……


ガラガラっと教室の扉が開き、生徒一同全員の視線がそこに注目した。

扉を開けたのはウチの担任の山岸先生だった。


3限はたしか数学だから先生間違って来ちゃったのかなと思ったところ

「おーい、朝のホームルームで言いそびれたけど昼休み講堂で体育祭実行委員の集まりがあるから忘れずに行けよー」

そう言って山岸先生は出て行った。


クラスのみんながざわついていた。

会話は聞こえなくても内容は知ってる。

体育祭実行委員ってたしか涼森さんでしょ。大変そう。などとペラペラな同情で包んだ嘲弄でしょう。


教室の隅っこの方で静かに本を読む隠キャが陽キャにしかできない体育祭実行委員を無理やり他薦で押し付けやがって。


しかも2年連続。


言い返せないのを分かってて仕組んだのはれっきとした犯罪だと言い切れる。









先生に言われた通り昼休み講堂に向かった。

案の定、青春を謳歌してそうな頭の軽い人たちで賑わっていた。まだ全員が揃ってないので各々陽キャの慣わしに沿ってはしゃいでいるのだろう。


当然私は安全地帯すみっこに避難した。本当にこういう時間は自分がちょっとだけ惨めになる。何も悪いことしていないのに陽キャの目には独りで可哀想みたいな憐れみで視界の隅に捉えられているのだろうと。


早く洸一来てよ。

そう願った矢先だった。


「先に行ってたんだね。」

ボソッと低くいけど声が通ってて、何万回と聞いた洸一の声がすっと私の中に入った。


周りの浅黒い筋肉質な陽キャの中に一人、夏服から白い枝が生えてるのかというくらい今にも消えて無くなりそうな儚げな天使が私の隣に立っていた。


鈴木洸一、私の彼氏だ。


「もう、遅いよ」

「茜の教室寄ったからちょっと遅れちゃった。」

そう言って目尻を細くして笑った。かわいい。


その後すぐに彼は眉間に皺を寄せながら言った。

「てか、なんで先に行ってんの?一人で講堂入るの嫌だったんだけど。」

「ごめんごめん、先に一言言っておけば良かったね。教室から一緒に行ったら周りから付き合ってるって揶揄われると思って。」


すると彼はストンと腑に落ちたようで

「たしかにいじられるネタになりそう……」

「あーあ、俺もあんな風にムキムキになれたらなぁ。」


自虐風誘い笑いをしながら私の隣に座って前の陽キャたちの馬鹿騒ぎを眺めていた。彼の横顔はどこかもの寂しげだった。


私の言葉も洸一の言葉も普通の人から見たら気を遣った言葉の端々にどこかしら棘のあるように見えるだろう。


でもその棘の痛みが私たちにとって心地よいのだ。普通の人はプライドやら尊厳なんてものを傷つけられたなんて考えるのだろうが、私たちは違う。


心の中で隠キャの私に優しくしてくれてありがたいけどこんな私でごめんなさいという罪悪感を持ちながら自虐を言う。そしてはそれは彼も同じように感じ、同じように自分と私を傷つけている。


そう私たちの本心は鏡越しのように気持ちも優しさも直接伝わり結果的に愛されているのだと感じるのだ。だからこの棘が愛おしいのだ。








体育祭実行委員の話し合いも終わり、放課後私たちは陽キャの目を忍んで学校の図書館に落ち合っていた。ここなら大体私たちと同じ同種しか生息していないので心置きなく話せるのだ。


