第2話 芽依の日常
小柄、童顔、丸顔、おっとり系。
初対面の皆々様の芽依への評価は概ねこんな感じだ。
その評価は大体合っているが、付け加える事項があるとすれば、こう見えて、意外と力持ちというところだろうか。
睦希よりも体力だってある。
だって、保育所でちびっ子たちを抱っこしてますからね!!
同居人の睦希は、見た目も中身も芽依とは正反対で、女性にしては高身長で目鼻立ちのはっきりした大人びた顔つきをしている。
芽依と連れ立って買い物に行けば、大抵姉妹に間違われる。
確かに、彼女は昔っからしっかりしていて、面倒見がいい。
短大のサークルで仲良くなったことがきっかけで、芽依と睦希はルームシェアを始めた。
比較的厳しい家で育った芽依なので、両親は女子二人暮らし最初難色を示したが、しっかり者の睦希が全面的に面倒を見ます、と両親を説得してくれて今の暮らしが始まっている。
芽依の両親の睦希に対する信頼は絶大だ。
実際彼女は見た目通りしっかりしていて、責任感も強いが、一緒に暮らし始めてから”しっかり者”の睦希の意外な一面を見つけたりもした。
実は、彼女はお酒がそんなに強くないのだ。
☆★☆★
仕事を終えて家に戻ったら午後20時半だった。
本屋に寄リ道していたから、少し遅くなったけど大抵いつもこの時間になる。
睦希の方が、月末と飲み会の日以外はほぼ毎日早く帰るので御夕飯の準備は彼女にお任せしている。
ちなみに、芽依は朝ご飯担当だ。
睦希には、高校時代から仲良くしている男女5人のグループがあって(生徒会をやってた人ばっかりらしい)彼らとは月に2回は飲みに行っている。
通称”友英会”
睦希の通っていた高校は”友英学園”という私立高で地元ではちょっと有名な、自由な校風が売りの学校だった。
生徒会役員は、殆ど前期役員の後任指名制で決められるそうで有無を言わさず集められた5人が、そのままズルズル繋がっているんだそうな。
古い歴史と、厳しい校則が有名な”聖琳女子”に中学の頃から通っていた芽依には、ちょっぴり羨ましい環境である。
時代遅れではと言われがちな良妻賢母を生み出す箱庭として名の通った女子高を、芽依はほかの卒業生と同じように愛していたけれど、やっぱり友英の制服と共学には憧れた。
冷凍ピラフをチンして、ローソファーでゆっくりお夕飯を食べる。
睦希が居たら、いつもはふたりで賑やかな食卓になるけれどたまにはひとりでボーっとするのも悪くない。
今日は、保育園の”日帰り遠足”だったので、いつも以上に体力を消耗した。
リラックス系ハーブの入浴剤を入れたお風呂でのーんびりしたいなぁ・・・
買って帰ったファッション雑誌を見終わってもなんとなく動きたくなくって、そのままソファでウトウトしてしまう。
いつもなら“風邪ひくよ?”と心配してくれる睦希が今日はいないので、本当に寝てしまわないようにしないといけない。
それでも、睡魔には勝てずにソファで丸くなった芽依を起こしたのは、部屋に響いたインターホンの音だった。
☆★☆★
1回目は寝ぼけていて、2回目のインターホンでようやく体を起こした。
のそのそと、壁に付いている受話器を持ち上げる。
「・・・はぁい」
欠伸交じりに答えたら、聞こえてきたのは睦希の男友達の声。
「あ、芽依ちゃん?遅くにごめんなー藤です」
その声に、芽依は一気に覚醒する。
と同時に胸が苦しくなる。
まさに、動悸、息切れ・・・気つけ・・はないけど・・・
「す・・・すぐ開けます!!」
震える手で、ロック解除ボタンを押す。
その直後に自分の格好を見下ろしてこれは不味いと青ざめた。
か・・・鏡!カガミ!!!頭ぼさぼさじゃない!?服は・・・良かったまだ普段着!
まもなく部屋にやって来る彼に、グテグテの部屋着姿は見せられない。
着替える事さえ面倒臭がった数時間前の自分に感謝をしておく。
食器も出しっぱなし!流し台に戻さなきゃ!!!
寝ぼけ頭をフル回転させて、猛ダッシュで部屋を往復する。
ついでに手櫛で髪を直して、落ち着け、落ち着けと深呼吸。
こんな時こそ慌てちゃだめ、焦っちゃダメ!!!!
芽依は、睦希の高校時代の友人である藤に片思いをしていた。
家のインターホンが鳴って、大急ぎで玄関に向かう。
藤がこの家に来るのは、珍しいことでは無かった。
最初に、酔っ払った睦希を抱えて彼がこの部屋にやって来た時にはかなり驚いたけれど。
睦希は、外では絶対にお酒の量を間違えない子だったので、珍しく羽目を外したのかと眉根を寄せたものだ。
後に、睦希は気心知れた友人が側にいると常に酒量を間違える事を芽依も覚えた。
「遅くにごめんなー。ほら、睦希家着いたぞ」
「たっだいまぁー!!!」
藤に凭れかかったままでピースサインしてくる親友は上機嫌のようだ。
具合は悪くなさそうなのでとりあえずほっとする。
二日酔いは確定だろうが。
あーあー・・・今日も酔っちゃってるし・・・
「いえ・・・こんばんは・・・いつもすいません」
「こっちこそ・・・わー!待て、睦希クツ脱げ!」
土足のまま玄関マットを踏もうとした彼女を、藤が止める。
芽依は、すかさず睦希のバックストラップのパンプスを脱がせにかかった。
職場の男性上司が低身長を気にしている為、仕事場に行くときの彼女は、いっつもローヒールの靴ばかり履く。
せっかく長い脚がもったいないって思うのになぁ・・・
「寝る・・・」
「まだ寝るなよ。歩け」
藤はすっかり酔った睦希の相手も、手なれたものだ。
「歩いてるでしょ!!!」
睦希が大声で振り上げたカバンを腕で止めて藤が呆れ顔で呟く。
「あーはいはい、そーだなぁー。歩いてる、歩いてる。芽依ちゃん、ごめん。水持ってきてやって?」
睦希の肩に回された、彼の手に気づいて知らずに胸が痛くなる。
どうしたって、芽依は”相沢睦希”にはなれない。
もう何度も見て来た光景なのに、一度もこの痛みは麻痺してくれない。
「あ・・・うん!!」
台所に取って返しながら、背中で交わされる二人の会話に思わず聴き耳立ててしまう。
二人の関係が”友達”であることを、誰より芽依が一番知っているのだけれど。
「ドアは押すの!引いたら開かねェだろが!」
「なんでよー!」
「もーいいから、ドアノブ離せって」
「うーるーさーいー!!!!文句あるの!?キミ!!」
「・・・・多々あるけど」
「言いなさいよ。聞いてやるわよ。はいどーぞ!」
「もーいいって・・・ほら、部屋入れ」
苦笑交じりの彼の声。
彼の行動を、一挙一動を、見落とすまいとする芽依だから気付いただろう。
確かめたことはないけど・・・・きっと、間違いない。
彼は・・・・睦希が好きなのだ。
藤自身、恐らく気付いてないだろうけれど。
・・・できれば・・・気付いてほしくないけど・・・
睦希がネットで見つけた浄水器のボタンを入れてお気に入りのグラスに水を注ぐ。
なみなみと注がれる水は、まるで、溺れそうな芽依のようだ。
身動き取れずに、溢れるのを待つしかない、芽依のようだ。
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