15マーブル ~ビタースイーツ スピンオフ~
宇月朋花
マーブル編
第1話 睦希の日常
「むっちゃーん・・?だいじょーぶ?」
「んんー・・・・」
数年来の親友の声に睦希はくぐもった返事を返した。
なんとなく部屋が明るくなった気がする。
同居人の芽依が心配して部屋に覗きに来たらしい。
すごく有難いけど喋れない・・・ごめん。
目を開けるのも億劫で、布団の中から手だけ出して見せる。
これで生きてることは分かるはず。
生存確認が出来れば、心配性な彼女も安心してくれるだろう。
「薬どーするー?」
「・・・・・いる・・」
「分かった。いつものでいいよね?」
「んー・・・」
「だから、ウコン飲んで行きなよって言ったのに」
呆れたような声とともに、部屋のドアがそっと閉められた。
すいませんねえ・・・・どーしてもあのまっ黄色の粉と匂いが受け付けなかったのよ!!
布団の中でもぞもぞと動いていると、再びドアが開く音がした。
間近で芽依のおっとりした声がする。
そもそも今何時なの・・・?
昨夜は高校の頃からの友達数人と、恒例の飲み会だったのだ。
調子に乗って2軒目の店で、得意じゃない焼酎を数杯飲んだところまでは記憶していた。
「起きれる?」
「・・・・んー・・起きる・・何時?」
「夜中の1時半」
ゆっくりと体を起こして、重たい頭を持ち上げる。
うーわー・・・気持ち悪ぅ・・
胃の不快感は、吐き気を催す程では無いが、当分お酒は飲みたくない位には引きずりそうだ。
この症状にも慣れっこである。
学習しろよと思うが、酔いが回るとつい止めるタイミングを逸してしまう。
見慣れた錠剤を口に放り込んで、水でどうにか飲み下す。
「ねぇ・・・睦希、どーやって帰って来た・・?」
「・・・藤くんが」
出てきた馴染みの男友達の名前に、睦希はゲッソリと空のグラスを芽依に手渡した。
「うーわー・・・絶対イヤミ言われるー!!」
「それは無いと思うけど・・・心配してたよ?飲ませすぎたかもって」
「止めろっつーのよ」
「そういう言い方しないのー。わざわざ送ってくれたんだからね」
まるで小さい子を怒るようないつもの口調。
さすが、保育士さまである。
仕事場でもこーなんだろうなぁ・・・
「はいはい・・・・ごめんね、芽依。もう寝ちゃっていいよ?」
明日も朝早い彼女を引っ張り回すわけにはいかない。
「化粧だけは落としなよー?明日の朝泣くことになるからね。ちなみに、すでにパンダ目になってるから」
ビシッと人差し指を付きつけられる。
・・・・ううう・・・すいません・・・
左手で目の下こすったら、見事に黒くなった。
18時間キープのマスカラも、零時以降はお役御免らしい。
こういう時のために、吹き取りシートを買い置きしてあるけど妙なとこ細かいA型なので、ちゃんと洗顔だけはしなきゃぐっすり眠れない。
O型の芽依は、仕事柄いつも薄化粧なので(もともと童顔だし)飲んで眠くなったらそのままバタンキューもアリだけれど。
今ここで睡魔に負けてしまったら、明日の朝泣くのは比を見るより明らかだ。
「・・・分かってるー」
本当はこのまま心地よい眠りに溺れたい。
でも・・・・ダメだ!!!
睦希は勢いを付けてベッドから抜け出す。
あ・・・良かったちょっとお酒抜けてる。
明日は月末経費処理が上がってくるので、絶対に休めない。
ってか、それより仕事出来るかな・・・?