「俺さブロック対抗リレーに出る羽目になったんだけど最悪……」

「また阿南君たちにはめれたの?」

「違う、クジで選ばれた……」

「あー、それは仕方ないね。ドンマイ」

「俺の前世どんだけ悪行を犯したんだよ……」


普段感情の起伏があまりない洸一にツイていないことがあっても基本「うん仕方ないね」で済ますのに今回ばかりはすごい絶望している。


「大丈夫!洸一は運動神経悪くないしビリで回ってこなきゃ問題でしょ。」

「でも相手は陸上部とかサッカー部相手だから抜かされるのがオチだよ……」


いつも儚い洸一だけどここまでくると本当に消えてしまいそうなくらい洸一に生気がなかった。私に出来ることなんてたかが知れているけど、でも元気になってほしい。


「ね、お互いブロック違うけど体育祭終わったら私の家で打ち上げしよう!」

「あれ、お互い親に紹介するの恥ずかしいし、あと近所は顔馴染みのクラスメイトもいるからおうちデートは無しにしてたでしょ?」

「いいの、大役を務める訳だからご褒美がいるでしょ」

「えっまさかご褒美って?」

洸一はキョドリながら食い気味で聞いて来た。

「違う!エロいのじゃなくてご馳走を用意するの!あと親いるから。」

そう言うと彼は残念がりながらですよねーと答えた。

でもちょっとは元気になったっぽいから良かった。


朗らかな空気が私たちを包んで和ませてくれている。そんな中洸一が私の瞳に向かって優しく棘を突き刺した。

「ありがとう。茜の彼氏として不甲斐ない結果を出すかもしれないけど、君のために全力を尽くすよ」


たまに洸一は私を盲目にさせたがる節がある。そうなったら抗いようがない。そのまま瞳に吸い込まれるように身を任せた。







翌日土日のため洸一とは会わなかった。正確に言うと会えなかった。近隣で遊ぶと絶対知り合いがいるからお互い休みの日は会わないようにしている。


そして翌週月曜日昼休みと放課後図書館でいつも通りポジションで勉強会という名の雑談勤しんでいた。

「今週の●ャンプ読んだ?●ンピース展開熱くなかった?」

「ちょっと私単行本派だからこれ以上ネタバレ禁止!」

「えー、でも今の俺の感情を共有したいから先っちょだけいい?笑」

「何先っちょって?笑」


こんな下らないやり取りをしていたところ図書館の扉を強く開けられ、その衝撃の音が館内に響き渡った。


「マジ山岸むかつくわ。反省文書いたら普通許すだろ。」


そう語気を荒げ、ずかずかと中に入って来たのはウチのクラスの青山さん達だった。たしかここ2週間タバコの喫煙の件でずっと怒られていたのは知っていたけど、ここで何するんだろう。


胸の動悸が止まらなかった。普段教室でいる時は特に空気のように存在感を消すだけでよかったのだが、今回は違う。私の大事な人を傷つけたり、嘲弄のネタにされる危険があった。陽キャが私たちの平穏を壊してしまう。


私はまだ青山さん達と目を合わせていないが蛇に睨まれたカエルのように一切の挙動が取れなかったところ

「今日はお開きにしようか」


洸一が私の気持ちを汲んでこの場から去ることを提案した。

私は黙って頷き、勉強道具をそそくさ片付けた。


だが気が動転したかシャーペンを床に落としてしまった。その音が青山さん達にも聞こえたようで私たちのところに目をやった。


「あれっ涼森さんこんなところで何してんの?」

案の定見つかってしまった。

「うん勉強してた」

「あれ隣にいるの彼氏君?あれっウチら邪魔しちゃった?笑」

周りの取り巻き達もクスクスと静かに嘲笑った。

情けないことに私もその取り巻き達と同じように乾いた笑いしか返せなかった。それを遮るように洸一が席を立って言った。

「話しの腰を折って悪いけど僕たち体育祭実行委員で勉強が捗ってなかったからここでテスト対策してただけだよ」

笑顔でかつ明るい口調でただの友達だよー感を出していた。そんな余裕のある洸一の真横に座っていた私の顔の横には微かに震えた手を近くに感じていた。

あっそうだと洸一は言い

「涼森さんもう45分だけど帰りのバス大丈夫?」

心配そうな顔でこちらに向けた。

うん、もう時間ないと答え、青森さん達に私たち出るねと告げ、その場を後にした。





「ごめんね。俺にコミュ力とか処世術みたいなスキルがあったらマウント取られずに済んだろうに。」

洸一は私に謝ったが、謝らないといけないのは私の方だ。本当は洸一は傷ついているに決まっている。しかも傷をつけたのは私だ。本当に情けない。

「ごめん……」

「大丈夫分かってるから。」

「ごめん……」

多分逆の立場になったら私も茜の気持ちに理解できたと思う。それでも自分が出した棘が私の心を強く締め付け涙が溢れた。もう本当に自分の弱さが憎い。


そっと洸一が私を優しく抱き寄せた。

「うん、ちゃんと分かってるから」

陽キャには絶対いない。他者の痛みに寄り添える人は洸一以外見たことがない。●ガイルで見たこの関係性を恋愛ではなく共依存と指摘されていた。共依存で何が悪い。彼に甘え、彼のために尽くすこの生き様を。


「ね、今度から図書館で会うの無理そうだから、今度からここで会おう」

そう言って彼はポケットから鍵を取り出した。

それ何?と尋ねると

屋上の鍵とくしゃと笑って答えた。

「えっ盗んだの?」

「違う違うウチの叔父さんが学校ウチ用務員だから全種類の予備の鍵を持ってんの。だから屋上の鍵だけ勝手に拝借して合鍵作った。」

洸一は隠キャなのに行動が大胆すぎる。

「これで勉強が捗るね」

私は何度この笑顔に救われて好きになったのだろう……





娘もいつか青春に飲まれて苦い思いをするかもしれない。その時は私が培った失敗データがある。ちょっと特殊すぎて当てにならないかもしれないが……。

でもあの頃のクラスカーストがあったから、あの頃の恋愛があったから今の自分の幸せに辿り着けたと思う。娘には酸いも甘いもどちらも経験して欲しいものだ。

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