スローダンス  ~15マーブル アンダンテ スピンオフ~

宇月朋花

第1話 菫哉の音

彼がピアノを弾くことは、ずっと昔から決まっていた。


たぶん、彼が生まれた時から。


だって、あの家の陽のあたる防音の広いお部屋の片隅に置かれた、古いピアノは菫哉が触れるといつも生き生き歌うから。




★★★★★★」



ピアノの才能は・・・皆無。


音楽の成績はぎりぎり平均点。


リコーダーは・・まあ、なんとか。


歌は・・・ちょびっと?


そんな、音楽さっぱりなあたしだけど・・・


耳だけはいいんだ。


これだけは自信がある。



菫哉が”適当”に弾いた時と”気持ちを込めて”弾いた時。



その違いは一目瞭然。


みんなが気付かなくたって。あたしだけは、気付いてる。




だから、彼は最近あたしの前で、めっきりピアノを弾いてくれなくなった。


それが、あたし梶本詩音(かじもとしおん)の今の、唯一の悩みである。



☆★☆★


昼休みの教室。


春なのに、まるで真夏みたいな強い日差しから逃げるべく(もっか美白命なので!!)廊下側の机でママお手製のお弁当を食べるあたし。


今日のメニューはクリームコロッケ。


あたしの大好物だ。


得意じゃないプチトマトをやっつけて、さぁ。いざコロッケへ!!


とフォークを突き刺したと同時に聴こえてきたのは廊下を歩くの女の子の声。


「すっごい上手かったよー!!西門くんがあんなにピアノ上手かったなんて意外!!」


・・・なんて?


ザクっとコロッケにフォークを突き刺したままあたしはギロリと廊下を見やる。


なんだか、いま・・・ものすごーく聞き捨てならないセリフが聞こえたような・・・・?


菫哉がガッコでピアノ弾いたって!!??


あたしの通う友英学園は、自由な校風が売りの私立高校だ。


生徒の自主性を重んじていて、学校行事も校則も生徒任せ。


制服の可愛さと、距離の近さで選んだ学校だけど・・・実は、あたしがここに入学したのには、もうひとつ・・・理由がある。


それは、菫哉だ。


小学校入学と同時に、我が家の隣に越してきた西門さん一家は、大の音楽好き。


おじ様は、県立オーケストラの公認指揮者。


おば様は声楽の先生。


妹のまどかちゃんは、バイオリンのコンクールで優勝経験もある未来のバイオリニストだ。


そして、菫哉は3つの頃からピアノ漬けの生活を送ってきた超天才(詩音的)ピアニスト(候補)なのだ。


実際、子供の頃はいくつものコンクールで入賞して、両親が有名である事も相まってか神童なんて騒がれた時期もあった。


中学に上がる前にはコンクールに出る事すらしなくなってしまったけれど、それでもあたしにとって彼のピアノは、ほかのどの有名なピアニストよりも素晴らしいと思える。


そんな彼が、あたしの前でピアノを弾かなくなってから・・早1年。


昔はあたしが泣くたび、大好きなアニメの曲を必死に弾いてくれたものなのに・・・


高校に入ると同時に、菫哉はめっきりあたしに近づかなくなった。家に行っても、いつだってそっけない。


そりゃあ、いつまでもベタベタする年頃でもないけどさぁ・・なんか・・・寂しいでしょ?



同じ高校行ったら、今までみたいに一番近くで菫哉のピアノが聴けるって・・・思ったのに・・・


「しーちゃん・・・コワイから、顔、顔!!」


向かい合ってランチ中のわが友、乃亜が顰め面で言ってくる。


「・・・だってぇ・・・」


あたしには弾かないくせに、授業だと弾くってどゆこと!?