不安になりながら、廊下に出た。
間接照明がやけに眩しく感じる。
「じゃあ、お湯の電源切っといてねー」
欠伸をしながら芽依が隣の部屋のドアを開ける。
「分かった。ありがとね、おやすみー」
「おやすみー」
相沢睦希と、風間芽依は短大時代からの友達で、そして、今は同居人でもある。
芽依の仕事は、市内の私立保育所の保育士だ。
ちびっこから大人気の”芽依先生”は身長155センチと小柄で、華奢で、睦希と並ぶといつも“姉妹”に間違われる。
おっとりしていて、のんびり屋、典型的なO型の彼女だ。
相沢睦希の職業は、宝飾品メーカー志堂本社の経理事務。
毎日経費伝票と、領収書と闘っている。
身長は165センチ。
芽依と並ぶと身長差が綺麗に10センチあるので、すっぴんの芽依と化粧をした睦希だと、時には女子高生とその姉だと勘違いされることすらある。
気が強くて意地っ張り、そして見栄っ張り。
石橋を叩いて渡らなきゃ気が済まないくせに、基本は雑で妙なとこが細かいA型の彼女だ。
見た目も性格も全く正反対の睦希たちは、ひょんな理由から、ルームシェアリングを始めた。
それが今から3年前の話。
☆★☆★
今も昔も睦希のよき理解者、兼、愚痴相談遊び相手である藤公惟(ふじ きみのぶ)は、睦希の同居決定報告に目を丸くした。
「まじで?」
当時、大学4年生で就職も決まって(しかも、睦希の会社の系列会社である)暇をしていた彼を呼びだしたのは、蝉が煩い泣き叫んでいる夏休み後半のことだった。
短大卒業後すでに就職していた睦希は、ちょうど夏季休暇の真っ最中で、わが身に振って来た最悪のアクシデントをどうしても早急に誰かに聞いて欲しくて堪らなかった。
そして、そう言う時の話し相手は、学生時代からいつもキミと決まっていた。
汗を掻いたグラスを引き寄せて、睦希はキミ(高校時代からの藤の愛称)に頷いた。
「そ。何度か会ったことあるでしょ? 芽依(あのこ)とね」
「なんでまた?」
「・・・・ちょっと色々あって」
「何だよ?」
「いーでしょ。ちょっと家出てみたかったのよ」
「なんだそれ。なんかおかしーぞ?無計画大嫌い人間のお前が、いきなり他人と暮らせるかよ」
さすが、友達づきあい6年目ともなると、鋭い・・・
睦希は氷が溶けてすっかり薄くなったカフェオレを飲み干してチラッとキミの顔を見返した。
別に、ばれてもいいんだけど・・・
「・・・お姉ちゃんがさぁ」
「は?姉ちゃん・・・?お前姉貴いたっけ?」
「いたのよ。実は、5つ上の姉貴が」
「会ったこと無いけどな」
「そりゃそーよ。先月まで、横浜で暮らしてたもん」
「・・・え・・・それって」
言いづらそうな顔でこっちを見てくる藤の察し顔に睦希はそうなのですよとこくこく頷いて見せた。
ここまで来たら隠したってしょうがないのだ。
「そーなのよ・・・デモドリ」
「うわー・・・離婚かぁ・・・」
「それがまだなの。いま調停中・・・でも、離婚決定は間違いないし。荷物持っていきなり戻ってきたから・・・家が狭くって」
睦希の家は古い社宅住まいだった。
姉が23歳という若さで職場の上司と結婚をして、家を出てからは睦希と弟と両親の4人家族。
それでもちょっと手狭だったのに、睦希の6畳の和室はあっという間に姉の荷物に占領されてしまった。
ちょっとあんまりじゃないかと両親に愚痴ろうにも”働いてるんだから文句あるなら独立しなさい”の一点張り。
「だからっていきなり家出ることないだろー?」
顔をしかめて見せるキミに向かって睦希は言った。
「そりゃー・・・最初は、彼の家に転がり込もうかとも思ったわよ?」
幸いなことに彼は、ワンルームの一人暮らしだったし。
コレを機に同棲から結婚へ一直線!!なんて思ってみたけれど・・・・
「出来るワケねェよ」
キミは訳知り顔であっさり言ってのけた。
・・・・わかってますー・・・
基本、自分のペースを乱されるのが嫌な方なのに、
”睦希”の部屋がない場所で、四六時中彼と一緒の生活なんてまず無理なのだ。
”彼といっしょ”の時間も大事。
だけど、同じくらい
”睦希自身の時間”も大事なのだ。
それでも、短卒2年目の給料でひとり暮らしなんて、苦しいに決まっている。
独立したら、やりたいことが山のようにあるのに!!!
カーテンの柄も、ベットカバーも、可愛い家具も。
社宅の古びたガスコンロじゃなくて、最新式IHヒーターに自動焚きましの広いバスルーム(間違っても地味なタイルの浴室じゃない!)フローリングの床に、見晴らしの良いバルコニー。
溢れんばかりの理想を詰め込んだ”花の独身、ひとり生活”への憧れはいつだって止まない。
だけど、このままじゃ無理・・・
「俺が一緒に暮らしてやろっか?」
にやっと笑ったキミの腕をピシャリと叩いて睦希は言った。
「馬鹿。なーに言ってんのよ。だから、芽依と暮らすのよ」
こうして、人生初の”ルームシェア”が始まった。
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