・・・いや・・・間違ってないけどさぁ・・・


思いっきり不貞腐れて、机にほっぺたひっ付けた。


乃亜の長くて綺麗にカールされた睫毛を見上げる。


お母様譲りの、美人さんだなぁ・・・


頬杖ついても、溜息ついても、乃亜はいつだって綺麗。


数年前の卒業生でモデル並みに綺麗な人がいたらしいけど


きっとこんな感じだったんだろーなぁ・・・


丸顔に短い睫毛のあたしは、逆立ちしたって乃亜にはなれない・・”名前負け”ってよく言われます。


「響きが可愛いじゃない。女の子ーって感じ」


なんて理由で、名前を決めちゃったママの馬鹿。


おかげで娘は苦労してます。


「詩音・・・・コロッケ潰れちゃうよ?」


指さされて気付いた時にはすでに遅し。


「あ・・・あー!!!」


お弁当箱の中では、くずれたクリームコロッケの残骸が転がっていた。


もう!!!


べちゃべちゃのコロッケをフォークで口に運びつつ(もちろん、味は世界一)あたしは親友に泣きついた。


「もー幼馴染なんかいらない!!」


友達とはまた違う、言葉に出来ない”良さ”があるって思ってたのはあたしだけだったってこと?


「・・・はいはい。怒らないのー。デザートの”あまおう”一個あげるからねー」


宝石みたいな真っ赤なイチゴを持ち上げて、乃亜が魅力的な微笑みを見せる。


女のあたしもキュンとしちゃう。


まるでCMみたいな、可憐な笑顔。


今はあたしが独り占め。


「・・・乃亜みたいになりたいよー・・」


呟いたら、あたしの大事な親友は綺麗に綺麗に微笑んであたしの掌にイチゴを落とした。


「なに言ってんの」




☆★☆★


昔はもっとなんでも言えた。


菫哉はあたしに嘘を吐いたりしなかったしあたしに隠し事したりもしなかった。


あたしはいつでも、菫哉の一番の話し相手で。


菫哉はあたしの、一番の友達。


絶対、変わるはず無いって思ってたのに。




渡り廊下の向こう側から歩いてくる幼馴染を見つけてあたしは、教科書一式乃亜に預けて駆けだす。


目指す相手はただ一人。


「とーや!!」


クラスメイトの男の子と話していた彼は


「先行ってて」


と告げて、さも面倒くさそうにあたしに向き直る。


・・・見上げること20センチ。


153センチで止まったままの身長が憎い。


すでにこの時点で負けてる気がするし・・・


「息切らせてどうしたの?」


言葉はいつもとおんなじ。


変わらず優しいのに。


響きはちっとも優しくない。


・・・ってこんな敏感になってる自分にムカツク。


「・・・音楽の授業でピアノ弾いたの?」


あたしには絶対聴かせないくせに。


最近、全然ピアノにも触って無かったくせに・・・


「・・先生の指名だから、しょうがないだろ」


「2度と弾かないって言ったっ・・・・!」


声にしてから、言葉選びを間違えた事に気づいたけれど、もう遅い。


苛立ちと悔しさで泣きそうになったあたしを見下ろして、なぜか、同じくらい泣きそうに菫哉が小さく呟く。


「詩音の前ではって意味だよ」


「・・・・・な・・・によ・・・それ」


拳を握って、震えるのを必死に堪えた。


あたしが泣くのは間違ってる気がする。


でも・・・でも・・・


誰より傷ついたって怒る権利はあたしにしか・・・ないよね?


胸が、頭がジンジン、ガンガンする、なのに・・・なんで?


菫哉が誰より傷ついた顔してんの?


すれ違いざま、あたしの肩を叩いて菫哉が言った。


「”適当”に弾いたら怒るだろ?」


・・・ホントに本気の・・・冷たい言葉。


これまで聞いてきた”適当”なまやかしの優しさじゃない。


菫哉の・・・たぶん・・・本音・・そんな言葉・・・一番聞きたくなかった。


「・・・・・・ったりまえでしょ!!」


振り絞った一言は・・・


菫哉が通り過ぎた後で、ようやく零れた。


でも・・・泣いたらだめだ。


泣いたら・・・負けだ。




必死で俯くまいとしていたあたしの背中に乃亜の声が届いた。


「詩音ー!!そろそろ行くよー?」


こくこく頷いてあたしは、乃亜に駆け寄る。


「・・・どしたの?」


すらっとした華奢な肩に凭れた。


優しい声。


余計嬉しくて、辛いよ。


「ほんっとに・・・ムカつく」


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